夏の一陣

9/11
前へ
/47ページ
次へ
「まず第一に勘だよ」  そういうと彼女は露骨に不満を表情で示した。  僕は慌てそれに付け足す。   「その次があのシーツ。あれは君が、人を使うか何とかして動かしたんだろ?」  彼女は首肯した。 「扉を開けてすぐにシーツなんて障害を持つ人にとっては結構危ない。  病院側があんなふうに干すとは考えられない。だから君が動かしたんだろうと思った。もしも誰かが扉を前にしても自分の姿が見られないように。  ついでにシーツの壁で屋上を二つに別けたんだ。そこまでして隠したい、女の子が一人で屋上でする行動は? って考えた時、いくつか思い付いたんだけどその内の一つが自殺だった」    彼女はまるで反応を示さなかった。  実際あの強風が吹かなければ僕は彼女の存在に気が付かなかっただろう。もしシーツのせいで彼女を止められなかったとしたら、僕はシーツを憎むあまり一生布団にシーツを使わない人生を歩むことになっていた。  嫌な仮定をして背に悪寒が走った。僕は続けた。   「次に、君が今座っている椅子だ。  思い出して欲しい。僕が君に声をかける前、君は独り言をもらしていたね」 「そうだっけ?」と彼女は首を傾げた。 「うん。君は確かに言ったよ。『高いな……』ってね。僕はこれを、この屋上は高いな、と解釈した。  でも……君には、高さは見えていない」  彼女の気を悪くしたかと心配になるが、どうやら杞憂のようだった。 「そこから解るのは、君が高いなと言ったのは屋上の高さじゃないってこと。それじゃあ何か。  それは、この"柵"だ。  君は見ていたんじゃない。手を付いて確認していたんだ。これを乗り越えるのは少し骨が折れるからね。  ここで必要になるのが踏み台だ。その役割を果たすのが、この病院の病室に備えられている椅子……だろ?」  彼女は微笑むだけで、首は縦にも横にも振られなかった。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加