…―ヤブな名医―…

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シオは足に力を込め地面を蹴る―― と、そこに思いがけない人物がシオの体を止める。 「…何で止めるの……山爺…」 山爺はシオを無視しアルドに向き直ると落ちたパンを差し出す。 「こんなパンぐらいくれてやるわい!さっさと行け!!」 「ジジイ…誰に向かって」「引かんようなら、金輪際お前達は診んぞ?それでもいいのか!」 「チッ」 聞こえるように舌打ちするとアルド達は去っていった。 これが老体といえど、この牢獄で生きられる山爺の強み。 喧嘩が絶えない牢獄ではケガはつきもの。それはアルドも例外ではない。 囚人相手に貴族の権力など意味はない。むしろ恨んでいる者の方が多いだろう。 頼りになりそうな看守も常に一緒にいるわけではないし、隠れてやろうと思えばいくらでも方法はある。 また更に、不衛生な牢獄と仕事場である下水道。病気にかかるものも少なくない。 この国に囚人を診ようなどと思う医者はいない。囚人は家畜以下であり、医者は人を診るものである…それがこの国の風潮。 しかし山爺は例え誰であっても、治療にあたる。 それが自分に危害を加えた相手でも… 『どんな凶悪犯だろうが、ケガ人はワシの患者……まぁ…ヤブじゃが』 それが医者のはしくれである山川心斎のポリシー。 それ故、囚人達のほとんどは山爺に危害を加えない。 国も、あまりに囚人が減っては試合も労働力も足りなくなるので、囚人とはいえ、山爺には特別に最低限の医療道具の使用、及び所持を許可し、消耗品等も供給している。
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