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マルクは、苦悩していた。特段怪我の治りが悪いという理由ではなく、最近は割と自分で歩けるようにもなってきたし、よく誰かがお見舞いにも訪れるようにもなってきた。
最近では近々再び教卓に立つことも許され、まさに言うこと無しの日常を送っている。しかし、彼をこれほどまでに悩ませる原因は、彼の周囲で今日も絶え間なく継続されているのだった。
「エルゼ、掃除がまるでなってないぞ。見ろ、この窓枠に山と積もった埃を」
頑張って寄せ集めた僅かばかりの埃をこれ見よがしに見せ付けて、嫌みったらしく指先から吹いて飛ばすフレイア。すると、今度は透かさずキッチンの方から声が上がる。
「掃除くらい貴女がしなさいよ。私はお手伝いさんじゃないんだから」
至極当然な意見を言い放つのは、グツグツと煮立つ鍋をお玉で掻き回すエルゼ。すっかり慣れっこといった感じで、口調に苛立ちや怒り等は一切含まれてはいない。
見ての通り、先日何があったかは知らないが、最近になって家無き者となったエルゼが同居するようになっていた。
フレイアは聖域が汚されるとかワケのわからないことを言っているのだが、マルクとしては三食美味しい食事にありつけるだけで大満足だ。怪我の治りが早いのも、恐らくそのおかげもあるだろう。
しかし、やっぱりそれが面白くないフレイアは、何とかしてエルゼを家から追い出すべく、ネチネチと精神的ダメージを与える作戦に出ていた。
その内容というのは、やれスープが辛いだの服のセンスが悪いだの。先ほどのようにごく僅かな掃除の不備を見つけては、執拗なまでの注意に掛かっていた。
この雰囲気はさながら、嫁と姑戦争である。マルクもフレイアが度が過ぎた行動に出た場合は諌めるようにしてきたが、先に彼自身の方が折れかかっていた。
そんなことを考えながら椅子に座ってある作業を続けていたマルクは、一息つくように浅く息を吐いた。
「む……マルクよ、先ほどから一体何をしているのだ?」
エルゼとの不毛な争いを一時中断して、フレイアは肩越しにマルクの手元を覗き込んだ。
彼の手には、小さなナイフと一本の手頃な棒切れ。棒切れは筒のように中身がくり抜いてあり、マルクはその表面を綺麗に削っているところであった。
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