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秋の夕暮れに、少女が青年の手を引っ張り、林を駆けていた。冷たく柔らかい風が頬を撫でる。この辺りにも住宅が増え、いろいろなものが変わり、かつての様相を窺うことは難しい。
老爺は風に吹かれて落ちた栗を拾うと、小春日和の縁側に腰を掛けた。
「子どもは、元気ですね」
老婆が口を開く。
「ああ、懐かしいな」
「いろいろありましたね」
「戦争もあったな」
「ええ、何年前かしらね」
「俺が飛行機に乗る予定の前日に、玉音放送が流れた」
「そして、帽子を抱えたあなたがその十日後にここに来た」
「…………」
老爺が口を開くと、向こうから青年の手を引いた少女が走って来た。
「お爺ちゃん、お爺ちゃん」
「まあ、お前たちは同い年なんでしょう、お前も和哉くんを見習って少しは落ち着きなさい」
「すみません、恐縮です」
「和哉くん」と呼ばれた青年は、少年という年にもかかわらず随分大人びている。青年が少女の面倒を見ているようにしか見えなかった。
「ほら、これでも食いながらあっちいって遊んで来い」
老爺は飴玉を二、三投げて渡す。それを受け取ると、少女は頭を軽く下げる青年の手を引っ張って行った。
「おい、これ……」
老爺の手には、少し変わった形の栗が握られている。
「懐かしいですね」
一瞬遠い目をした老婆がすぐに栗に視線を移した。
「ああ。懐かしいな。お前は娘だったな」
「あなたはまだ子どもでしたね」
「ああ、あれとは真逆だ」
そう言うと、二人はしばらく無言のまま山を見上げた。赤く染まった紅葉だけが二人を見つめている。
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