月葬

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月葬 ~ツキヲホウムル~ 三ヶ月過ごした小屋を包む炎を前に、男は嘲った。 既に日は没し、夜の闇に沈むべき景色を惜しむように炎が照らし出している。 男に名は、無い。 男を"悪魔"と呼んだ老人がいた 男を"化け物"と呼ぶ女がいた 昔は、それが名前だと思っていた。 少女はいつもそれを呆れた様に笑って 「馬鹿ね、そんなの名前じゃないわ。ただの記号よ。」 と言った。 少女は男を"悪魔"とも"化け物"とも呼ばなかった。 それどころか、不便だからと言って男に名前をくれた。 独りだった男の隣に居てくれた。 ‥しかし、その少女も今は亡い。 悲しいわけでは無く‥ 淋しいわけでも無く‥ ただただ‥‥暗い喪失感だけが躯を包む。 涙など出ない。 哀しむ感情なんて有るハズ゙も無く、 寂しいと想うことが赦されるとも考えられず、 故に男は無感動に  ‥いっそ晴れやかに嘲った。 何かに赦しを乞うように 何かに挑みかかるように 何かに救いを求めるように 何かに見切りをつけるように  嘲った。 強風が吹き、炎の勢いが一瞬衰え…そして今まで以上に強く高く燃え盛る。 数分後、麓の方から微かに消防車のサイレンが聴こえてきた。 誰か"善良な"市民が通報したらしい。 男は、足下のスーツケースからおもむろに銃を取り出し、銃口を自らのこめかみに当てた。 少女が綺麗だと言ってくれた、緋い髪が視界の端に映る。 少女の顔が脳裏を横切り、自然と男の口元に笑みが浮かぶ。 先程とはうって変わった。とても穏やかで、柔かい笑みだった。 男はそのまま引き金に指を掛け………… ・
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