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続・《特別話の回。 悪魔召喚の調査と採取依頼》
★
それから3日ほどしてKがスチュアートに合流した。 朝に、深い霧の中で、曇り空の下と言う路上。 斡旋所に向かう道すがら。
グレゴリオより。
「ケイよ」
「ん?」
「神殿へ運ばれた者、全員が助かったらしいの」
「いや、実際には数名ほど亡くなった」
「何と? では、重症が尾を引いたか」
数名も亡くなったと聴いて、アンジェラが驚き。
「嗚呼、お亡くなりに…」
然し、Kは普段の覚めた雰囲気から。
「ただ、亡くなったのは、神殿に収容された者じゃない」
「え?」
「暴れ馬に轢かれたのは何十人と、神殿病院へ運び込まれた者よりもっと多く居た。 その中で、役人の見た目として外傷が無い為に、その場で大丈夫と高を括った者の中には、頭の中や内腑に怪我をした者が居たらしいな。 頭の中や体内で出血していても、その量が微量だと直ぐに痛みや違和感が強く現れない場合が在る。 また、外側の怪我や打撲などの痛みや違和感で、身体の内部の事が解らなくなる。 仄かな違和感でも、継続して感じるなら不安に恐れて神殿や医者にかかれば良いが。 そうした事に成らず、落命に至ったって所だ。 ニルグレスが嘆いてたな」
「そうですか…」
「まぁ、お前さんは全力を尽くした。 その事を実感として覚えりゃイイさ」
「あ・・はい」
あれだけ全力を尽くしたのに、人が亡くなったと聴けば気落ちもする。 然し、Kの口調は冷涼な乾いたモノで。
「僧侶として、こうした経験が積み重なり、その力は磨かれる。 助ける事に邁進したお前さんは、あの場に居た僧侶として何も間違いは無かったさ。 ニルグレスも、オリエスも、そう思ったとさ」
Kの話の中でも、アンジェラは沈む。 その心の内に浮沈するのは、無力感や僧侶の道の険しさの実感で。
(僧侶とは、こんなにも難しい道を行くのですか。 私は、やはり未熟ですね)
内心に思うだけのアンジェラ。 オリエスの魔法に由る治療の速さと傷の癒され具合の良さは、アンジェラも流石は高位の司祭だと感心したし。 最後まで治療に立った二ルグレスの魔法は、“誰も真似など出来ないのではないか”と心服した。 然し、人が亡くなった。 連れられなかった者に犠牲が出たと知れば、このやるせなさをどう考えれば良いか。 その答えを見い出せない自分は、とても弱いと思ったアンジェラだ。
グレゴリオやオーファーの質問にも、淡々と応えるK。 然し、こう言っているKは、この2・3日の内に4人ほど悪党を殺していた。 その者達は、またこの街に支配の手を根付かせ様と企む悪党組織の者らしく。 暴れ馬の1件で目覚しく働いたスチュアート達や役人の様子を神殿へ探りに来ていた。 警察役人を尾行をする者の気配に気付いたKは、夜中にその者を探っていて。 悪党達は役人に加担した冒険者の行方を追っていた。 スチュアート達は人命救助に手を貸したが。 仲間が大怪我をしたとして馬を傷付けた悪党を追った冒険者チームも複数居て。 悪党組織の者は、其方を始末する気だったらしい。
今、バベッタの街の外で獣を含めた肉食生物や小型モンスターからボロボロとされた悪党の遺体が見つかっている。 発見したのは、バベッタの街を守る外周警備兵のサニア達。 無惨に食われて顔が解らない遺体ばかりだが、身なりや装備からして冒険者か、旅人と思った筈だ。
然し、以前の様にモンスターの餌では無く。 珍しく自分から手を下したKだが。 その理由は、冒険者チームの特定が終わり、どう殺そうかと話し合って居たからで。 下手にこうした事が成功すると、いよいよ悪党組織は街へ根を張る為に人を遣う。 その前に、その芽を潰す事にした。 獣に食わせる放置は、悪党組織側がよく行う事。 こうする事で、悪党組織同士の諍いに見せたのだ。
会わぬ間の話をしながら斡旋所に行くと、ミラが鼻歌を奏てサリーと開店の準備している。 ミラの服装が明るめの新しいモノに変わっていて。 まぁ、そういう事だ。
「おはようございます」
「おはようございまぁす」
挨拶を口にするスチュアートが先頭で入る。 答えたサリーがドアを開いて拭いていたから、ベルが鳴らなかったが。
「あら、おはようっ。 スチュアーーート♪」
ご機嫌のミラで、歌う調子で言って来た。
カウンターを挟んだ向こうから観たセシルが。
「見た目新たに、ご機嫌じゃない?」
「そうよ〜。 依頼がどんどんと来てるから、みんなの頑張り次第で大繁盛よ〜〜。 ケイと貴方達に、セドリック達やブラハムのチームに、他の新しいチームも育って来てるし。 今、ウチの斡旋所が国内で1番に依頼の消化が早いってっ♪。 褒められもすれば、こっちもやる気が出るのよぉ〜〜〜♬」
皆、ミラのご機嫌が良いのは解った。
が、紅茶を作るミラが。
「あ、で。 姉さんが来たら、スチュアートも、みんなも、2階へ上がってね」
後ろの向かい合う席に向かおうとしたスチュアートが振り返り。
「依頼の斡旋ですか?」
「みたい。 貴方達がまた駆け出しの依頼をこなすから、新しくチームを結成した彼等が、まぁ気合いを張って持って行ったの。 で、新たに来た依頼の消化もしようってね。 ブラハムやセドリック達は、昨日にその斡旋を受けて、仕事を請けて行ったわ。 例の採取物の売りもまだ終わってないから。 まぁ、その間に何か遣って貰おうかなぁ〜って」
依頼の斡旋と知ったグレゴリオが。
「2階へ呼ぶ必要の在る依頼・・か」
頷くミラ。
「そ。 だって、今回は私も同行する予定みたい」
これには、セシルやエルレーンも驚き。
「あ、何でぇ?」
「はぁ?」
だが、ミラも良く知らないらしく。
「急ぎで来た依頼なんだけど、姉さんも困ってこうしたとか。 これから私も、貴女達と一緒に話を聴くわ」
そして、ミルダとミシェルが馬車で来た。 馬車の操作をする年配男性へミシェルは使いを頼んで、そこそこのお金を託す。
「あら、まぁ。 皆さん、一緒で有難いわ」
上がるミシェルに誘われて、スチュアート達とミラが2階へと上がって。 下には、ミルダとサリーが動く。
階段を上がったミシェルは、
「はぁ。 2人の子供にお腹を叩かれると、どんな子が生まれるのか心配だわぁ」
と、主の席となるカウンター向こうの明るい桃色の一人掛けソファーに腰を下ろす。
女性として、セシルが思うまま。
「元気でいいじゃん。 黙ってたら、そっちの方が心配になるよ」
「うふふふ、そうね〜」
ちょっとした雑談を含めて笑い話すミシェルだが。 依頼を話す用意をすると冷静な顔となり。 皆、ミシェルを前にして何処かに座ると。
「あのね、スチュアート。 それからケイさん。 以前にウレイナ様と採取依頼を請けたの、忘れてないでしょ?」
リーダーとして対するスチュアート。
「はい。 結構大変な依頼でしたね」
「ん。 で、その時に悪魔とビーストに襲われたでしょ?」
「あ。 あの夜中の…」
見合うスチュアート達だが、Kが。
「漸く、呼び出した奴が判明した、ってか?」
すると困り顔に変わるミシェルで。
「呼び出した者は、解らないの。 でも、儀式を行った場所は、解ったわ」
「そうか。 で、何処だ?」
「南南東の、皆さんが行った洞窟の更に先へ南に在る廃された神殿。 モンスターに襲われて逃げ回った冒険者達が、逃げ込める場所を求めてそこに迷い込んだの。 で、強い暗黒のオーラが蟠る神殿には、生贄にされた者が変わり果てたモンスターが居て。 そのモンスターにまた襲われて、2人を残して死んだらしいわ」
悪魔の話となり顔を強ばらせるアンジェラ。 冒険者の被害を聞いて真剣な表情となるオーファーやスチュアート。
