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逃げ出すように教科室を後にする杜を見送りかけて、遥は慌てて駆け出し「失礼しました!」と教科室の入口で勢い良く御辞儀をすると、その後を追いかけた。
視線の先でミュールの刻むリズムが更にビートを上げる。
「公津先生!待ってください!」
その声に驚いたように靴音のリズムが乱れて、止まった。
「あ・・・。ごめんごめん、メガネっ娘――」
振り返った杜の顔はやはり幼くて、何かを堪えて無理に笑顔を作っているように見えた。
「――部室に案内しようと思って」
しかし直ぐにのんびりマイペースの表情を取り戻す。
笑顔を失った理由を聞きたい気持ちもあったが、それは躊躇われたので。
「紅茶研って部室あるんですか?――数百人部員居るんですよね」
先程の会話の続きをするしか遥には術はない。杜もそのまま何も言わずに、
「数百人と言っても殆どが兼部か幽霊部員。受験で内申に図書部って書くより面白いでしょ。でも実態がないから未だに研究会から部には格上げしてもらえなくて、部室代わりに使ってるのは化学研究室なの」
ガス栓があるので、お湯が沸かせるというのがその理由らしい。
別棟の4階建ての建物「理科棟」の最上階が化学教室。
今の時間は丁度空き教室になっていた。
「ああ、凄い。何時の間にかこんなに道具が増えてたんだ」
化学室の実験用具棚の隣には、実験教室に似つかわしくないアンティーク調の食器入れが並んでいた。
ケトル、ポット、コジー、ストレーナー。カップ。そして沢山の紅茶の缶。
物は多いが雑然とはしていない。きちんと手入れされて並べられていた。
「知らなかった・・・。意外にちゃんと活動してるじゃない」
杜も赴任してから此処に来るのを躊躇っていたのだ。きっかけをくれたのは――
並んで食器棚を眺めている遥だ。隣で小さい呟き。
「私も入ろうかな・・・紅茶研」
「いいじゃない。私ね、実は顧問に立候補しようかと思ってるんだ。っていうか今そうしようと思った。メガネっ娘のお陰」
「――えっ?」
「なあにィ?その顔。不満そう」
「そんな、不満なんてありません!」
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