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カツカツと、ヒールが床を蹴る音が近付いてくる。
彼女の足音はいつもどこか急いでいるように聞こえる。
けれど、近付くにつれてその音は鋭さを失う。
緩やかになった足音に顔をあげると、彼女と目が合った。
今までは決して合うことのなかった視線。
そして彼女は少しだけ目の端を柔らかくする。
「今夜、食事でもどう」
「……考えておきます」
そうそう簡単に、物事はうまく運ばないけれど。
少しずつ変わってゆくものだ。
距離も、彼女の気持ちも。
「俺、気は長いけど……なるべく早くして」
こっそりと本音を耳打ちすれば、彼女はさらに表情を柔らかくして微笑む。
そうしてすれ違えば、口元が緩んでいくのをごまかして、咳払いをひとつ。
願わくはいつか、同じ歩調で、彼女のとなりを歩けますように。
完
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