緊張した顔に変わるセシルで。
「その調査で、ミラも同行するの?」
頷くミシェルだが。
「調査だけならば、ケイさんが記憶の石も持ってるし。 それでも良いと思ったンだけど。 問題は、役人の方と、依頼者のウレイナ様なのよ」
「はぁ? あの商人サマがどうしたの?」
「それが、命からがら逃げた冒険者を助けたのは、ウレイナ様の所の馬車で。 この話を持って来たのが、ウレイナ様なのよ。 然も、自分も依頼に同行したいって…。 請ける冒険者を貴方達と指名してね」
意味が解らないセシル。
「ニャンで、あの商人サマが来るのよ」
「それがねぇ…。 また、色々と採取もしたいみたいなの。 今回は、調査依頼と採取依頼の合わさったモノ。 私としては、それを分けたいの。 でも、ウレイナ様だけじゃなくて、商業会からも便乗の採取依頼の注文が入っちゃって。 面倒だから、もう貴方達にミラを同行させて情報や経験を貰おうと、ね。 ミラには、また別動のチームを作って同行させるわ」
理由を理解するミラは、何となく便利遣いされているとよそ見して頷く。
スチュアートは、あの商人ウレイナが来ると知り。
「出発前の準備とか、事前に会って話し合った方が良いですかね」
頷くのはK。
「かもな。 調査から採取と旅が長引くならば、セシルの食べる干し肉とか必要だろう?」
この瞬間、場に居るセシル以外の全員が頷いて。
「あ〜〜〜」
「なるほど」
「それは必要かも」
皆から言われて、短く頷き掛けてから慌てて止めたレメロア。
その皆を見たセシルが。
「何でっ! アタシの事だけなんじゃいっ!」
と、吼えた。
だが、スチュアートはとても困惑していて。
「あの、ウレイナ様は大丈夫なんでしょうか。 正直、話を聴くと今回は大変そうな気が………」
ミシェルも頭に手を遣り。
「よ、ねぇ……」
グレゴリオは、長らく冒険者をして来たからの経験からか。
「近年、悪魔を召喚しようとする動きが増えた気が致す。 犠牲は、冒険者も含むゆえな、看過も出来んぞ」
そんな事を知らないスチュアート。
「そうなんですか?」
「うむ。 東の大陸に居た頃は、大体として2年に1度は強い悪魔の話や大がりな召喚の跡の話を聴いた。 モンスターの棲む場所では無い。 人の住む街やその近くでの事だ。 時に、若い女性、赤子や子供が生贄にされて、事態はとても凄惨なモノと云えた」
驚くセシルが、性格からも素早く反応して。
「何で子供なのよっ」
そこへ、Kが口を挟み。
「悪魔を召喚する時は、何らかの生贄なり宝石なり対価が必要となるのさ。 で、その呼び出す悪魔により、求められる生贄等の対価を差し出す方が召喚も簡単と成る」
「うむむむ。 生贄だの、宝石だの、モンスターのクセして随分とワガママじゃんっ!」
「だが、呼ぶのは人間だ。 向こうも当然に足元を見ての事だからな。 それは、言いたい事を言うハズだろ?」
「う〜ん」
そこへ、ミシェルから。
「瀕死に近い大怪我をした冒険者から聴いた話だと、骨が沢山に散乱してたみたい。 何人も生贄にされたみたいよ」
この意見に、Kが呆れた様子を目や様子に現し。
「何人だけだったら、随分と譲歩が出来た方だろ」
この場に居た全員の目がKへ向いて。
ミシェルからも。
「そうなの?」
「呼び出したい悪魔やモンスターに因るが。 文献やこれまでの見てきた経験からして、最下級の悪魔でも、呼び出すのに求められる生贄を用意する事が出来ないとなれば、人間の大人として10人以上の血肉を必要とするらしい」
スチュアートは驚き。
「はぁっ、10人っ?!」
「らしいな。 で、更に強い悪魔となれば、必要な血肉…。 詰り、生贄の数は悪魔の強さに大きく比例する訳だ」
「それと、子供や女性を生贄とする事には、何か理由が?」
「在る。 例えば、呼び出す悪魔が好色な奴だと、美女や美男子が強く好まれる。 人間か、亜種人か、その選り好みも有るがな。 求められる生贄を用意する事が出来れば、用意しなければ成らない生贄の数は減らせるらしい。 詰まりは、手間・面倒が減ると云う感じか」
美女と言える仲間の多いオーファー。 アンジェラやセシルを見て。
「随分と贅沢なモンスターですな。 然し、悪魔の召喚とは、その様なモノなのですか」
「ん。 金銭感覚に強欲で、美術品などを好む悪魔ならば、宝石や美術品でも交渉は可能だ。 だが、基本的にそうした悪魔は、召喚魔法陣の呼び出しは断って来る。 代わりに、狡猾で残忍だったり。 凶暴で、強欲で、嗜虐的な意味で殺戮衝動の強い悪魔が、生贄さえ積めば比較的な意味では簡単に召喚へ応じる」
「では、人の血肉を求める悪魔とは、そうした恐ろしい悪魔と云う事なのですか?」
「そうだ。 そして、そうした悪魔ってのは、人間に当て嵌めると強烈な偏り的な思考の持ち主だ。 だから、単なる人間の血肉だけでは無く。 時として異性を、時に若く生命オーラの漲る赤子や子供を欲しがる。 瑞々しい異性の血肉や、まだ恐怖をあまり知らない者へ地獄の苦痛を与えて嬲り殺す事で、精神的な快楽を得る。 悪魔の望みに沿う生贄の用意が出来れば、その召喚を成功させる事が容易になるらしい」
赤子や子供を生贄と聴いてムカムカするセシル。
「何でっ、そんな事をしてまで悪魔なんかっ」
2階に居る事を考慮するオーファーが。
「セシルよ、2階だ。 声が大きいぞ」
と、窘めてから。
「相手を責めて苦しめる事が悦びなのだろう。 まだ恐怖を良く知らぬ子供を痛ぶり、絶望を与える事で嗜虐的な欲求を満たすと云うのか」
「だっ、かっ、らっ! 何で! 悪魔なんかっ」
「私は、呼び出そうと思わん。 だからその辺は解らない」
これに頷くのは、Kだ。
「オーファーの感想は、正にその通りだ。 殺戮衝動に駆られる凶暴な悪魔は、人間に対して強い敵意が有る奴が大半だ。 また、人間の精神が崩壊する様子を観る事、その命を奪う事に至上の悦びを覚えるのは、悪魔でも惨忍・凶暴・狡猾・凶悪で、血肉に対する欲求がとてつもなく貪欲な性格の悪魔となる。 悪魔を呼び出そうとする人間の輩の殆どは、支配欲や破壊行動に強い欲求を持った者。 だから、呼び出す悪魔を選ぶにしても、そうした傾向に偏り易いと言えるな」
此処で、不満のセシルより先に、ミシェルから質問が入る。
「そうした性格では無い悪魔も居るのですか?」
「居る。 先ず、今の時代では眼にする事は無いが、我々が思う恐ろしい性格とは大きく違う悪魔も居る事は居る。 だが、そうした悪魔は余りこちら側の世界へ、人へ興味を持たない性格だったり。 また、自分の興味や研究にしか感情が動かない者だったり、争いを好まない性格の者だ。 だから、そうした悪魔は召喚にまず応じない。 繰り返すが、人間へ、こちら側の世界へ興味が無いからな」
「では、殆どの恐ろしい悪魔とは、そうした召喚で呼び出されると?」
「今の時代は、そうだ」
「では、そうした召喚魔法陣さえ無ければ、悪魔はこちら側へ来れないのでしょ?」
「その考えは、ちと甘いぞ。 世界には、ゲート。 詰まり〘悪魔の穴〙と呼ばれるモノが、世界のあちこちに在るンだからな」
「ケイさん。 その悪魔の穴と呼ばれる〘ケイオスゲート〙は、全て閉じられたのでは?」
このミシェル意見で、Kは明らかな呆れ顔を見せる。
「その教えは、魔法学院の云う表向きの隠蔽工作だ」
セシルが、アンジェラが、オーファーが驚く。
スチュアートも同じで、レメロアが困ってしまう横にて。
「ケイさん。 “隠蔽工作”って、何ですか?」
「あのな、1度でも開いたゲートとは、悪魔側の同意が無ければ完全に閉じる事は無いモノなんだ。 “ゲートから悪魔が出て来ない”なんて、古代研究家からすれば無知に等しい話よ」
