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吾々。
我々と書けばよいものを、わざわざ「吾々」と書いてくれたのは何故ゆえか。
花柳(はなやぎ)三伍(さんご)は、ジャケットのポケットから取り出した単行本のしおりを挟んだ頁を捲り、問題の箇所に目を落とした。
「吾々にお任せ下さい」
そこにはそう綴られており、「我々」ではなくなぜ「吾々」なのだと、いくら考えようとも答えは出ない疑問を抱きながら、その箇所を凝視していた。
普段、小説などろくすっぽ読まない三伍であったが、バイト先の後輩である美森(みもり)沙子(さこ)に借りた手前、読まずに返すのも申し訳がないなと思って、珍しく小説なんかに目を通している。
しかし沙子も余計な事をしてくれたものだ。
「最近、何か面白い事ないか?」
と、尋ねたのは確かにこの俺ではあるが、何も小説を進めなくても良いではないか。
「もう読み終わりましたから、貸しましょうか?」
そう言われたので、
「いやいや、俺、小説は読まないから。活字がめっぽう苦手で」
と、断ったにも拘らず、沙子は仕事の引継ぎと一緒にこの小説を置いて帰って行った。
この小説を読む事がなければ、「吾」という忌々しい奴にご対面する事も無かったろうに。
いつまでも「吾々」と睨めっこをしていても埒が明かないので、再びしおりを挟んで表紙を閉じた。
『明治の乱』
表紙にあるタイトルの左下に、荒ヶ池(あらがいけ)惟司(ただつかさ)という名前が記されてある。作者である。この人に遇う事があれば、是非にも聞いてみたいものだ。なぜ「我々」を「吾々」と書いたのかと。なぜ俺がドキリとしてしまう字を使ったのかと。
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