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「ええ、すべてとは言えませんが」
「うむ、そうか・・・」
銀髪の老紳士は残り少なくなったマティーニを手に掛け、眺めながら少し間を置くと、
「君の父親への鎮魂歌というわけではないが、アマデウスのレクイエムがあれば流してもらいたいのだが」
そう言って勢いよくグラスを傾け、マティーニを飲み干した。
「モーツァルトですね、ございます、少々お待ちを」
バーテンダーはレコードを収めてある棚を探り始めた。
「ああ、すまんね」
「いえ、あ、ございました、こちらのバージョンになりますがよろしいでしょうか?」
バーテンダーはレコードを老紳士に手渡し、ジャケットを見せた。
ジャケットにはジュスマイヤーと表記されている。
「うむ、妥当と言えるだろう、お願いするよ」
銀髪の老紳士は一つ大きく頷くと納得した様子でバーテンダーにレコードを返した。
「はい、では」
バーテンダーはレコードを受け取り、取り出すと、ターンテーブルに乗せ、ピックアップを落とした。
店内は一瞬静まり返る。
ノイズが入り、少し間を置くと、入祭唱、イントロイトゥスが緩やかに流れ始めた。オルガンと弦による重々しいため息のなかに、ファゴットの暗鬱で照りのある音色の呼びかけと、バセットホルンの優しい音色が応えて絡んでゆき、序奏のテーマが3度にわたってカノンで現れ上昇してゆく・・
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