さん

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ちいもまた、たどたどしい足取りで砂浜を歩いていく。 後ろで手と手を組み、子供の様に無邪気に歩いている。 俺はその影を追って歩く。 「…ご主人様!」 ちいが急に振り返って満面の笑みを浮かべる。 腰まである黒い髪を海の強い風に揺らせながら右手を差し出した。 「手繋ぎません?」 「……は?」 急に言い出すものだから、俺は一瞬思考が停止しそうになった。 というか、停止した。 どこでそんな知識を得たのか、ちいはニコニコと笑顔のまま手を差出しながら待っていた。 「…ああ。」 俺はちいの気持ちを無駄にしないように手を握った。 手を握ると、ちいも俺の手を握り返す。 きゅっと小さな力で握り締められた手はなんだか少し懐かしかった。 「これがデートなのですか?」 また思考停止。 なんだか今日のちいは変だ。 積極的というかなんというか、 今日というよりこの場所に来てから変だ。 ―…さく、さく、さく、 一定のリズムで砂浜の上を歩いていくちい。たまに砂に足をとられて転びそうになっていたが。 いつの間にか海の岸の方に着いており、いっそうと海の音が大きくなった。 「なんだか、」 ちいがそこまで呟いて、 ピタリと言葉を紡ぐのを止めた。 それが何故なのかは分からないが、俺は黙って聞いていた。 沈黙が続き、更に波の音がよく聞こえる様になる。 無言で歩く俺達の足跡を波が溶かしていった。 「―…帰るか」 しばらく沈黙が続き、俺は小さな声で言った。 ちいはゆっくりとこちらを振り向き、俺に微笑みかけた。 「はい!」 俺達はまた駅へと歩きだした。 荷物を手に持ちながら、 寄り添って歩くその姿はなんだか彼氏と彼女みたいだった…気がする。 だんだんちいが心を知り始めたんじゃないか? とかそんな淡い期待を胸に抱いて俺達は帰路についた。
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