言葉はいらない

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「じゃぁ…… 今止めることができれば……。」 総司の必死の形相に 斎藤は顔をしかめた。 「正気か沖田さん。」 「え?」 「水無月は武士で あろうとしている。 もちろん人を斬る為に 武士になるわけじゃない。 武士である以上、 命のやり取りをする 覚悟が必要なだけだ。」 語り口は静かだが、 斎藤のまとう空気は 重たく迫力のあるものになる。 「水無月はその覚悟が 定まっていない状態だ。 人を斬らせないように 守ってやってどうする? 綺麗ごとだけで 武士を気取らせるつもりは 俺も、もう一人の沖田さんも 毛頭ない筈だ。」 冬馬がオロオロと口を挟んだ。 「あの、斎藤さん。 総司は春を連れ戻したくて 必死だから思わず……。」 「理由にならない。 今のあんたは武士じゃない。 それだけだ。」 斎藤はきっぱりと言い切った。 総司の肩が震える。 「武士……じゃないですよ。 “今”の私は、 昔の自分とは違います!! 当たり前じゃないですか!」 斎藤は小さめで切れ長の目を 大きく見開いた。 総司が感情を高ぶらせるところを 斎藤は初めて見たのだ。 総司は泣きそうな顔で続ける。 「だから、“今”の春にも できるなら人を斬らせたくない。 代わりに私が血をかぶっても良い 今の私は春を守るためだけに 力を使いたいって思うんです。 昔とは守るものが違うんです!」 斎藤はしばらく ぽかんとしていたが、 総司を見て、ふっと薄く笑った。 「……武士じゃないか。 守るものの為に刀を抜く。 その信念さえあれば、 守るものが変わっても、 たとえどんな時代でも 人は武士になれる。」
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