プロローグ

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とりあえず、すべきことがあった。 「遅いじゃない! もしやスレンダーな美女でも発見しちゃったのかしら釘――って痛い! なんどぅぶ!?」 罪の意識など欠片も無く、太陽よりうっとおしい笑顔で近寄ってきた太一を、釘也は吹き出る汗のことなど考えず全力でビンタした。 釘也の奇行に涙目で訴える様が余計に癇に障り、左頬を打った右手を握り締めそのまま元の軌道で返す。 往復ビンタの域を超えた、頬打ちからの裏拳という二連コンボが華麗に決まり、宮沢太一は宙を舞った。 「次に人の嗜好を晒すような真似をしたらピアスの穴が増えると思え? な?」 「オーライ……」 ちなみにピアスが付いているのは右耳だけで、太一はその意味を知らないし釘也も教える気は無い。 釘也が去年の誕生日にふざけてプレゼントしたところ、知らなかったのか血迷ったのかは分からないが、翌日嬉しそうにピアスホールを開けてしまった友人がそこに居たため、何も言えなくなってしまったのだ。 夏真っ盛りの昼間に、グラウンドで横たわりながら右耳だけにピアスを付けて鼻血をだくだくと流している友人を見て、釘也は改めて思う。 なんで来ちゃったんだろ、俺。 「遅いよー釘っち!」 「七海君、試験お疲れ様」 「主を待たせるなんて一体全体どういう心構えで日々を過ごしているのかしら!?」 三者三様の出迎えを受けて、釘也は返事をする代わりに両手の肘から先を上げて万歳の姿勢をとる。 “降伏いたしますよ”を意味するこのポーズは、知り合って一年半が経過した付き合いで身についた釘也なりの処世術であり、待たされた三人のうちにご立腹だった二人はそれを見て詰問することを諦め、ただ一人釘也を労ってくれた聖女、曽根川ひかるだけが怒っていないようだった。
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