6人が本棚に入れています
本棚に追加
19:35
――居住区 煎餅家――
仕事を終えた庄が家へと帰ると、玄関でエプロン姿の水菜が彼を出迎えた。
元々から清楚な印象を見る者に与える彼女だが、更にそんな家庭的な出で立ちをしている為、清楚感がニ倍増しだ。
頼まれていた買い物を渡すと、家族とは思えない程にしっかりとお礼を言うので、庄は些か辟易とする。
「なあ、その堅い喋り方はどうなかならんのか?」
奥へと引っ込もうとしていた水菜は、問いかける声に振り返り、さも当然であるかのように答えた。
「人に何かをして貰ったら、ちゃんとお礼を言わないと。」
「だからって、傾斜角六十度のお辞儀は無いと思うぞ。家族なんだからさ、もっと肩の力を抜いてくれよ。」
すると、水菜は実に申し訳無さそうな表情になり、今度は四十五度に上体を傾ける。
「ご、ごめんなさい。友達にも、よく態度が堅苦しいって言われるんです。私はそうは思わないんですけど…。」
「まずは、その丁寧語を止めて頭を上げなさい。それだけでも、印象が大分違うからな。」
「は、はい…。」
それから何度か、気軽な口調とお辞儀をしない練習をしたものの、一向に治る気配はなかった。
此等の周到なまでの礼儀は、ひとえに両親による執拗な教育に帰依している。
即ち、長きに渡って身に付いた習慣であり、そう易々と除ける類のものではないのだ。一通りの努力が成果を結ばないと見るや、水菜の顔は雲る一方であった。
「……ふぇっ。」
「泣かなくていいから!やっぱり自然にしていた方が、水菜らしくていい!」
とうとう目尻に涙まで浮かべはじめ、それを宥めるためとはいえ、ついつい言ってはならない一言が出てしまう。
「あ、そ、そうですか?それなら今まで通りに。」
「うーむ、それはそれで、ちょっと…なあ。」
「やっぱり駄目ですか…ぐすっ。」
「もういいから!そのままでいいから泣くなー!」
煎餅家の、日常の風景である。
最初のコメントを投稿しよう!