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 腕時計に目をやると針は午後の三時を差そうとしていた。三時十五分発の汽車に乗らなくてはならない。口から外した煙草を灰皿へ落とすと、  至急。父より。  そう書かれたメモ用紙が一枚添えられて、父から送られてきた切符を胸ポケットから取り出し喫煙所を出た。  札幌から汽車に乗って倶知安まで約三時間、そこからバスに乗り継いで約二十分の所に三伍の故郷「京極町」は在る。  車ならば札幌から二時間弱で行けるのであるが、三伍はその選択肢を持ち合わせたことは無い。高校入学と同時に故郷を離れて札幌に出てから約七年、年に最低二回は帰郷するが、ただの一度もである。時間をかけない方が楽なのは重々承知しているのだが、それでは味も素っ気もない。面白さに欠ける。それが理由である。  電車に揺られ、小さく寂びた停留所の待合室でバスを待ち、乗ったバスの窓から外の景色を眺めながら、札幌という騒がしい都会から少しずつ離れていくのを背中に感じる。これ全てが自分への演出であり、その演出に自分を酔わせているのである。主人公が自分自身である事は言うまでもない。  今回もその演出に自分を酔わせながら、汽車での時間を有意義に過ごしていた。ここは言わば第一章に当たるのであろう。窓から見える景色はビルなどの大きな建物が次第に無くなっていき、都会の風景から田舎の風景へと変っていく。札幌から離れていくのを背中に感じるにはうってつけの時間である。合間、小樽駅で買った駅弁を食らい、いつもならば耳にイヤホンを挿して音楽を楽しむところであるが、今日は沙子から借りている小説を読む事にした。 午後六時十五分、第一章は汽車が倶知安駅に到着した事により終わった。ここ倶知安町は京極町の隣町に在り、それ故、京極町はその昔「東倶知安村」と呼ばれていた。  三伍はリュックを右肩に引っ掛け下車し、第二章が始まるバスの停留所へと向かう為に駅を後にした。
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