オーファーは、家族で魔法学院に住んでいたからか。
「では、ゲートからは、何時でも悪魔は出て来れると?」
「まぁ、そこはゲートの状況に因る処だ。 だが、悪魔を呼び出す方法は幾つか有れど、最大にして最も悪魔に対して優しい召喚の陣はゲートだからな。 魔界と通じて開きっ放しとなる穴は、何の障壁も無いから苦もなく悪魔は抜け出て来る」
驚くミシェルは、頭を押さえて。
「だったら、悪魔は増える一方だわ。 ゲートは、無数に在るのでしょう?」
「確かに、な。 だが、今やゲートは、ほぼ全てが何らかの制限が効いている。 人間側の口を完全に塞がれたモノ。 凄まじく強力な封印魔法に因って最小限まで小さくされたモノ。 開き掛けたまま神聖結界に包まれ封じられているモノ。 そうした状況に在るが全てと言える」
慌てて何かを書くレメロアで。 掌に書いた文字を見せて来る。
『本当に、開かれたモノは残って無いんですか?』
「それだったら、こんな平和な世界じゃない。 完全に開かれたゲートならば、魔王が這い出して来るさ」
「魔王っ!」
これには、皆を含めてミシェルも驚いた。
オーファーは、悪魔召喚の事を詳しくは知らないので。
「あ、では、ゲートでは無い“召喚”と云う手段で呼ぶのは、悪魔にすると優しく無いのですか?」
「そこだ。 そこに犠牲と云う生贄の存在が関わって来る」
「と・・言いますと?」
「あのな。 〘悪魔の穴〙と呼ばれるゲートは、元々は悪魔側の手引きで人間が開いた道。 その他の魔法陣に因る召喚方法は、人間が知識を得て勝手に創ったモノと言える。 精霊召喚や傀儡生命召喚(ゴーレム)の魔法に遣う古代文字を悪魔召喚へと、暗黒魔法を組み込んでゴリ押しで創り上げたモノだからな。 紛い物となる召喚魔法陣で呼び出すにしても、召喚に応じた悪魔は痛みを伴う」
「“痛み”ですか」
「あぁ。 解り易い例えをするならば、ゲートは安全な道に対して、召喚魔法陣の作る道は炎の道か、茨の棘に溢れた道と言えるか」
想像したセシルは、同じ感想のレメロアと見合って震え。
「痛そうぉ〜〜〜っ」
『ウンウン』
頷き合う2人。 この意見は、K以外の皆も同じ。
「だな。 だから、基本的に人間に興味は無い悪魔、狡猾で理知的な行動が先となる悪魔は、何らかの強い目的が有る場合を除いて魔法陣に因る召喚には応じない。 寧ろ、ゲートを大きく開かせる方に導こうとする」
これを聴いたグレゴリオより。
「ならば、どうして悪魔は召喚に応じるか? そんな穴など、誰が好んで通るのだ?」
「その疑問は、厳密に云うと悪魔の性格や目的で答えが変わって来るかも知れない。 が、何にせよ召喚魔法陣の危険な道でも応じる悪魔の殆どは、単純に、食欲や色欲や殺戮などの衝動を満たしたい奴が殆どだ」
その話にミシェルは、何となく理解が行き。
「なるほど。 呼び出される悪魔が常に被害を生むのは、そうした事が理由なのですね」
「そうだ。 強い目的が悪魔側に有ったとしても、召喚に応じて這い出した時は酷く弱った状態に陥る。 悪魔を呼び出す奴は、悪魔に何らかの要望が在る奴ばかりだからな。 生贄の血肉を与えて回復させる事が、呼び出した直後の手始めに成る。 召喚に応じた悪魔も、その血肉を求めて。 更には、人を殺したい、暴れたい、秩序の在る世界を壊したいなどと云う目的が第1に在る奴だろうから。 巷に溢れた話の様な悪魔の被害が発生するんだ」
姉に続いて、ミラからも。
「悪魔を召喚したい者は、手始めにどうしてゲートを開こうとしないの? その方が、生贄を用意する手間は省けるンじゃ……」
「もう少し、頭を使え」
Kがこう云うと、姉のミシェルらも。
「歴史から見ても、近年の出来事からしても。 生贄を用意する事が主流ならば、その方が最も簡単な方法なのよ。 多分」
この意見に、すんなり頷くのはKだ。
「その通りだ。 悪魔側が何らかの目的を持っていて、此方に来ていいと思っていても。 本音は、ゲートを開いてほしいと思うのは当然だ。 そして、過去に何度も悪魔が人間を唆し、ゲートを開こうとした過去が在る。 が、その殆どは失敗に終わり。 開かれたとしても、最高峰に鎮座する最強の力を持った魔王が這い出すまで開かれた事はほぼ無い。 詰り、ゲートを開くと云う事は、それだけ難しいって事だ」
「多数の生贄を用意したぐらいじゃ、ゲートは開けないの?」
「とんでもなくデカい。 在るだけで死体等から簡単に不死モンスターとなる奴を産む様なヘイトスポットが出来上がるになるまで呪われる場所は、いいゲートを開く場所と云える。 例えるならば、俺たちが少し前に行った滅びた町エセオやトレガノトユユ地域などがそうだ。 なれど、だからと云って、それだけでゲートが開く訳では無い」
「それは、どうして?」
「ゲートを開くまでとなれば、とんでもなく多くの段階や要因が必要と成るからだ」
「それは、下級の悪魔の召喚に必要とされる生贄とは桁違いの生贄と云う事ですか?」
「いや。 そんな適当なモノでは無い。 先ず、何よりも求められるのは、本人の実力として世界の最高峰に立つぐらいの魔術師でもなければ、開く事さえ無理だ。 ゲートを再び開くとなれば、難解な古代魔法文字から悪魔の遣う悪魔語や上級古代文字を理解しなければ成らないし。 魔法陣の組み方も知らなければ成らない。 この辺りをあやふやでゲートを開こうとしても、中途半端な召喚魔法陣にしか成らない。 それから、場所も選ぶ必要が在る。 魔王を呼び出すゲートとなれば、その大きさは小さな町1つに匹敵する広さ、大きさが必要と成るだろう。 単に強力なヘイトスポットが在る・・ぐらいでは出来やしない」
「ゲートを開くって、そんなに難しいモノなのね」
「だから、開こうとする輩は、1度でも開いたゲートの跡を利用するンだ。 大地に刻まれたゲートの痕跡を利用するしか手が無いからな」
「なるほど……」
「だが、今に言ったのは、ゲートを開く上での初歩と言える。 その他に、今しがたにお宅の言った生贄も必要だ。 強引にでもゲートを開くとなれば、大地に刻まれたゲートの跡を大量の血で濡らして、生命オーラを魔力の対価にして復活させなきゃならん。 また、ゲートを開かせるだけの強大なエネルギーも必要とする。 何らかの悪魔と精神的に通じて、悪魔の穴を向こう側からも通じる様にしなければ。 この他にも、遣らなければ成らない事は無数に有り。 その条件を完璧に整える事を目指している間に、本人が老人となり歳で死んでるだろう」
「そ、そんなに大変な事なんですの?」
「だから、世界が再び滅ぶ程にゲートが開いた事が殆ど無いのさ。 あの神魔創世記の大戦の後は、人間もモンスターと戦いながら国家として戦力を保持し。 巷には、能力は違えども冒険者達がわんさか居る。 問題が吹き出せば、必ず何処かが対処に動くし。 また、悪魔を封じる最強にして最大の知識・力を有した国が3つ。 冒険者協力会、魔法学院自治領政府、そして、この地。 神聖皇国が在る」
頷きながら理解するオーファー。
「過去の経験や歴史。 モンスターの存在。 古今に在る出来事より、人は何処かしらで過去の歴史を繰り返さぬ様に働いていているのか…」
この意見に頷くグレゴリオも。
「恐らくは、な。 モンスターと戦う事が身近に在る故に、その歴史的な脅威を忘れ切らない。 だから、自然の如く対策や用意をしている訳だ」
2人の大人が語る意見で、スチュアートやレメロアやセシル達も考える。
此処で、ミラより。
「って事は、ゲートを開くには余りにも労力がかかるから、簡易的に呼び出す方法を作った結果が、“召喚魔法陣”って事なのね?」
頷くKで。
