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19:35 ――居住区 煎餅家―― 仕事を終えた庄が家へと帰ると、玄関でエプロン姿の水菜が彼を出迎えた。 元々から清楚な印象を見る者に与える彼女だが、更にそんな家庭的な出で立ちをしている為、清楚感がニ倍増しだ。 頼まれていた買い物を渡すと、家族とは思えない程にしっかりとお礼を言うので、庄は些か辟易とする。 「なあ、その堅い喋り方はどうなかならんのか?」 奥へと引っ込もうとしていた水菜は、問いかける声に振り返り、さも当然であるかのように答えた。 「人に何かをして貰ったら、ちゃんとお礼を言わないと。」 「だからって、傾斜角六十度のお辞儀は無いと思うぞ。家族なんだからさ、もっと肩の力を抜いてくれよ。」 すると、水菜は実に申し訳無さそうな表情になり、今度は四十五度に上体を傾ける。 「ご、ごめんなさい。友達にも、よく態度が堅苦しいって言われるんです。私はそうは思わないんですけど…。」 「まずは、その丁寧語を止めて頭を上げなさい。それだけでも、印象が大分違うからな。」 「は、はい…。」 それから何度か、気軽な口調とお辞儀をしない練習をしたものの、一向に治る気配はなかった。 此等の周到なまでの礼儀は、ひとえに両親による執拗な教育に帰依している。 即ち、長きに渡って身に付いた習慣であり、そう易々と除ける類のものではないのだ。一通りの努力が成果を結ばないと見るや、水菜の顔は雲る一方であった。 「……ふぇっ。」 「泣かなくていいから!やっぱり自然にしていた方が、水菜らしくていい!」 とうとう目尻に涙まで浮かべはじめ、それを宥めるためとはいえ、ついつい言ってはならない一言が出てしまう。 「あ、そ、そうですか?それなら今まで通りに。」 「うーむ、それはそれで、ちょっと…なあ。」 「やっぱり駄目ですか…ぐすっ。」 「もういいから!そのままでいいから泣くなー!」 煎餅家の、日常の風景である。
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