春色平成児誉美

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それからの総司と春は 主語と述語があるような きちんとした文章を紡がなかった ただときどき相手の名前を呼ぶ。 「そ……じ。」 「春。」 苦しげに眉を歪めて。 「総司。」 「しゅん。」 子供同士がじゃれるように くすぐったそうに笑いながら。 ……酸素は甘く煮詰められて、 静かで濃密な時間が流れる。 今まで上手くきっかけを 掴めずにいたのが嘘のようだった その声、その息、その呼吸。 その声、その息、その呼吸。 脳は溶けているのに 血管は激しく脈打つ。 苦しい。愛しい。 愛しく、苦しい。 ただ目の前の 奇跡のカケラみたいな存在を もっともっともっと感じたい。 「しゅん……。」 総司が掠れた声で春を呼ぶ。 「……っ。」 春は喉の奥から声を絞り出す。 乱れた息で命綱のように 総司の名を呼ぶ。 音として空気を震動させることも 出来ないほどの微かな声だったが 総司にはちゃんと伝わった。 春、総司、春、総司。 ぐるぐる。ぐるぐる。 回って。廻って。 たとえわずかな時間でも ひとつになる。 その声を、 その息を、 その呼吸を、 その存在すべてを――――。
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