「簡単に云うと、そうだ」
「だったら、生贄とかも少なくする方法とか考えなかったのかしら」
「そんなの、とうに考えたさ。 だから、基本的に召喚魔法陣にも種類と傾向が在る」
「は、え?」
ミラが聴き返せば、姉のミシェルも。
「“種類や傾向”とは? 何ですの?」
「実は、1口に召喚魔法陣と云っても、だ。 大きく2つの内容に別れる」
「それは、どう言ったもの何でしょうか」
「1つは、実態を持った悪魔そのものを呼び出す内容となる。 此方は、呼び出した悪魔が弱っているのが前提となり。 その後の事を踏まえて、より多くの生贄が必要だが。 呼び出した悪魔を直ぐに自由と出来るからな。 かなり危険で、呼び出した者、召喚者となる本人が最初の新たな犠牲となる可能性が高いが。 呼び出される事に応じる悪魔側も大体が此方を望む。 凶暴、惨忍、暴力的で、血肉に貪欲で、力任せな争いを好む悪魔は、この召喚を求る。 繰り返すが、世にありふれた悪魔が恐ろしいと成るのは、数多くの召喚に因って呼び出される悪魔が、こうした性格の悪魔となるからだ」
グレゴリオは、最近の噂に聴く悪魔の傾向に合致するので。
「では、今回の呼ばれた悪魔も、その手の魔法陣から呼ばれたのか?」
「俺は魔法陣を見ていないが。 俺が倒した悪魔は、そんな処だ。 繰り返して呼ぶビーストも居なかったから、弱って居たンだろうな。 多分は、そうだろうよ」
エルレーンは、話の続きがとても気になったのだろう。
「もうひとつの召喚魔法陣って、実態が無いのに召喚するの?」
「そうだ。 悪魔の知識だけを欲する場合の仕様となる召喚方法で。 所謂の霊体の様な、精霊の様な状態となる悪魔の精神を呼び出すのさ」
「そんなの、呼び出す人間に都合が良い遣り方みたい」
「まぁ、話だけ聞けば、そうだろうよ。 だが、此方の方が、実はとてつもなく厄介と云えるぞ。 能力さえ在れば、悪魔側には都合が良い。 寧ろ、本当に術者の能力や知識の高さは、此方の召喚方法の方が求められる。 何故なら、争いを好む呼び出し易い悪魔は、この方法を先ずは好まないからだ」
「何よ、それ」
「悪魔は、召喚に応じる時、“精神のみ”だと実態が無いから。 直接的に何かへ働き掛ける事は出来ないと思われる。 術者は、聴きたい事、教わりたい事を何らかの方法で対価と引き替える事で得る。 こんな事は、野蛮で暴力的な悪魔は、実に好まないからな。 それに比べると、此方の召喚に応じる奴は実に極端な悪魔と言える。 人間の呼び掛けを利用しようとする知恵や魂胆が在る。 そうした奴は、大概が凶暴で残忍で極悪だったり、狡猾にして策謀好きな割に、とても知的だ。 そうした悪魔の精神ほど呼び出した後が面倒となる」
疑問が湧くスチュアートが。
「その後は、どうなるんですか?」
「呼び出された後、召喚者の命令にある程度までは従うフリはするかもな。 だが、精神だけと言っても、悪魔が自由を得る事は思いの外に簡単だ。 そうなったら、もう解き放たれたモンスター。 好きな事をする」
「自由を得るのは簡単って、どうするんですか?」
「契約時の従える秘密の約束を敗れるならば、召喚者を殺す。 血肉なり、魔力なり、力を得て実態を取り戻す。 悪魔の精神だけを召喚した場合は、実体を得る方法の大方はコレだ。 精神が此方へ在る以上、一定の制限は掛かっても魔法は放てる。 こちら側に精神が有り、召喚者を殺して契約の効果を消すか。 力を得て実態を取り戻す事が出来るだけの力を付ければ、もう召喚者との契約の制限は薄っぺらい紙みたいなモノだ」
この話にグレゴリオは、悪魔の召喚とはとても危険なものと再認識し。
「やはり、危険だ。 下級の悪魔ですら、状況に因っては簡単に倒せると云うモノでは無い。 呼び出せると云う事で、術者は自分に分が在ると思うやも知れぬが。 実際には、強い悪魔が応じたならば、手玉に取られて居ると云う事なのか」
「そう思って構わないだろうよ」
この流れからスチュアートは想像と妄想が混じり。
「こんな事を悪党組織なんかにされたら、大変なことになりますね」
すると、何処か呆れたニヤッとした笑みを見せるKで。
「奴らは、この方法を絶対に遣わない」
「どうして、ですか?」
「今更って奴だ」
セシルは、この返しでピンと来た。
「あちゃぁぁ、もう経験済みなんだ」
「そうだ。 悪党組織の奴らがこの方法を遣わないのは、過去に何度も試して手痛いしっぺ返しを食らった過去が在るからだそうな。 その最終的な尻拭いは、世界の各国なり、魔法学院や冒険者協力会が協力して遣ったが。 悪魔を国家転覆に利用しようとした或る時は、悪魔の上位の更に上となる〘悪魔貴族〙(ソサェティア・デーモン)を呼び出し。 悪党組織側が悪魔から散々に利用されて組織の壊滅に瀕し。 その後、国家転覆を目論んだ或る国の半分を失い掛けさせた事が在る」
「そ、そんな大変な事が在ったのですか?」
「この事実は隠蔽されて、今では各国の封印歴史史に成っているが。 その滅亡に瀕した国とは、今のマーケット・ハーナスに位置する所の国だった。 この時に、モンスターの大反攻で全国土の大半が戦いの地となり、国内の住人の数が4割まで下がった。 そして、その戦いに参加した志願兵や冒険者なども何十万と死に絶えたとか」
皆、壮絶な過去に口が開けない。
「だよな。 モンスターと戦う事の経験を知る俺たちならば、こう聴いただけでも何となくその壮絶な様子が頭に浮かぶ。 当時は、悪党組織を利用する国も在ったらしいが。 この時で、世界の各国の統治者たる王が世界的な会議を行い、悪党組織と関わる事は絶対にしないと決めたらしい。 だから、悪党組織と大手を振って組む国が今も無いのさ」
ミシェルも知らない事で。
「何処で、そんな事を?」
「俺は、過去に色々と斡旋所の裏側が秘める依頼を請けた。 その時には、報酬に色々と希望を付けられた。 だから、そうした封印された歴史史を求めたりしたし。 また、様々な場所で手に入るのが、“記憶の石”からだ。 各地の旧い遺跡や旧市街地の建物跡では、時に記憶の石が埋もれている事が在る。 そうしたものの中には、歴史を辿る内容が有ったりするんだ」
「な、なるほど………」
主として働く様に成ったミシェルは、Kの過去がこの話でも察せられた。
此処へ、レメロアが手に文字を書いて。
『呼び出された悪魔は、何でも云う事を聴くのですか?』
声にして読むスチュアート。
頭を左右にゆったりと動かしたKで。
「ンな訳が無い。 血肉を生贄として実態を合わせて召喚すると、力を取り戻した悪魔はほぼ自由だ」
「え"っ? 云う事を聴かないんですか?」
「もし、すんなり聴く奴が居たとしたら、大方は企みが有っての事だろう。 それで無いならば、酔狂か。 サッサと云う事を聴いて後、自由を得てはこの世で何かをしたいか…。 まぁ、そんな奴は、先ず召喚魔法陣での召喚に応じないと思うがな」
何のための召喚陣なのか、オーファーも難解な問題に行き当たった様な顔で。
「実態を一緒に召喚した場合は、拘束力は無いのですか?」
「ぶっちゃけて、超魔法時代崩壊後の今、うる覚えの様な召喚魔法陣では、ほぼ拘束力など無いに等しい」
「そ、それなのに、悪魔等と云う恐ろしいモンスターを召喚するのですか?」
「そこの所は、本人に聴くしか明確な答えは期待も出来ないぞ。 先程も言ったが、召喚魔法陣の造りとは、人間が悪魔のワガママを聞く形で呼び出せる様にした。 それも、バラバラの不揃いとなった古代の言葉や、他の召喚陣の欠片を何とかそれらしモノとして組み上げたに過ぎない。 そうゆう風に古代魔法文字や魔法陣形型(まほうじんけいかた)を組み合わせているに過ぎないモノが殆どだ。 中には、ゲートを開く為の予行練習や知識を得るとして、悪魔を呼び出す訓練として、召喚魔法陣で経験を得ようとする者も居たが。 俺の知る限り、完全なる成功例は無い。 開き損ねる事態は、何度も遭遇した事が在るがな」
