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公園の奥には、小さな林が存在する。
背の高い木が行儀良く立ち並んでいて、シオンとエリの二人は、そんな神殿じみた林の中を、ゆっくり歩いていた。
林は、とても静かだ。
「空気が綺麗ですね♪」
「…そうなの?」
「はい♪
居住区とかに比べたら、とても♪」
シオンは1つ深呼吸をした後、にこやかに言った。
「………♪」
楽しそうに、くるくると回りながら鼻歌を歌うシオンを見て、エリも口元が緩む。
林の中で、機械仕掛けの少年の鼻歌が響き渡ってゆく。
「シオン…この林の、奥にね
…お母さんとお父さんとの…一番の思い出の場所が、あるんだ」
透き通った鼻歌を、しばらく聴いていたエリが、小さく呟いた。
「思い出の場所、ですか?」
エリは頷いて、そして切々と語り出す。
心なしか瞳は悲しげだ。
「…お母さんとお父さんはね、とても仲が良かったの
…そして私は、お父さんも好きだったけど…お母さんが一番好きだったの」
二人は林を抜け、明るく開けた場所に出る。
「わぁ…っ」
「…ここは、私が小学校の入学式の日に連れて来てもらった…一番好きな場所」
エリの思い出の場所、そこは、高台の草原になっており、眼下に見えるのは無機質で広大な、コンクリートジャングル。
その向こうには、更に果て無き海が視界いっぱいに広がっていた。
「すごい…」
眼の前に飛び込んでくる景色に、シオンは圧倒される。
「…ここに来れば…
どんな辛い事や嫌な事も、どうでもよく思えるの………」
そう言ってエリは手すりに手をかけ、風に身を任せ、目を閉じる。
シオンも横に並び、エリに習う。
「………」
「…」
風が、ゆっくりと、流れていく。
しばらくそうして、エリとシオンはほぼ同時に目を開け、顔を見合わせた。
「…本当だ♪
どんな辛い事だろうと、嫌な事だろうと…きっとどうでもよくなりますね!」
「…でしょ?」
自分と同じ意見に安心するように、エリの目が弓なりに曲がる。
シオンとエリは、しばらくそこで景色を眺めていた。
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