6人が本棚に入れています
本棚に追加
19:50
――居住区 煎餅家――
「そうだ、もう直ぐ市民祭ですよね。役所でも何か、特別に仕事があったりするんですか?」
夕食の席で、水菜はふとそんな事を思い出した。
市民祭というのは、毎年春と秋の二回行われる、日昇市全体のお祭りである。
日昇市が出来る前からある、夜明山頂上の神社が企画・主催し、市がそれを援助して大きな物に仕立てあげるのだ。
当日は、神社へと続く石畳の道には多くの露店が並び、その店灯りによって遠くからは、まるで闇の中に道が浮かび上がっているように見える。
一方、市の内部では商店での安売りやビアガーデンの開催などが、例年行われてきた。
ここも日昇市の分化構造があらわれており、前者を神聖区、後者を俗世区と呼んだりする。
「いや、特に…というか、その日は市役所自体が休みだぞ。」
これは流通管理課などの、即応性の不要な部署に限った話である。
「そうなんですか。そ、それじゃあ…当日は、い、一緒にお出かけしませんか…?」
水菜は顔をやや赤くしながら、庄を市民祭に誘った。
特別な感情などは無くとも、こういった誘いは、例え兄妹間であっても恥ずかしいものである。
一方の庄だがこちらはこちらで、心中における葛藤の真っ最中であった。
即ち、水菜の学校での人間関係について。
(何故、僕を誘う?いい年齢の女の子が、こんなに歳の離れた兄と一緒に出かけるなんて、まずないよな。普通は友達とか…もしかして、友達が居ないとか?)
そこで、ちらと対面に座る水菜を見る庄であったが、彼女は下を向いて沈黙を守ったままである。
それは誘いの恥ずかしさによるものだが、庄の目にはまた違った意味で映ってしまう。
(うわ、辛そうにうつむいているじゃないか。やっぱり友達が居なくて、仕方なく僕を誘っているんだ。なら断って、誰か知り合いと行かせた方が水菜のため…。いやいや、それで失敗したら、祭りは行けない友達は出来ないで大変なことに…。)
だんだんと表情が暗くなっていく庄を、水菜は不思議そうに眺めるだけであった。
煎餅家の、日常の光景である。
最初のコメントを投稿しよう!