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――ネオインフルエンザ。
初めて聞く病名だった。
母はいつからそんな病気に侵されていたんだろう。
私はあの時、得体の知れない何かに両足を掴まれた気がした。
「ネオインフルエンザ…って、なんですかそれ!?」
少女は半ば叫びに近い声をあげた。
焦燥感に駆られた黒い眼は、既に涙が薄く溜まっていた。
「…旧世紀に存在していた、インフルエンザウイルス。
有効な特効薬も開発され、今や名前すら忘れられた病気です」
若い医者は青ざめた顔で言う。
「そんな病気が…なんで!?」
「もう驚異にはならないと思われていたウイルスが、異常進化したもの
それが、ネオインフルエンザなんです…」
「治るんですよね!?」
「治る確率は…2%」
「……っ!!?」
あまりに残酷極まりないその現実に、少女はその場に崩れ落ちた。
同時に少女の眼からは、ボロボロと大粒の涙が流れ落ちてゆく。
「…嫌ぁ…嫌だよ…!
お…母さんが、お母さんがっ死んじゃうなん…て、嫌だよぉっ!!」
嗚咽と共に漏れてくる拒絶の言葉。
若い医者は少女に駆け寄り、
「まだ絶望してはいけません!!
可能性は0では無いんです!
私は…まだ助手でしかないですが、最善を尽くします…!」
医者の力強い眼を見て、少女は大きくうなずいた。
看護士のアンドロイドが少女を起こし、若い医者は手術室へ駆けて行く。
その背中は、小さかった。
―――ピィーーーーッ…
手術室で、虚しく電子音が響いた。
母は、倒れる半年前程に病気の事を知らされていた。
治る見込みも極端に少ない事も知っていた。
母の葬儀は、バケツをひっくり返したより激しい、滝のような雨が降った。
父も静かに泣いていた。
母が亡くなってから、父は妙によそよそしくなり、私にはまるで腫れ物にでも触るような接し方になった。
父は母の分まで私の学費を稼ぐ、と言い出し、以前よりも家に帰って来なくなった。
学校は学校で、友達も私を少し遠ざけているように思えたし、先生なんかは『いつでも相談に乗るから』とか言っておきながら、全く聞く気は無かった。
私はだんだん学校にも行きたくなくなり、ついにロストハートになってしまった。
それからはただ生きているだけの生活。
私は表情も全くなくなり、このまま死ぬんだと思っていた。
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