夏の一陣

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   僕はその日、底抜けに憂鬱だった。    耳障りな蝉の鳴き声。刺すような太陽の光。体にまとわり付く嫌な汗は僕の気分を害するには充分だった。    夏休みだというのにすることなどまるで無かった。厳密に言えば高校から言い渡された山積みの課題が僕を勉強机で待ち構えていたのだが、やる気なんて毛頭無いのだ。有って無いが如し、だ。    自慢じゃないが友達は多い。でも休みの日にわざわざ会って遊ぶほどの友達はいない。もしかしたら僕は友達の定義を誤認していたんじゃないか、と今になって思ったりする。    とにかくだ、そんな僕に恋人もいる筈がなく、時間をひたすら無駄にしていたということなのだ。   「アンタ、ちゃんとお見舞い行きなさいよ?」  ジャージ姿でこの休み、24戦目の一人オセロをやっていた僕に母は言った。  お見舞い。……そうだお見舞いか。僕の親戚に、プロポーズのために突然道路に飛び出し、予定外に車は止まってくれず、右腕と左足を複雑骨折した挙げ句にあっさり断られたオジサンがいるらしいのだ。  らしいと言うのも、近くに住んでいるようなのだが僕が最後に会ったのは四歳の時だ。そんな変人、……失礼、不思議な人は僕の記憶上には存在しない。   「一応、親戚なんだから行かないとまずいでしょうが」  一応、を強調したあたり母も面倒臭いのだろう。 「花を買っていくのを忘れないでね」  母は今日こそは行かせようとまくし立て始めた。 「行かないと今度顔を合わせた時いたたまれないでしょ? 早くしないと退院しちゃうわ!」    うるさいなあ。  ほら見ろ。母さんがうるさいから白の番か黒の番かわからなくなっちゃったじゃないか。    僕は溜め息を一つ吐き出して、オセロの片付けを始めた。
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