第一章 『物は言い様』

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第一章 『物は言い様』

 ベッドや机、クローゼット他、最低限の家具しかない部屋で、彼は眠っていた。  中肉中背。短い黒髪。黒いTシャツに白いズボンという服装の彼は、とある時間になると目覚まし時計も無しに目を覚ます。窓には分厚いカーテンがかけられているというのに。 「ふぁぁ・・・・・・」  黒のレザーグローブ越しに欠伸を押さえながらマンションの一室で起き上がったのは、裏の世界で『チャリオット(戦車)』として恐れられるリョウその人であった。彼が一度銃を抜けば、はるか昔に敵国を圧倒したチャリオットのごとく突き進み、残るのは死体だけだという噂が(発信源はとあるバー)流れている。  そんな彼、頭をかきながら眼鏡(かなりの近視である)をかけ、マナーモードにセットされた防水性の携帯電話を机の充電器から取り上げた。いつもなら迷惑メールぐらいしか来ていないが、削除も兼ねて一応はチェックするのだ。  そして今日はそれが功を奏した。 「ん?」  届いていたメール。件名も『○○様!』(誰だよ)や『当選しました!』(応募してねーよ)に『退会手続き』(だから入ってねーよ)等の一目でそれと分かる迷惑メールではない。  これは珍しいことだった、がもちろん初めてでもない。 「……やっぱり『アルカナ』か」  小さく呟く。  表向きはバー、裏向きは情報と武器を売る『アルカナ』。妖艶で年齢不詳のマスターとリョウの繋がりは深い。“売れない情報と武器はない!”というのがマスターのキャッチコピーらしいが、それが正しくなかったことはないとリョウは知っている。仲介料目当ての求人情報を取り扱っていることも。  もちろんリョウが持つお気に入りの――スライドの前部と後部にうろこ状のセレーションが刻まれた――拳銃、S&W-M945(オートマチック・45ACP・装弾数八発)とその弾薬の仕入先はそこである。
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