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 午後六時を過ぎているが夏真っ盛りという事もあり、しなびた田舎町の駅前通は赤く染められている。幾人かと擦れ違いながら歩く三伍の後ろを一台の車がクラクションで呼び止めた。  振り向く三伍の目に入った一台の赤いスポーツカー。  その車は三伍の横で止まり、助手席の窓を下げた。三伍は既に自分を迎えにきた車である事を確信している。が、しかし、念の為にと、開けられた助手席の窓から中を覗き込むと、爽やかに笑う男が運転席いた。  三伍の実兄、花柳(はなやぎ)隆吾(りゅうご)である。  隆吾は窓から覗き込む三伍に向かって、 「よっ」  と、軽く右手を上げた。  三伍もまた、隆吾と同じポーズをとり、 「よっ」  と、笑顔で返した。  三伍を助手席に乗せる隆吾の車は、尻別国道を京極町へ向かって走っていた。 「今日で物語の主人公は卒業しろ」  隆吾の口から出たその言葉の意味を三伍は咄嗟に理解した。  汽車から降りるまでが一章、バスに乗り継いで二章と句切りをつけ、帰省する自分に演出をつけて、その主人公である自分に酔うのをやめろと隆吾は言っているのだ。  なぜ隆吾がその事を知っているのかと言えば、数年前、 「わざわざ汽車とバスを乗り継がなくても、車の方が早いじゃないか」 「いいの」 「迎えに行ってやってもいいんだぞ」 「いいの」  と、いうやり取りがあり、三伍が頑なに断る理由を問い詰められ、白状させられた経緯があるからである。
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