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「この宝だけは……盗まれてなるものか」
この剣にはとある伝説がある。
これを所有していた武士は、この刀を以てして竜を切り捨てたという。
そして、竜の血を浴びたこの剣に斬れない物はないらしく、先祖が試しに振るったところ、鉄壁を誇る鎧を紙きれのように引き裂いたというのだ。
「これだけは盗まれるわけにはいかん! いいかお前たち、警護を厳重にしろ!」
「はっ!」
そして多くの警備員が持ち場へと散らばり始めた。
***
そして夜、怪盗アルマゲストは月光でその緋色の瞳を幻想的に照らされながらはるか眼下の豪邸へと視線を向ける。
彼は今、月を背に小高い丘に立っていた。
「さて。そろそろ時間かな」
時間は気にしない。
それ故に時計なんか持ち歩いていないが月や星の角度を見れば時間ぐらい分かる。
アルマは空に座する月に微笑みながら再度眼下に視線を下ろした。
「じゃ、行きますか」
東洋にはシルクハットにモノクル、逃走時はハンググライダーなんて怪盗がいるみたいだが、彼はそんな奇抜な服装ではなかった。なんというか、普通すぎた。
それが逆に、彼の起こす奇跡を引き立てるのだ。
アルマは首に吊り下げた鈴を持ち上げるとりりん、と打ち鳴らした。そして呟く。
「――双子座の軌跡――」
手品師が手品師たる所以。
それは物がなければ発動できないということだ。
アルマが何事かを呟いた途端、彼の体は銀色の靄に包まれた。
「ふぅ」
銀の靄が晴れたとき、そこに立っていたのは中年太りの男だった。
双子座の軌跡――《ジェミニ》と名のこの手品は、アルマが出会った事のある人物へと変身する能力である。もちろん、変装用の仮面でないので顔を引っ張られても剥がれることはない。まさしく怪盗に持って来いの手品だ。
「じゃ、行きますか」
亭主の顔で笑いながらアルマは邸宅へと正々堂々歩いて行った。
そんなアルマの頭上、不可解な球体がふよふよと浮かんでいるのに気付かなかった。
***
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