一章

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「お前に聞いたオレが馬鹿だった。そう思ってんならオレの事なんて放っておけばいいだろうが。お前なんかに付き合わされてる木下が可哀相だ」 少しでも感情的になった自分が馬鹿みたいで、冷たく投げやりに言った。 大体、話が分かる奴じゃないなんて事は分かっていた筈だ。コイツに何を言おうが無駄だと。 「もう、いいから離せよ」 木下には悪いが、もうどうでも良くなった。 二人が付き合っていようがいまいが、隼人の言うとおりオレには関係ないことだ。今更傷付きもしない。 全て過去のことだと…真実を知ったからってどうにかなる訳じゃなかった。 そう思い、未だ掴まれたままの腕を離すように言うが、離すどころか逆に締め上げられて痛みが走る。 「痛っ、いい加減に…」 「うるせぇ。言った筈だよな、モト。俺にそんな口利いたらどうなるか」 「…っ、お前」 横暴な言葉に顔を上げると、冷たく睨み付けてくる隼人の顔があってオレは息詰まった。 反論したくても言葉が出ない。オレを見る隼人の、まるで奥まで入り込んでくるような視線にオレは怖くなり鳥肌が立つ。 この状況はヤバイ。 隼人の目が、あの事を思い出させた。 「…離…せ」 声が震えて眩暈がした。 足元がフラつく…オレにとって『あの事』は、一年経った今も忘れない…多分、一生消えないトラウマとして刻まれてしまった。 この状況をどう脱すればいいのか… 目の前に居る男が…どうしようもなく怖い。 「何そんな震えてんだよ…怒ったり怯えたり、お前ほんと、あの頃のままだな。お前はそうやって俺のことだけ考えてればいいんだよ。あんな女のことなんか、どうでもいいよな。なぁ?」 「隼…」 「言ったよな、モト。お前は俺に従ってればいいんだって。それとも忘れたなら、思い出させてやろうか?」 「…!嫌だっ離…ぅッ!」 全身が危険を訴え、暴れもがこうとするが、それよりも先に隼人の拳がオレの鳩尾に入った。 一瞬にして、目の前が真っ白に霞む。 「ぐ…」 鈍くて、吐き気を催す重い痛みがオレの意識を遠ざけていく。 そうして崩れていく身体を隼人が抱きとめた。完全に意識を失う前に、頭上から小さく聞こえた言葉。 「もう二度と俺から離れらんねぇようにしてやるよ」 その言葉の意味を理解する前に、オレは意識を手放した。
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