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花びらの散り始めた桜の木の枝に座り込みながら、一人の少女が高校の正門をまたいでいく生徒達を眺めていた。春休みが明けて一週間、生活ペースを切り替えるのに苦戦している様子の面々を見、その少女は触角のように飛び出た髪を弾いて微笑む。
「さって、誰を『マスター』にしようかな」
少女は枝から飛び降りて難無く着地すると、学生服とは似ても似つかない不思議な模様の制服を風にはためかせながら歩いていった。
同時刻、とある教室に予鈴の十分前に入るということを毎日欠かさない者が教室に入る。その者は教室内を見渡し、一人の女子を認めると、近付いていった。
「おはようございます。これ、昨日の板書内容とかポイントとか取っておきました」
にっこり笑ってルーズリーフを四枚渡すその者に、受け取った女子は感嘆した。
「ホント? ありがとー、心優(こころ)!」
白刃 心優(ましろば こころ)、高校二年生。童顔で小柄という幼い容姿に似合わぬ丁寧な姿勢と言葉遣い、そして何より良く気が利くことで、心優を悪く言う者は学年に誰もいない。が、教室の隅で大人しく静かにしていることが多く、クラスの人気者、というタイプの人間ではなかった。
「二年生になってソッコー風邪引くとかマジありえないよね。助かったよ」
「いいんですよ。それより、治ってよかったですね。それじゃ」
心優は自分の席に着き、待った。何をかと言えば、
「うおぉ! 間に合えぇい!」
予鈴が鳴り、ホームルーム開始のチャイムが鳴ろうというその時、廊下から駆けてくる声、もとい叫びを聞いて心優は素早く教室の扉を開けた。と同時にチャイム作動。飛び込んできたのは、
「セーフ!」
「鳴り終わる前に着席しないと遅刻ですよ、健ちゃん」
「おお、そうだった! さすが心優、ナイスアドバイス!」
天堂院 健聖(てんどういん けんせい)、高校二年生かつ心優のクラスメート。さらに、この地域で一番の富豪の御曹司でもある。が、決してそのことを鼻にかけたりせず、陽気な性格と見ていて飽きない言動でまたたく間にクラスの人気者となった。
そして彼は、一年生の時から心優の親友である。
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