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「どうする? やめておく?」
俺の葛藤を察したのか、彼女は小首を傾げながらそう訊いてくる。
畜生……かわいいな。
断れる筈がないのを分かってて言ってるんだろうな……。
「やるに決まってるだろ……」
「じゃあ、決まりね」
彼女は笑みを浮かべると、
「一つだけいいルールを付け加えてあげるわ。もしも、誘惑に屈してしまった場合でもその日はあなたの彼女のままよ。次の日がお別れって言う訳。それがどういう意味か分かる?」
そう言った。
「その日は――?」
俺にはどういう意味か分からず、困った顔を浮かべるしかなかった。
「彼女である私は、あなたを拒む事はしないよ」
「!」
その瞬間、言葉の意味が読み取れた。
要するに、彼女である間は好きにすればいい、という事なのだろう。
「本気で言ってるのか?」
「当然でしょ。ゲームはルールを守ってこそのものだもの」
そこに冗談の気配はない。
彼女は俺にそれを守らせる代わりに、自分も破る事はないと言っているのだ。
そこまで言われてしまえば、
「分かった」
これしか返す言葉は無かった。
彼女は前髪を掻きあげると、
「あなたの事を好きにさせてね?」
まるで少女のように屈託なく笑った。
「……頑張るよ」
自信がある訳ではなかったが、彼女と付き合っていく為と考えれば我慢できる気がする。
すると、
「そういえば、なんて呼べばいいのかな?」
そう問いかけてくる。
「えっと、俺は佐次勇太(サジ ユウタ)だから――」
「勇太ね?私は音無怜奈(オトナシ レナ)よ。怜奈でいいわ」
こっちが全部を言いきる前に怜奈は強引に決めてしまった。
好きな相手の名前なんて言われなくても知ってたけどな。
「よろしく勇太」
怜奈はそう言って手を差しだした。
「ああ。よろしくな」
握手を求めているのだろうと思った俺はその手を握ろうと手を伸ばした。
ところが、
「……」
一瞬、怜奈の言葉が頭を駆け巡る。
怜奈はなんと言っていた?
俺は誘惑ゲームのルールを再度確認して、怜奈に訊いていた。
「これって俺から触れる事になるのか……?」
すると、怜奈は犬歯を剥き出しにして口角を吊り上げた。
「当然でしょ?」
もうこれは誘惑ですらない。
明らかな引っ掛けだ。
先行きの不安が急に心に圧し掛かり、出て来たのは溜息だった。
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