5人が本棚に入れています
本棚に追加
/19ページ
社会は巡るめましく動き続け、人が明日を繋ぐ事でさえ必死にならないといけない現代において、過去の人を思い出す時間なんてものは無いに等しい。
それは淡白な訳でも何でも無く、ただただ仕方の無い事と思う。
だからこそ、そういった時間を作ることは間違いでも何でもないし、寧ろ必要な時間なのだ。
夏が終わり少し経ち、暑さに慣れた体には朝が少し寒い季節。
毎年の様にこの日のこの時間はここにいる。
今日は曇り空だった。寒さがより一層と強く感じると同時に、少しでも感傷に浸ると必要以上に落ち込んでしまう様な気がする。たかだか曇りというだけで嫌な相乗効果だ。
もう帰ろう。やらなくちゃならない事は沢山あるのだ。
「今年も来たんだ」
そっと、足を動かそうとしたその矢先、背後から声が聴こえた。毎年そう上手く事が進む訳もないのだ。仕方がない。背を向けたまま伝わる様に大きく溜め息をつき、同時に肩をすくめてみせる。
すると静かな冷たい声が返ってくる。
「毎年毎年この日の朝、私よりも早くお花を供えてくれる人がいるの。その人はすぐに帰ってしまうらしいから、今年はお礼を言いたくて私も早く来てみたんだけど……まさか貴方だとは思わなかったわ」
少し残念そうで、少し棘のある声だが、そりゃそうか。当然の反応だ。
「俺で残念かい」
一応は訊いておかないとならない。意思表示はちゃんとさせてやらないと、彼女はいつまでも遠回しな言い方しかしない。物事はハッキリと伝えてくれた方がまだ安心して話せるというものだ。
「……そうね」
苦笑した。季節を先取りしたかの様な冷えた声。なんと容赦の無いことか。まぁ、お陰様で会話はできる様にはなったが。
とはいったものの話す事なんて無いし、相手もまた同じだろう。
「そーかい。ならもう帰るかね。邪魔して悪かったよ」
背を向けたまま歩き出そうとした。
「あ……貴方! 待ちなさいよっ!」
しかし、先刻とはうってかわり熱の籠った彼女の言葉が俺の足を留める。
「……何だい? 大きな声なんか出して。話すことなんて無いだろう」
俺は花を供えてから1秒でもこの場に居られればそれで良かったのだ。
その時間は必要ではあるものの、それで充分でもある。引き留めないでほしい。
「あるわよ」
熱を押し殺した静かな声。
「貴方にも罪悪感とかちゃんとあるんだ」
最初のコメントを投稿しよう!