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「何処なの……ここ」
辺り一面に彼岸花が咲き乱れる中、一人の少女が呟いた。彼女の頬を風に浚われた花びらが撫でていき、美しい黒髪をより一層引き立たせる。
「気持ち悪い……」
彼女は眉間にシワを寄せ、一輪の彼岸花を踏みつける。
先程までの美しさが嘘のように、花は土色に染まり、紅(あか)をなくしていった。
「かわいそうだねぇ」
男の声がして少女が振り向くと、そこには赤い髪の男がいた。
「ホント、かわいそうだ」
「花なんて別に……」
「違うよ」
男の手が伸び、少女の髪に触れる。
「――かわいそう」
猫科の動物のように目を細め、男は笑った。花と同じ色の瞳が少女を映し、少女を紅く染める。
『かわいそう』というのは、花のことではなく、少女を指す言葉。それを理解した少女は男の手を払い、彼を睨みつけた。
「かわいそうなベアトリーチェ。俺のベアトリーチェ……」
途端、男は狂った人形のように笑い出し、意味のわからないことを言い始める。
少女は走り出した。この男は危険だと察して。
行く当てもなく、ただ男から遠ざかるために、彼女は紅い海を走った。
刹那――彼女の躰が宙に浮く。
いや、浮いたのではない。彼女は落ちたのだ。
地面の切れ目を通り過ぎ、少女は空を舞うように落ちる。
彼女の躰が地を捉えたとき、そこには紅(あか)が広がっていた。
「かわいそうなベアトリーチェ……。だけど、これでキミも俺のものだよ……」
崖の上から、男が紅を見下ろす。
そこには少女などおらず、ただ紅く美しい彼岸花が咲いていた。
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