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青年は空を見上げる。
しばらくはこの越後の空を見ることもないだろうと、澄んだ空を一心に見つめる。
「幸村殿」
不意に、名前を呼ばれて振り返る。
そこには、よく見知った優しい笑顔の男性が立っていた。
「おや、直江様」
そこに居たのは、上杉家の家老、直江兼続。
「旅支度は済んだのかい?」
「ええ。それに、荷などもともと無いようなものですから」
和やかに話す直江に、幸村と呼ばれた青年もにこりと微笑みを返す。
ゆっくりと、門へ向けて歩を進める直江を、幸村も遅れて追う。
「此度は、上田への帰城をお許しくださり、誠に感謝しております」
「なに、良いって事だ。しかし、貴殿が居なくなると淋しくなるな。私の妻も寂しがろう」
直江がそう話すと、幸村は何を仰いますか、食い扶持が減るのですから万々歳でしょう、と返す。
直江は立ち止まり、はっはっはと豪快に笑って、すぐにすっと目を細めた。
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