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「ここの真下に花壇はありますかね?」
一人オセロよりも一人チェスの方が知的だという結論が出た後、僕はチェスのルールを知らない、という事実にひと笑いしてから、彼女が言った。
柵に乗り出し下を除き込んでみれば、確かに花壇が見える。ただしもう少し右だ。
「うーん真下には無いかな」
僕が言うと彼女は胸に手を当てて呟いた。ほとんど聞こえないような声だったが僕にはわかった。
彼女は「よかった」と呟いたのだ。僕は少し不思議に思いながらも言葉を続けた。
「花壇はねもう3メートルぐらいこっちだよ」
僕は彼女の手を持ち上げ、右の方を指させた。
そこで僕は、しまった、と思い手を離した。
「ごめん! いきなり触れるのは悪かった」
彼女は腕をダランと下げるとポカンとした。
「あははっ! いいんですよ。こっち、じゃ伝わらないもんね」
彼女は笑った。本当に気にしてないようだ。
「そういう優しさは大事ッスよ」
優しく結んだ唇の前で人差し指を立てた。本当にこの人はいちいち愛らしい。
だからこそ僕には使命に思えた。
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