この話に、斡旋所の主として居るミシェルが驚いた。
「そっ・そんなに、ゲートを開こうとした事例は在るの?!」
「在る。 まぁ、本人の研究が足らないのか、未熟なのに自分自身へ余程の自信が有る奴ばかりなのかは解らんが。 この今も、何処かで悪魔を呼び出そうとしている奴は居るさ」
驚くミシェルに合わせ、セシルが。
「何で、悪魔なんか呼び出したいのサっ」
「俺が知る過去の事例だと。 “国家転覆を狙う”。 “超魔法時代の魔術師の力を復興させたい” 。 “強大な力を持った悪魔を使役したい”。 “魔王を呼び出して世界の力関係を壊し、自分の国を持ちたい”。 “他人を全て意のままにしたい”。 “世界を戦争の中へ落としたい”。 と、まぁ挙げたらキリが無いが、大凡で云うと目的は2つ。 悪魔の力で他人をどうにかしたいか、この世の国と云うモノを壊して自分が支配者に成りたいか・・・そんな処か」
「な、何なんじゃそれはぁぁぁ……」
ワナワナするセシルに、この場の皆は同じ思いらしい。
それを無視するKだが。
「それでも、呼び出した後の大半の魔術師は、悪魔に殺されると云う末路に至る。 呼び出した悪魔を召喚者が使役するだけの実力が無い場合は、相手の悪魔が凶暴で在れば在る程に云う事など聞かない。 召喚者も含めて、その場に居る者の全てが餌食に成るだろうよ」
腕組みして眉間にシワを寄せるグレゴリオ。
「当然だ。 悪魔など、呼び出すからだ」
「悪魔の事を深く知っている気に成って呼び出してやがるンだろうよ。 悪魔を呼び出せた処で、殆どの召喚者は使役が可能と思い込むらしいが。 超魔法時代に在ったと云われる正確で完全な魔法陣で無いならば、そんな甘い話では無い」
「なるほど。 然し、ケイよ。 本当に、超魔法時代の魔術師は、そんな悪魔を使役していたのか?」
「あぁ、らしいゼ。 だから、過去の超魔法時代の召喚者は、悪魔を使役してこの世では得られない知識や魔法を会得したり。 その呼び出した悪魔の力を取り込む程に強い者が召喚を行った。 今の世界でそんな事が可能な者は、余程の・・と云うか、天才を一つ超えた能力を有した術者となるだろうよ」
それでも、セシルの顔はムカムカしたモノで。
「天才ってさぁ。 もっと違う事に才能を使えないのぉ?」
「さぁ。 天才は、そのまま等しく人格を含めて万能って云う訳では無い。 何らかの才能に突出した者が天才なだけで、人々の生活を豊かにしたり、永遠(とわ)な平和を築ける者と云う訳でも、救済を出来る訳でも無い。 過去、そうした有能なる者は、大概が無能と己を嘆いて命と人生を天秤に掛けて、己の向かう道を一歩一歩と歩いて来た者だ。 間近の例え易い者で云うならば、二ルグレスの様に…」
「はァァァ……。 人より魔力が強いってだけ、ちょっと頭が良いってだけかぁ」
「そうだ。 本当に万能なる天才ならば、いつの世にも苦しむ人は多く。 戦争で、病で、モンスターで死に行く者がどれほどに居るかと解ってるならば、だ。 殺戮を好み、凶暴な悪魔を選んで呼ぶ訳が無い。 全く、不思議な事だよな。 これだけ様々な過去の事例が溢れるのに、絶対的な何かの召喚を望む者の中に救済の神を呼ぼうとした者は殆ど居ない。 殆どの召喚は、悪魔を求めるモノだ。 案外、人間は悪魔が好きなのかもな」
コレに、セシルが目くじらを立てて。
「誰が悪魔なんか好きかぁっ」
エルレーンも。
「それは毒口だよ、ケイ」
怒りに拳を握ったアンジェラも。
「冗談では有りませんわっ」
レメロアはその身を小さくさせる様に震え上がった。
然し、スチュアート、グレゴリオ、オーファーの3人は、Kの云う皮肉へ素直に怒れなかった。 確かに、彼の云う事は真実を述べていると感じたのだ。 確かに、世界には僧侶と云う神の力の加護に与る者が居るのだ。 神を呼び出す事は、悪魔よりも難しいと思える。 だが、悪魔を呼び出して国家転覆や戦争を起こそうとするのが、悪い事ならば。 代わって、神を再降臨させてこの世を安寧たる平和な世界にしようとする者が同じくらいに居ても不思議じゃ無いと感じる。 なのに、何故、選ばれるのは悪魔の方が圧倒的に多数なのか。
恐ろしい事を平気で言ったKだが。
「で? その依頼って云うのは、今からか?」
と、ミシェルに問う。
するとミシェルは、話疲れた様子も醸しながら。
「話が通れば、明日にでも。 ウレイナ様にも、二ルグレス様にも、話を通さないと」
と、言うではないか。
グレゴリオが腕組みを解いて。
「あの大司祭様にも、御足労をかけるのか?」
頭を押さえるミシェル。
「仕方ないわ。 南方の街には、二ルグレス様やオリエス様の様な方が居ないって。 今回は、悪魔を呼び出した痕跡がハッキリしているらしいもの。 バベッタの統治者代行のジュラーディ様も、二ルグレス様に同行を頼むとか仰ってた。 先ずは、同行する冒険者の選定からと言われたけれどねぇ」
セシルは、思ったままに。
「ニャンで、聖騎士様とかが出張らないの?」
エルレーンも。
「冒険者に任せるって、ナニ?」
だが、Kからして。
「バァーカ。 街に篭ってる聖騎士だ、学者に、悪魔の事や魔法陣の事の何が深く解る? 悪魔の対処は、下手をすると経験豊かな冒険者の方が知っている。 この街でも、若い頃から不死モンスターや悪魔の退治を頼まれてきた二ルグレス以外、生きた経験を持つ奴は少ない」
この意見に、ミシェルも頷くまま。
「それに、今はケイさんが居るもの。 貴方以上の識者は、この街には居ないわ。 だから、依頼を2つに別けるのは面倒と判断したの」
理解したスチュアートも。
「ケイさんと一緒に居た方が、実際は安全ですもんね」
「そうよ。 悪怪物を簡単に倒せるケイさんと居た方が、二ルグレス様やウレイナ様も安全だわ。 口が悪いだけだもの」
“そりゃそうだ”
全員一致の頷きが出た。
だが、Kからして。
「だがよ。 そーなると、何人も大勢で来るのか? 採取なんぞ、馬車の1台か2台で事足りる。 こっちは、スチュアートやセシルや俺も馬車を操れる。 その大商人サマの同行ってのは、辞めにして貰いたいがな」
苦情を貰うミシェルは、もう諦めた表情にて。
「ムリよ。 ウレイナ様の依頼の条件に、御自身の同行が入ってるもの」
「はぁぁ……マジかよ」
溜め息と共に頭を押さえるK。
「冗談は辞めろ。 10人以上も同行するってなれば、どれだけの食料が必要だよ。 こっちは、セシルにオッサンにアンジェラと、人一倍に食う奴らが揃ってる。 前の依頼の時ですら、用意された倍の量の干し肉が消えたぞ」
笑うセシルとグレゴリオだが。 顔を赤らめたアンジェラで。
「ケイさんっ、私はそこまで食べてませんわ! 貴方やレメさんが少食なだけですっ」
コレに、セシルがアンジェラへ寄り。
「良いではないか、良いではないか。 同じ食べられる仲間として、仲良くしようではないか〜」
「セシルっ、貴女まで!」
「うひひひひひ」
呆れしか無いスチュアートは、その依頼を請けるとしてウレイナに会いに行く事にした。
★
依頼を請けてから2日ほどした曇り空の日。 4台の馬車が街道を南へと向かう。 その馬車の先頭には、ウレイナと護衛の剣士が2人。 以前と同じく、手伝い人となる寡黙・大柄な年配の男性。 中年の褐色の肌をした女性に、小柄な若者に加えて少年や少女が居た。 そして、志願して来ての薬師で、ムガスマス老人と若い薬師見習いの若者となる男女。
