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 冬の床板は冷たく,サンダルを脱いだ素足は,キンと冷えた。  「取りなさい」  鼻から息を吐くと,それさえも白い。  祖父は壁に掛けられた木刀を取ると,一本を僕の方に放り投げた。  硬質な音が,場内に響く。  祖父が骨ばった右手に,木刀を,弦を下にして持った。  「あの,勉強をしているんですが」  足元に転がる木刀にちらと眼を走らせて呟いた。  兄さんのように,会社を継げばいい身の上ではないのだ。  それぐらい察してくれてもいいだろう。  「取りなさい」  有無を言わせない口調で祖父は道場の中央に立った。  今更。  老人の戯れに付き合わなければならない意味が判らない。  木刀を下げたまま,祖父の前に立つ。  首を真っすぐに伸ばしたまま上体を倒し,立礼した後,中段に構えた。  祖父は動かない。  軽く閉じた半眼の目には何を考えているのか判らない不透明さがある。  来る。  一瞬ゆらりと動いた空気に,反射的に左によけ,木刀が右腹を庇った。  「クッ…」  この枯れ木のような腕のどこにこんな力があるというのだろう。  胴をいなし,弾き返して再び中段に構える。  つま先で床を蹴り,小手突きを狙う。  足の平が床を踏み鳴らした。  鋭い音を立てて木刀がはじかれる。  素早く右後方に下がる。  動かない。
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