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深緑色の黒板に,『李小春』の文字が縦に書かれた。
少年は柔らかそうな髪をたゆたわせ,女の様に真っ赤な唇を笑みに象らせていた。
「我叫李小春(私の名前はリ・シャオチュンです)」
切れ長の目に,細い首,小さな貌,通った鼻梁。
「日本語も話せます。仲良くしてください」
転入生らしい好意的な挨拶で,小春は髪を掻き上げる。
とたん,周囲の女子が小声のふりをした大声で騒ぎ始めた。
眉間がこるような感覚がして,僕はそこに指を添え、ゆっくり時計回りにマッサージした。
嫌な予感がする。
「神凪」
こういう時の僕の勘はよく当たる。
「はい」
内心舌打ちをしながら,僕は頬に笑みを貼り付けた。
「悪いが転校生をお前に託してもいいか」
人のいい担任は僕の内心など図ることもなく簡単にそう言ってくれる。
「えぇ,李くんも同い年の方が話やすいでしょうし」
面倒臭い。
こういう役回りが委員長のものだとわかっていても,面倒なことには変わりない。
しかも,『転入生のお守』は内申のプラスになど絶対にならない。
それでも大人の心情を悪くするよりは恩を売っておいた方がいいだろうと勝手に計算する僕の顔は,人好きのする笑顔を湛えて,小春を見た。
「あー…ヒー ガイデス ユー」
「OK」
笑顔を変えないまま,小春は僕の前まで進み出ると,真っ白で華奢な掌を差し出してきた。
「よろしく,おねがいします」
「こちらこそ」
僕はその華奢な手を握り,極上の笑みを浮かべ,外国人とは言ってもこんなもんかと思う。
自分のことはこの際棚上げだ。
「カンナギ,」
片言の日本語で僕を呼ぶ声は,柔らかく,涼やかだ。
「你半半吗?(お前,パンパンか?)」
一瞬笑みが失せた眼は餓えた獣に見えた。
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