2台目の馬車には、荷台を連結された大型の馬車で。 スチュアートが馭者となり。 ミラ達やセシル達が乗り。 合わせて、食料や水瓶等も乗る。 ミラと仮のチームを組んだのは、革製の農場労働者が好んで被るつばの広い帽子を被った老成剣士ウォクラン。 中年の女性狩人テリーシャ。 普段に斡旋所へ顔を見せる夫婦とは異なる夫婦で、2人して魔術師となるカイルとローナ。 また、これまで居なかった新顔として、わざわざ三姉妹を頼って流れて来た中年の大柄な女性の傭兵リンド。
そして、3台目の馬車には、Kとレメロアが馭者となり。 その荷台には、なんと、二ルグレス大司祭がお付の神官戦士2人に、兵士や聖騎士と乗っていた。 そして、悪魔が召喚されたとして、遺憾に思ったジュラーディより調査官となる人が遣わされる。 政務官として、以前に斡旋所へ相談に来ていた褐色肌の女性ロクアーヌを調査官として。 補佐と護衛に来た聖騎士は、以前にも兵士捜索の依頼で一緒したナダカークと云う中年男性と、カシュワと云った女性の2人。 お付の兵士6人は新顔だが、乗用の馬車は無く。 荷馬車ばかりが合計4台も。
レメロアに馬車の操り方を教えるK。
「訓練された馬は、操る事は難しくない。 前に習って、それなりに任せれば良いんだ」
「………」
頷くレメロアは、緊張で顔が強ばる。 初めて手網を握ったレメロアだから、こうなるのも仕方ないか。 だが、ゆっくりした流れで、前の馬車に合わせれば良い。 手始めならば、ちょうど良い練習となる。
その荷台にて、のんびりとする二ルグレス。
「友よ。 先に調査を優先じゃな」
揺れる荷台にて、何でもない素振りで話す二ルグレス。 揺れる馬車は、乗り慣れてない者は喋るのも怖い。 舌を噛みそうに成るからだ。
「そうだ。 悪魔なんか呼び出された後で、こんなに悠長と間を開けた事が寧ろ呆れるゼ。 神を信仰する国で、な」
荷台でぶら下がる紐にしがみつく大柄な僧兵こと神官戦士の男性2人は、大司祭二ルグレスを相手に言葉遣いを正さないKに不満を持つが。 二ルグレスも、オリエスも、Kへ全幅の信頼を寄せて。 統括代行のジュラーディとも昵懇となれば、偉そうにものも言えない。 オリエスが来たがったが、二ルグレスの代行役として留められた。
さて、スチュアート達が向かうのは、バベッタの街の南に位置する〘ロアル・フロンダイ〙の街。 過去、諸事情から支配者がコロコロと変わった街で。 その呼び名が残るだけで20を超えて存在し。 今だ、4つ程の通り名が主に使われている。 正式な国家の中に在る街なのに、これは変な話と言える。 処が、神聖皇国クルスラーゲがこの街と周辺の土地を取り込むことに成った時、土地を取り込んだだけで街は放置した。 度重なるモンスターの襲来と異病に近い病が蔓延していて、利用価値より復興の資金が高く付くと見捨てることに成ったのだ。 然し、運河の整備の時に拠点として街が使われて以降。 また、バベッタの街、運河終着点となる南端の湾岸交易都市が発展するに連れて、中継拠点として発展が進んだロアルの街。 街の大きさの規模としては、バベッタより大きく。 運河より引かれる水を利用しての灌漑事業が成功すれば、更に発展すると開発関係者から言われていた。
そのロアルの街へ向かう街道は、東側に溝帯から続く荒野や裸の地面となる丘や山や崖が望め。 西側には、赤茶けた土、黄土色の土となる荒野や乾燥地帯が望める。 街道より少し西へ離れた亀裂の下には、運河が通り船が行き交うのだ。
朝にバベッタを出ても南の街までは、馬車をかなり急かせて走らせて1日程掛かる。 馬車でゆっくり行くと、1日半から2日近くに成る。 徒歩となれば、大体は2日半から3日・4日ほど。 天候、危険な生物やモンスターの様子でも掛かる日にちは変わるし。 旅人に倒れそうな者を見掛ける事も有り。 1人や2人の旅でどんどん歩けなければ、その時の状況から日を要す。 早歩きや走るなどして、また乗り合い馬車を使うなどすると確実に1日半から2日で行けるとか言われる事も耳にするが。 何よりの問題は、水を補給する所が少ないこと。
今のスチュアート達を含む皆を乗せた荷馬車が街道を行く途中では、様々な人をすれ違うが。 時に乗り合い馬車と間違われて止められたり。 歩き疲れたから乗せてくれと旅人や冒険者より頼まれる事も在ったり。 今回の調査へ命令で来た政務官のロクアーヌは、仕事に向かう事が捗らないと不満げ。 だが、この依頼主は商人のウレイナで、バベッタの街で最大規模の商人の1人。 彼女とミシェルとジュラーディが計った依頼にて、ロクアーヌも大声で文句は言えなかった。
昼間、馬への休憩所となる水場を利用した後。 ウレイナが以前と変わらぬ出で立ちにて、スチュアート達の馬車に移動して来た。
「スチュアート。 皆さん、今回も頼りにするわ」
馭者をするあの寡黙な年配者の者は、以前の依頼でKやスチュアートを深く信頼したらしい。 Kと進行について休憩の時に話すと、荷馬車の隊列をK達の馬車を先頭にするなど確認して下がったが。 ウレイナは、あの以前の経験や思い出が良かったらしく、お着きの者を宥めては1人で此方の馬車に乗り込んだ。
貴族出のセシルは、他人へ余り謙らないが。 逆に見下しもしない性格の為か。
「ウレイナさんは、何でまた同行して来たの? こんなに人が多いと、商隊みたいでアブにゃいよ」
依頼主に対等では無いが、見知った相手だからと物言いが友人に成って来る。 スチュアートは真面目な方で、対応は依頼主相手を崩さないが。 オーファーやミラからすれば、馴れ馴れしいと苦虫顔。 然し、ウレイナが度量も広ければ、依頼を頼み知り合いと接するので…。
「ごめんなさいね。 でも、また冒険が出来て、採取の事とか知れると成ったら、身体がウズウズして止まらなかったの」
「はぁ? アタシ達と同じじゃん」
依頼主、大商人ウレイナへ対等の口を利くセシルに、護衛として無理やりに近い感じで乗り込んで来た男の剣士が苦々しい顔をする。 馭者席よりチラチラと見るスチュアートは、その顔の様子が気に成るが…。
エルレーンも、2度目となれば知った相手なので。
「でもさ、怪我はしないでよ。 コッチも、依頼主に無理されたらどうしようもないから」
ニッコリのウレイナ。
「その点は大丈夫よ。 ケイやスチュアートの言い付けは守るわ。 あのケイさんがいれば、また色々と採取してくれるかも知れないし。 珍しいモノが手に入るかも知れないから」
この発言に、近場の大きな荷物の木箱へ背を預けるオーファーから。
「と、云う事は。 以前の採取物は、取引も上々だったと?」
嬉しそうに、表現を大きくした態度で頷くウレイナ。
「化粧品の原料に、あの砂場の地下の岩塩。 サルルコベツ草の原種とか、もうっ珍品扱いで飛ぶように売れたわ。 目的以外の採取した物は、もう全部が売れたの。 競りが活気づいていて、商人として私も心が踊ったわ」
また、今回も薬師を代表してムガスマス老人も此方に乗って来て居て。
「以前の成果を頼り、儂も、な」
短く言ったムガスマス老人だが。 Kが作った薬が多くの人を助けて居る事は知っている。 また、風邪等の流行病の兆候が有ったバベッタだが。 その薬を安価で市民へ提供する事も出来ている。 こうした流れから、新たな経験をしたいと同行して来た。
この会話に所々で混じっていたミラ。 だが、1部の食糧や道具も置かれて居る荷台で。 立つと危ない所も在り、混じるのは所々だ。 セシルと軽く言い合ってから座るミラ。 木箱の向こう側となる為、長い荷台の中では少し影となる。
そのミラへ、今回の旅へ同行となった魔術師の夫婦となる夫のカイルが。
