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このままでは埒があかないと思った私は妻に、一つ提案した。
「なあ、一つ、新しい約束をしないか」
妻は返事をしない。私は一人で続けた。
「お前は今まで一度も約束を破った事がない。それを見込んで、最後にもう一つだけ、約束しよう」
いつの間にか病室は紺色に変わっていた。少し隙間の空いた窓から入った風が白いカーテンを優しく揺らす。
「どんな約束か分かるか」
私の問いに依然として妻は答えようとしない。
「分からないだろう。教えてやろうか」
妻が何も言わないので、私はもったいぶらずに最後の約束を言った。
「明日になっても、死ぬな」
それが最後の約束だと私は頷いた。
私が黙ると、暗い病室は静まり返り、重い空気が漂い始めた。
私は部屋の明かりも付けずにそれから何時間も、一人言のように妻に話しかけ続けた。
そして、話したい事が全て尽きると、私は妻をそっと抱き締めた。
最後の最後に約束を破った妻を、そっと……。
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