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この居間には窓がない。そのせいで風音がしないものの……風音とはつまりわずかな隙間から、風が通っている音のことだ。
私の知る限り、そんな立て付けの悪い窓やドアはこの屋敷にはない。ましてやお嬢様の部屋に……。
だから本当に眠れないのなら、それは別の理由としか考えられない。
それを問うのは野暮だろう。嘘をつくにはそれなりの理由があるのだし。
ともあれ、私は拳銃の安全装置をかけてテーブルの上へ。
「では、こちらへどうぞ。冷えるでしょう?」
「来て欲しいなら、行ってあげるわよ」
暖炉のせいなのか、お嬢様の顔が赤いような気がする。
私の隣に座るお嬢様に、私は上着を脱いで着せた。
「……」
返ってくる言葉はない。期待していたわけじゃない。
ただ、私の顔を覗きこんできた。
「お嬢様?」
顔が近い。吐息がかかる。
いろいろと危ない。私がお嬢様を、という意味で、危ない。
紅潮した頬、私の瞳を見つめる目、柔らかそうな唇。
駄目だ駄目だ駄目だ。
お嬢様が私を? 嬉しいけど、そんなはずない。許されない。
だってお嬢様は、すでに、結婚の約束をして……。
このまま見つめていては駄目だ。
とっさに顔をそらして暖炉を見つめる。
お嬢様はなんだかムッとしたが、私は知らん顔をした。
「……まだこんなの持ってるの? いい加減捨てたら?」
雰囲気を壊されたからなのか、お嬢様が拳銃に手を伸ばす。
その手より早く、私の手は拳銃を取っていた。
お嬢様の表情が呆気にとられる。
「あ……すみません。でも銃は危険ですから、もう触ろうとしないでください」
言いながら銃をズボンへ納める。
危険だから触るな。
誰が危険かと言えば……丸腰の、私。
「その危険なものを、どうしてヒカルは手放さないのかって訊いてるのよ」
「これがないと、とにかく不安になるんです。寝首をかくなんて日常茶飯事でしたから」
日本帝国にだってスラムはあるし、賄賂を受け取る警官もいる。
麻薬と硝煙、金と力、それらが混ざり合うスラムが私の住処だった。
染み付いたスラムの臭いはそうそう落ちてくれない。拳銃を捨てる時、やっとスラムの臭いが落ちるのでしょう。
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