「ミラは、あの若者のチームがご贔屓らしいな」
優男ながら背が高く色男の雰囲気が在るカイルに対して、目が細く見た目は冴えない老けた感じの女性が妻のローナ。
「何でも、この街に居る間だけでもかなり依頼をこなして居るみたいだわ。 噂で良く聴くもの。 先日も、荷馬車が暴れ馬に成った時。 二ルグレス様の神殿で人命救助に動いたとか。 その前は、駆け出しの依頼を次々とこなしたって」
ローナの語るそれは事実だから、ちゃんと頷くミラ。
「今、先頭の車両を動かす包帯をしたケイが凄腕なんだけど。 あの彼に付いて行き、どんどんとスチュアートや仲間の皆は実力を付けてる。 半年もすれば、上位の依頼を彼達だけでも請けられる様に成るわ、きっと。 もし、グレゴリオがチームに入ったら、チームの名前が一気に羽ばたくわ」
革製の帽子を被り、黒いコートの下に鎧など武装する年配男性のウォクランより。
「然し、驚きは絶えないな。 あの有名なグレゴリオが、チームを捨てて流れ者となるとは。 そして、あんな若造のチームにくっ付いてるとは、な」
ミラに呼ばれた冒険者達は、彼の意見に理解を示す。
処が、ミラの意見は違う。
「その意見は、少し的外れよ」
「ん? どうしてだ?」
「確かに、グレゴリオは冒険者の中でも歴戦の強者だわ。 腕前が一流なのは、私でも否定は無い」
「だろうな」
「でも、本人の冒険者としての能力と、リーダーに必要な能力は、不思議と一緒の様で違うのよ。 リーダーの時。 周りに助けられて居ても、それが当たり前に成ってるとね。 後に頼る仲間が辞めるに従って、まるで鎧や兜を剥がされる様に未熟な自分が曝け出される事が在るの。 多分はグレゴリオも、その試練に直面したのよ。 頼れる仲間がチームを去り、残る仲間から見捨てられた時、リーダーはとても孤独だわ」
ミラの話に、呼ばれた根卸しとなる冒険者達は黙った。
だが、最も年配となるウォクランより。
「ほう、リーダーをしていないのに、良く解るじゃないか」
「えぇ。 私達も、嘗ては姉さんがそうなったわ。 若い頃に、だけど」
集められた冒険者達の中で、大人びた印象となり、女性としての色気が窺える中年女性の狩人テリーシャが動いて顔を見せて。
「あのミシェルが、かい?」
「そ。 実は、私達が冒険者に成った時に、駆け出しとしてチームを作った時よ。 姉と仲良くなった人で、とっても経験者ぶった知識の深い学者の男性が仲間に入ったの。 私は、何かにつけて偉そうにする彼は好きになれなかった。 でも、駆け出しだった所為ね、その経験や知識から姉さんは彼に恋した。 彼が居た時、私達もチームを結成したばかりなのに、駆け出しの依頼を次々と幾つもこなしたわ」
「それは、その頭のイイ男のお陰かい?」
「えぇ。 今にして、駆け出しに回す依頼だったからこそだろうけどね。 偉ぶるだけの事は在る、ん・・的な感じだったわ」
「へぇ」
「でも、1年程して冒険者として名が売れて来た時には、あの程度は駆け出しの時にしか通用しないって解ったけどね」
「じゃ、前で馭者をする包帯のダンナも、あんな若い子と組むから同じじゃないかい」
Kを引き合いに出された。 確かに表面上では似か寄る部分は在ると少し思ったミラだが、実力は雲泥の差と解るだけにムッとすると。
「悪いけど、彼と比べないでよ。 経験、知識、実力、どれもケイは彼と比べ物に成らないわ。 私達が駆け出しの頃にケイと組めたら、半年で世界二十傑に入るのチームに成ってたわ」
「ほっ、云うね」
実力派のミラだから、これは大きく出たと思ったテリーシャ。 これには、ウォクランもニヤケて帽子を直すも。
「違う違う、冗談抜きで。 ケイが居なかったら、私達はイスモダルに消されてた。 イスモダルが抱えた暗殺者集団だって、裏の世界じゃ有名な殺戮集団だったって…。 それを1人で潰したケイと、あの彼じゃとてもとても………」
世界で蠢く悪党の影響は、少なからず冒険者とぶつかる事が在る。 50年以上も冒険者をするウォクランは、その恐ろしさも知っているらしい。
「ソイツは、確かに比べるのがバカらしいな」
「そうよ」
中年の優男となるカイルは、
「処で、私が君達と知り合った時に、そんな人物は居なかった。 その彼は、有名になる前に抜けたのかい?」
と、問うた。 頷く妻のローナの様子からして、若い頃からミシェル達三姉妹の事を知っているらしい。
「そうよ。 彼はリーダーだった姉さんを半ば私物みたいにして、身体と心を支配した。 でも、本当の狙いは、私やミルダ姉さんで。 チームを結成してから1年ぐらいした時、その下心が顕著になったの。 私とミルダ姉さんは、彼へ恋するミシェル姉さんを大切にする様に、2人で彼へ言ったのよ。 で、ミシェル姉さんも本気だったから、彼を諌めた……」
ミラ達が20代前半の頃から、別のチームの1人としながら友人として居た、大柄な筋肉隆々とする身体に赤い鱗の鎧を着る女性の傭兵リンドより。
「で、喧嘩した訳かい?」
だが、ミラは首を軽く傾げると。
「んん〜…。 何て言ったら良いか……」
ウォクランは、その間を空けるミラから嫌な予感がした。
「もっと酷かった、か?」
「うん・・そうなるわね。 違うチームの女性とも身体の繋がりが有った彼は、言いなりに成らない私やミルダ姉さんを人買の悪党に売ったの」
臨時のチームを組んだ皆が、その話で驚いた顔に成る。
テリーシャが身を乗り出して近付き。
「それは……」
「街から街へ流れる旅の途中で、寝込みを襲われたわ。 あの時の私は服を破られて、魔法で対抗した時でもほぼ全裸。 ミルダ姉さんも、半裸で戦った。 人へあんな風に魔法を使ったのも、あの時が初めてだったし。 ミルダ姉さんは、背中を斬られ。 私も、腕や脇腹を……。 そして、その時に怒り狂ったミシェル姉さんが我を忘れたの。 気絶の魔法を使って、悪党を鎮圧した後。 騙した彼へ、絶命の魔法を使おうとしたわ」
魔術師夫婦の夫となるカイルが驚き。
「魔想魔術の最高位となる呪術だよ。 それは、無理だ。 君達は、まだ若かったハズだ」
「ミシェル姉さんは、その片鱗を10代から見せてたの。 攻撃魔法には、私やミルダ姉さんも自信は有ったわ。 でも、幻惑秘術についての才能って云うか、適性は、ミシェル姉さんが突出してた。 まぁ、かなり感情的って云うか、怒り狂って我を忘れかけていたから、暴走的発動に成るわね」
妻の方となるローナが震えて。
「ま、まさか・・殺したの?」
「掛けた・・わね。 私とミルダ姉さんが、同じ仲間が必死に止めて止めさせたの。 あの時、ミシェル姉さんが魔力を激的に解放する力に目覚めた。 だから今でも、本当に怒った時のミシェル姉さんを止めるのは、私達でも一苦労よ」
傭兵リンドは、知らない過去に。
「見た目が良い貴女達は、羨望する冒険者の男から言い寄られ続けた。 ミラ、その後もそんな事が?」
「有ったわ。 私は、3回ぐらい。 ミルダ姉さんも、攫われそうに成った事が有るし。 悪酔いさせられて服を剥ぎ取られて居る所を、ミシェル姉さんに助けて貰った事も、ね。 飲み屋の主と悪党が結託して、薬を使って悪酔いを悪用するなんてあの時に知ったわ」
革のツバ広帽子を被り直すウォクランで。
「ミシェルも含めて、美人は大変だな。 今も、伯爵だか男爵より、ミラは誘われて居るのだろう?」
「ん。 でもまぁ、あんな人はまだ判りやすい方よ。 モンスターだったらって思う時、躊躇なく手を掛けてる様な人はもっと居るわ」
過激な発言に、皆がどうしようもなく余所行きの形で笑った。
然し、ミラの目がウレイナと話すスチュアート達に向くと。
