春 Ⅰ

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ふと考える。 黒い黒いこの部屋で、素の自分が引き出されるなんて思いもしなかった。 歩く音、こっちに近づいてきてるんだろう。 何も言わなくなった僕の輪郭をすっと撫でる手袋に包まれた指、周藤琴音の指。こいつは今どんな表情をしているのか……。 僕はその指を強く掴む。 「僕の話は終わりだ、ハル」 「ハル?」 「お前の事だ」 「私、琴音です」 「なんでもいい、お前は春が好きなんだろう?優しくて温かい春が、好きなんだろう?」 「おかしな事を言いますね、春が優しく温かいだなんて固定概念に過ぎないのに……」 「それでもこれはお前が言った言葉だ、ハル」 皮肉ですか、と一言呟くと 深い深い溜め息をついた。
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