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――居住区 葛切家―― 買い物から帰った志乃を出迎えたのは、姉と母親の二人だけではなかった。 居たのは姉の同い年の友人かつ日昇市市長、能都 雨子(のと あめこ)である。 普段は、いかにも仕事のできる女といった印象を与える彼女だが、それは数時間前までの話。 今や服ははだけ髪は乱れ、姉と共に酔っぱらって、居間を占領する長物と化していた。 「うがー。秘書はミスが多いし、あのクソ議員は何かとしつこいし細かいし、もうやってられないかも…。」 雨子は時々こうして御代の下を訪れては、酒を呑み愚痴を垂らし続ける。 こうなると葛切家の方も慣れたもので、即座に酒を運んでつまみを用意する即応体制が整っているのだ。 「しっかりしろー!任期切れまではあんたしか居ないんだから、ちゃんと市政に取り組みなさい。」 「人に講釈垂れる前に、自分も働いて下さいね。」 志乃が酒を運びつつ言うが、御代はお構い無しに助言を続ける。 「で、まだ嫌になっちゃった訳じゃないんでしょ?」 「やる気はあるのよ。でも、いざ何か動くとなると、議員どもは根拠もない反対反対だし。あいつらはごね得なんだから無視したいけど、一応市民に信任されて当選してるから、そういう訳にもいかないのよー。」 「そこは根回しだね。賄賂は駄目だけど、市長直々にお願いに行ったりするのは、これが結構効くのよ。」 姉が、政治的策略について思いの外知っていることに、志乃は驚くばかりであった。 しばらくすると普段通り、二人は共に床に寝そべり、寝息をたて始める。 布団をかけてやりながら、その幸せそうな顔を眺めるのが、志乃の些細な楽しみの一つだ。
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