秋山

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 やがて夕食ができる。四人の影が薄暗い部屋に寄り添った形でできた。その間を縫うように、湯気が立ち上ってゆく。外では、霜露がまた寝屋の草木に寄り、枝葉に座り、また一層葉に色を付けた。少年は布団に潜り込み、目を閉じる。そのまま意識は溶けていく。瞳の奥に娘がいる。  娘との付き合いは幼い頃に遡る。春にはお互いの田に稲を植え、夏には二人で川のせせらぎに耳を任せた。いつしか、七年の月日が過ぎ、かつての少女は娘に変わりつつあった。少年の隣には、いつも彼女がいる。幼馴染という意識は特にはなかった。ただ、周りの大人からそれを聞いたとき、ああそんなもんか、と思う程度だったのだが、やはり幼馴染とは違う像を彼女が持ち合わせていたのは確かである。その像は、日増しに大きく、輪郭がはっきりとしてきた。  やがて少年は寝入ってしまう。微かな寝息が部屋に流れ、台所を通り過ぎ、原を駈けた。月明かりは柔らかく大地を照らし、眠る人や草木を撫でて西空に駆け抜けた。東の空が白み、霜は一層白く大地に寝転ぶ。やがて家々に朝餉の煙が上がり始め、霜は空に旅立って行った。木枯らしは柔らかく丘を駆け抜ける。  娘は少年と歩む。休みの日、暖かな小春日和の中、二人は柔らかな太陽の下で微笑む。秋から冬に移るこの日々は、鋭くもあり、また柔らかかった。庭に咲いた菊の花は白く霜と混ざり合い、色合いを一層柔らかにする。少年は心当てに一本折ると娘の許に寄り、その細緻な自然の構造を眺め、娘と見比べた。娘の赤らんだ頬と白く透き通る肌は、菊や芍薬や牡丹というよりは、初雪に化粧された紅葉に似ていた。突如目が合う。娘の顔は一瞬少女に戻る。 「何」 「なんでもない」 少年はあくまでも少年のまま、顔を菊の花に戻すと、群青色の空を眺めて溜め息混じりに鼻歌を歌い始めた。太陽ははにかんだまま、二人の真上をゆっくり歩んだ。風が草を揺らし、紅葉をわずかに落とすと、向こうの山まで一目散にかけて行った。 「そろそろ戻らんといけんね」 娘は少年に言う。少しあかぎれた手が、田舎の風景をより濃くした。二人は小屋に戻ると、縄を綯い始めた。時より笑い声が響き、太陽は西に急いだ。  夜、娘は眠りに就く。瞼が閉じられる時に彼女は何を見たのだろうか。
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