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「あのさ、残心って知ってるかな?」
「ざんしん?」
「そう。残る心で残心」
彼女は首をひねり、こいつ何を言い出すんだ? という顔をしている。僕は慌てて言葉を重ねた。
「弓道にある動作の最後に当たるのが残心なんだ」
「残心」
彼女が再び呟き、僕は頷いた。
「弓道において最後の残心は言ってみれば何よりも大切なんだ。それこそ矢が当たったかどうかよりもね」
「ふーん」
「残心がその射を物語るんだ。従っていつだって残心は綺麗でなくてはいけないんだ」
「なるほどお。それでつまりは?」
「最後は綺麗にしようってこと」
僕が言うと、彼女はピクリとした。そして「あー」と唸っている。
そして何度か頷くと「どうしてわかったのでしょうか?」と開き直った。彼女はずいと僕に詰め寄るのだ。
「ただ……なんとなく」
僕は素直に答えた。
つまるところ彼女は、自殺をしようとしていたのだ。
「なんとなくじゃ納得しない」
「大した理由じゃないよ」
僕は顔の前で手を振った。彼女には見えないだろうけど。
「じゃあその小さな理由を教えてくださる?」
どうやらこれ以上もったいつけても良いことは無さそうなので僕は思った事をそのまま伝えることにした。
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