夏の一陣

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 オジサンが入院している病院はなかなか立派な五階建てで、ここらの病人は大抵ここの世話になる。    病院特有の不思議な匂いに懐かしさを覚えながらも病室を確認した。    そして僕はその変人、……失礼、不思議な親戚と13年ぶりの対面を果たすわけなのだが、そんなことはどうでもよいのだ。  その変人、……失礼……いや、いいか。変人で。その変人が明日退院するという事実が判明したのだがそれさえもどうでもよいのだ。    なんの感慨も無く僕は病院を後にした。ロータリーの花壇に咲く花々を眺めながら、家に帰ってから何をしようか、それだけを考えていた。  しかしながら僕の頭が『一人オセロ』以外の答えを弾き出すことはなかった。  僕が僕の頭を割ってしまおうかと本気で考え始め、青空を見上げた時、僕は唐突に思い付く。            僕は屋上への扉を開いた。ただなんとなくこの街を、僕が生まれ育ったこの街を一望してみたかったのだ。  オジサンの話で屋上が開放されていることは知っていたため上ることにしたわけ。    まず目についたのはのけ反るような白だ。  扉を開けてすぐ、シーツが僕の視界を遮った。たくさんの棒が立っていてそれらの間にシーツが干されているのだ。ざっと見て50枚は干されているだろう。真っ白なシーツが風に揺れている。    屋上は広く、思ったよりも綺麗だった。  入り口から10メートル程先にもシーツでできたカーテンが風になびいている。長方形の屋上を"日"の字の横棒のようにシーツが二つに分けているらしい。      僕は辺りを見渡した。雲一つ無い青空と白いシーツのコントラストは爽やかで美しかった。    涼しげな夏の風を受け、僕は鉄の柵に手をつけた。  あれが僕の家で、あれが僕の小学校。あっちは中学校だ。  小さい頃は大変だったなぁ。  なんて、昔の思い出に浸っていると一陣の強風が僕を真正面から吹き付けた。風を受けた僕は思わず背を向け、息を飲んだ。    その風は幾重にも重ねられたシーツをなびかせ、僕に彼女の儚い背を見せてくれたのだ。    僕の反対側、シーツの壁を挟んだ向こう側に彼女はいた。  
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