言葉はいらない

31/31

4574人が本棚に入れています
本棚に追加
/500ページ
「ん……。」 総司はゆっくりと目を開いた。 見慣れた白い天井。 「あっ!起きた!起きたよ!」 よく通る美姫の声が 頭上から響いてくる。 総司は飛び起きた。 自分はどうやら無事 平成の世に戻ってこれたようだ。 自分を見下ろす顔。 土方、美姫、冬馬、都、優。 みんな笑顔だった。 その隙間から長い黒髪を揺らす 総司の大好きな人が顔を覗かせる 一人だけ肩を小さくして 申し訳なさそうな表情をしていた 桜色の頬。長いまつげ。 ぷっくりした唇。 すぐ赤く染まる真っ白な肌。 見間違いなんかじゃない。 確かにそこに、春がいる。 「しゅ………ん。」 総司はおそるおそる 春の名前を呼んだ。 「……総司。」 総司が待ち焦がれた 耳に馴染んだ発声。 「……っ!!」 総司の春だった。 総司は春の体に飛び付く。 人前でこんなことをしたら いつもは真っ赤になって 体を離そうとする春も 今回ばかりは自分から 総司の体に腕を回した。 「ありがとう、ございます。」 春がくぐもった声で言う。 二人はしばらく抱き合っていた。 言葉はいらない。 離れていた距離を埋めるように ただ無言で体を寄せ合う。 「おかえりなさい。」 体を離した総司が静かに言った。 「……ただいま。」 春は小さく微笑む。 「おかえり春ーーー!!!」 美姫と都と優が春に抱きついて 大きな人の塊ができる。 その様子を笑って 見ていた総司の肩に 力強い手がしっかり置かれた。 土方の手だった。 「土方さんも、ありがとう。」 総司の胸は熱くなる。 感情が押さえきれない冬馬は 一人でおいおいと泣いていた。 それを見た皆は愉快そうに笑う。 “此処”にはこんなに沢山 大切なものがある。 時が経って形が変わっても 無くさないために 見失わないために できるだけ努力していこう。 誰も口には出さなかったが 皆の気持ちはひとつだった。
/500ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4574人が本棚に入れています
本棚に追加