プロローグ

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思念体。 『七海釘也にグラウンドに来て欲しい』という友人の思念が生み出した偶像。 視覚では捉えられても触ることも会話することも出来ない虚像。 それが先ほどの友人の正体だった。 数十年前に発見された、人々の妄想を視認化させる未知の粒子『クァネ』、これにより地下資源を持たぬ技術国として発展を続けてきた日本の経済は一変する。 外国のアミューズメントパークを取り入れ営んでいた地区は本家を超えるアトラクションを多数生み出し、コンピューターグラフィックを駆使しても頭打ちになっていた映像技術は飛躍的な向上を見せる。 発見当初こそ諸外国から「市場の独占だ」と非難されていたが、自国でのみ鑑賞可能という希少性が人々の心をくすぐり、日本は一躍娯楽大国へとその姿を変えていった。 しかし、思考を視認化してしまうという事象は同時に犯罪危険度も高めてしまうことに繋がり、世界でも稀有な資源と自国の治安を天秤に掛けた結果、国は新しい法律を施行。『粒子法』と呼ばれたそれは、粒子の国外への持ち出しを禁じ、国が指定した特区でのみ使用を許可する、という単純なもの。 この法律により治安はある程度維持できたものの、同時に粒子を扱いきれる人材が枯渇してしまうのでは、という懸念事項を生み出すことになる。 そこで『粒子技術者』を育成することを目的として設立されたのが、釘也の通う『上之宮学園』なのである。 第二、第三の呼び出しを避けるためにグラウンドへ向かう釘也の足取りは重く、あの蒸しあがるような熱気の中に足を踏み入れるのは多少の勇気を必要とする。 快適な温度に保たれた校舎内からグラウンドを見渡すと、見知った顔が固まって何かを話しているのが見て取れる。 「曽根川に天見に、うちのお嬢様まで一緒、ね……」 試験から未だ回復せぬ頭を少し小突いて、釘也はグラウンドへ向かった。 馬鹿みたいに暑い夏の日に外に出る、なんて馬鹿みたいな行動をおこすのも悪くはない。 そんなちょっとだけ退行した気持ちを胸に抱いて。
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