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「第14番嬰(えい)ハ短調「月光」の第一楽章…」  ナルミが曲名を呟く。そうだ、これもベートーヴェンのピアノソナタだ。  この曲もまた、流れていた。どこでかは思い出せない。ただ、寝るときは毎日これを聞いていた気がする。  演奏は4分で終わり、その後に残ったのは静寂。  不意に、しゃらん、という音が聞こえた。また脳裏に光景が浮かぶ。  狭い部屋に、布団が敷かれていた。  俺はいつも隅にいた。隣には、いつも――いた、誰かが。  「月光」が常に流れてた。寝るのには丁度いい音楽ではあったが、寝付けない夜も多かった。  それは――恐怖ゆえ、だったのか――?  もう、思い出せない。これはもしかしたら10年前――俺の、抜け落ちた記憶なのかもしてない。  思い出しつつあるのか。今更なんの意味もないのに。 「…ナルミはクラシック聞くの?」 「…え?ああ…」  梨香がナルミにそう聞いた。ナルミは歯切れが悪そうに答える。 「音楽家になりたくて勉強してたんだけど、お金がなくて――っていうか、親が出してくれなくて。家事手伝いして親に仕事に集中し てもらって、なんとか出してもらおうとしてるんだけど…」 「…そうなんだ。ちゃんと夢があったんだね」 「でも私には努力が足りなくて。演奏――私はサックスやってたんだけど、あんまり上手じゃなかったから」 「それでも、羨ましいよ。夢があるんだから」  梨香は少しだけ悲しげな表情を浮かべる。そういえば俺にも明確な夢はないな。羨ましい、というのはわかる気がする。  ザッ、とスピーカーが音を立てる。全員が再びスピーカーに注目する。なにかわかるだろう。U.N.オーエンだ。 『演奏、お楽しみいただけましたでしょうか』  変わらず淡々と喋るオーエン。こいつは、俺の抜け落ちた記憶の頃のことを知っているのか?なぜこうも既視感を感じることをする ? 『次の指示です。1階、保健室に行ってください。リミットは23時丁度。お急ぎくださいませ』  ブツッ、と最後にスピーカーから雑音が流れ、静寂だけが残る。  時刻は22時36分。保健室はここの真反対にある。ゆっくりできはするが、急ぐに越したことはないだろう。 「行くか?」  俺が問うと、裕二はすぐに頷いた。
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