言葉はいらない

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屯所が見えてきた。 あの頃のままの佇まい。 史跡としてではなく 人間が生活を営んでいる故の 独特の息づかいが感じられる。 総司の鼻の奥がツンとした。 「げほっ!こほっ!」 その拍子に思わず咳き込む。 涙が零れそうなほど 懐かしいけれど、 それと同じように 平成という時代にも 春との思い出は沢山ある。 総司はキッと前を向いて 屯所の門をくぐった。 続く石畳。 縁側が見えてくる。 縁側を伏し目がちに歩く 1人の少年がいた。 艶やかな長い黒髪。 乳白色の陶器のように なめらかに輝く白い肌。 はっきりと桜色に色づく ふっくらした頬。 「春!!!」 (“総司”の“春”だ! “沖田先生”の “水無月さん”じゃない!) 「春!!」 総司は干上がった喉のまま もう一度力いっぱい叫んだ。 「へ?」 春は大きな目を丸くして 総司の方に振り返る。 「沖田……先生? そんなに急いで どうされたんですか? しかもその髪……。」 春は出会ったばかりの頃のように 総司に話しかける。 「ハァっ、ハッ! 帰っり、ましょう。 私達のいる、べきっ場所に。」 総司は膝に手をついて 春の顔を見上げた。 「かえ、る??」 春はポカンとした顔をする。 「平成の私達の家ですよ!! 覚えているはずです!! 私です!総司ですよ!!」 総司は春の華奢な肩を掴んだ。 「何?何言ってるんですか?」 春は怯えた目で総司を見上げる。
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