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 祖父の考えていることが一向に判らない。  僕はただじっと身体を固め,空気の振動を感じていた。  人が動く瞬間,空気は揺れる。  それを掴めと僕に教えたのは目の前にいる祖父だ。  「…宋瀟仁(ソン・シィァォレン)という男を知っているか」  しわがれた声が,小さく音を発した。  その声すら空気を揺らさない。  「…知りません」  中国系らしい名前に聞き覚えはなかった。  僕が知っている中国人は今目の前にいる祖父と,父。  そして,李小春だけだった。  「白髪の男だ」  一瞬小春の白い髪を思いだした。  「知りません」  僕の声は空気を揺らす。  構えた瞬間額の辺りで木刀同士のぶつかり合う音。  「踏み込みが甘かったか」  枯葉の重なり合うような音。  ビビった。  心音が異様なほど早い。  「話しながらなんて卑怯じゃないですか」  不満を示すと,祖父は鼻先で笑う。  隙を見せる方が悪いか。  そっちがその気なら、こちらとて攻めないわけにはいかない。 ゆっくりと息を吸い込む。  短く吐き出し,同時に床を踏み抜く勢いで懐に踏み込んだ。  手首のスナップを使い,上段から細かく角度をつけた面を振り下ろす。  木刀と木刀がぶつかり合い,激しい音を立てる。
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