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 気がつけば歯を食いしばり無心に撃っていた。  「クッ…」  どんな角度でも,弾き返される。  壁を相手に素振りしている気分になってきた。  踏み込む足が,力を込め過ぎていたい。  無心だったものが,散漫になる。  木刀を持つ手が,痺れてくる。  痛い。  「ッア!」  軽く返された手首に,木刀が飛んだ。  瞬間繰りだされた突きを避けて後ろに跳ね退く。  一瞬バランスを崩し,傅くように膝を付く。  顔を上げると,眼前に木刀の切っ先が突きつけられた。  眼鏡のブリッジに触れる擦れ擦れ。  「鈍らせるな」  祖父はそれだけ呟くと,木刀を納め,嫌味なほど美しい立礼をした。  「如何様にも動き,空気を支配しなさい」  訥々と話すさまは,まさにこの老人を表していた。  一人,華僑として大成した中国老は,肉親にすら一枚の壁を隔てる。  「…普通の高校生にそれは必要ですか」  座り込んだまま,道場を去ろうとする祖父に声をかける。  深い皺に囲まれた小さな目が鋭く,輝いた。  「私の孫である限り,半端者は許さん」  なんだそれ。  へたりと床に尻をつき,視線を床に落とした。  武術の何が僕の人生の糧になる。  「…宋瀟仁にはかかわるな」  柔らかく,それでいて,有無を言わせない声が,僕を制し,床に張り付けた。
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