「それと比べるのも、何となく間違いみたいだけど。 人として、本当に信頼が出来る者も多いわ。 みんなも、あのスチュアート達も。 だから、ちょっと肩入れしたく成るのよね。 姉や私の命も助けられたし……」
ゼクなる殺し屋達から命を狙われ、斡旋所で制圧された男達を殺そうとしたミラ。 あの時、過去の色んな経験から来る怒りが噴き出した。 その所為も有ろうか、今はサリーが大切に思えて来る。
心情を理解するテリーシャより。
「なるほど、あの移民の娘の面倒を良く看るミラ達の気持ちが、少し解って来たよ」
これには、ミラは少し違うと。
「それだけじゃないのよ。 サリーは、本当に良く出来た子。 お母さんを私達の所為で死なせちゃったのに、あんなに毎日を頑張ってる。 あの娘が居なかったら、あの娘がもし死んでいたら。 私はもっと塞ぎ込んで、主なんかしてられなかったかも。 それに、サリーは妹みたいで可愛いのよ。 ミシェル姉さんも、サリーが虐められるとイライラするけど。 私も、姉さん達をバカにされた時みたいに、サリーをバカにされると同じ気持ちに成る。 頑張ってるあの娘と暮らすだけで、家族が増えた様に成ってる」
表情がグッと穏やかな女性と成ると。 ウォクランは、何ともいい女と感じ。
「ミラも、そろそろ結婚を考えるべきだな」
この意見を聞くや、急にまたムスッとするミラ。
「全くっ、こんな良い女が居るのに! 良い男は何処よっ」
皆、様々に笑う。 この時は、素直に笑えた。
だが、ミラの日常を思い返せば、彼女の言っている事が大袈裟では無いとこのチームの者は解る。 今、普段からミラやミルダを見に来る屯する者は減ったが。 貴族や商人が時に姉妹を訪ねて雑談をしてくるのは、何か困った事がないか・・と調べているからだ。 その相談で外へ連れ出そうとした者は、今にあまり見なく成ったが。 三姉妹が主に成り立ての頃は、頻繁に来ていて。 ミラへ、脅迫めいた物言いで求婚をしたり。 結婚したミルダに、浮気を誘う様な甘い話をする冒険者や商人や貴族は居た。 それなのに、この三姉妹の中でもミラとミルダの警戒心が強かったのは、こうした過去の経験が在るからだろうか。
冒険者に成ると、実際の処で女性は大変だ。 異性の欲望に曝される事も在れば、1人の旅は危険が伴う事も多い。 また、仲間と居ても、恋愛を主にして問題も生まれる。 1人に好かれ、1人に妬まれるだけでもチームの様子はギスギスとして。 チームがバラバラとなる要因に成る事もままある事だ。
そして、この馬車の中にて、ミラから依頼の詳細を再度、説明される仲間達。
前で和気藹々とするスチュアート達の声が、程よい音楽の様で。 此方の馬車は、とても雰囲気が良かった。
同じく午後の黄昏時を前にした頃。
汗を掻いた二ルグレスが。
「まだ、昼間を過ぎても夕方までは暑いのぉ。 この頃になれば、良い涼しさとなるわい」
レメロアの直ぐ後ろとなる荷台に居るKが、開かれた幌の内となる二ルグレスへ。
「暑いなんて、夏だから仕方ないだろ。 この季節にも、恩恵を受けているから有難く思えって処だ」
「確かに、夏がなければ野菜も育たぬからの」
その少し先で、旅人から止められた。 怖がるレメロアに、Kが正しい判断で停めた事を忘れない様に言う間。 聖騎士ナダカークが顔を出して乗り合いを断った後。
政務官として乗車する女性のロクアーヌが。
「依頼をより分けた方が良かったわ。 軍用の馬車じゃ無いから、こんなに旅人から止められる」
そこへ、褐色の肌となる女性で聖騎士となるカシュワより。
「街道を馬車で行くと、軍用のモノでは無い馬車は、こんなに声を掛けられるのね。 普段は、こんなに止まりはしないわ」
大きな崖の影となる辺りで、鈍い光で黒い姿へ変わるKが。
「全部が単なるソレで在れば、それでも良い。 問題は、時に悪党の下っ端が声を掛けて居ることも在る。 乗せた奴が、夜に仲間を手引きすることも在るからな。 商人もお人好しでは居られないのが現実さ」
偉丈夫となる聖騎士ナダカークより。
「まだこちら側の街道も安全とは言えないからな」
「そうだ。 モンスターに、強盗も居る。 大きな商隊を組むとなれば、冒険者に護衛依頼が来るのも頷けるって訳よな」
以前、滅びた町エセオに向かう時は、兵士の馬車にて素早く移動したが。 今回は、出立も早朝では無いし。 馬車も4台で、進みものんびり加減。 夕方が暮れる頃、中継拠点となる野営施設に入る。 塔型の小さい砦にカシュワやナダカークと二ルグレスやロクアーヌが入れば、少ない警備兵や指揮官の上級兵士が何事かと大いに慌てた。
冒険者のスチュアート達は、切り出した石を並べて庇の着いた東屋の様な場所に向かう。
簡単な作りの箒で下を掃くセシルやスチュアート。
「ぬぅ、蚊か」
グレゴリオが額を押さえる。
アンジェラも羽音を聴いて。
「虫除けを焚きましょう。 ケイさんが幾つか作って下さいましたから」
羽音を嫌がるエルレーンで。
「う"、周りにいっぱい居そう」
休む準備をする仲間達だが。 Kとレメロアは、馬の世話をする。 野営施設の裏には、広い馬車を停める広場が用意され。 馬を繋いで水を飲ませられる井戸の水場が在る。 桶で木枠の水場に水を入れるレメロア。 水を汲んでやるK。 他の馬車の馭者も居て、既に篝火が5つほど。
あの寡黙な馭者の男性が馬の世話をすると。 Kが篝火へ。
「蚊が多いな。 虫除けでも焚いとくか」
「すぐそこに運河の水を引き込んで溜めてますから。 蚊は、多いですよ」
「風向きは穏やかだから、焚けば効果は出る」
「貴方の判断ならば、此方も助かります。 馬も」
「明後日までは、調査が先んじて楽だろうが。 街道から南東の荒野に入ってからの北上しての採取は、少し骨が折れるぞ。 お宅も、体は大切にな」
「はい。 ウレイナ様からは、過分の賃金を頂いておりますから。 この身体が動く限り、仕えさせて頂きますよ」
こう言う彼の言葉には、ウレイナへ対する主従の念が感じられた。 Kの診る処、この年配者も健康な身体では無いらしい。 それでも、ウレイナは雇って働かせる。 そして、十分な給料を払って居るらしい。 孤児を集めて、自分で面倒を見ているウレイナだが。 彼女がどうしてそうしているのか、どうも何か過去が在りそうだが。 それをズケズケと聴く気は無いから、何も言わず。 少しでも病気に成らない様にと、この場でも虫除けを焚いたK。 暗くなっても馬の世話をするレメロアと、馭者の年配者は動いた。
レメロアを連れてKが仲間の元に戻るが…。
「おい、二ルグレス。 何で、此処に居る」
仲間に混じって食事をする二ルグレスが居た。
「ええではないか。 あんなちっこい砦じゃて、寝る者の数も限られるわい」
「“寝れる者”だろ」
「今回の付き人の2人は、あーだこーだ煩くて適わん」
「お宅、もうジジイだろ? 少しは言う事を聞けよ」
リブの塊を串ごと持っている二ルグレスで。
「フン! 食べ物の量を言われる筋合いは無いわいっ」
「はぁ、オリエスの心配も何となく解る。 我を通す様は、巷の業突くジジイみたいだな」
セシルに笑われた二ルグレスだが、旺盛な食欲からモサモサと肉を齧る。 塩を、タレを使って、乾燥野菜を戻したスープと共に塊を食べた。
さて、スチュアートも心配したが。 大司祭にして、この国の最高司祭やその他の役職も歴任した二ルグレス。 だが、若かれし頃は冒険者に混じりモンスターと戦ったり。 司祭に成ってからは、神聖皇国軍の僧侶部隊を率いてモンスターと戦う前線にも居た経験が在る。 悪魔や不死モンスターの知識も深い為か、ヤワな人生は送って居らず。 旅で野外に寝るなど問題にしない。
スチュアートやセシルも二ルグレスの事を心配するも、Kは“ほっとけ”と対等に接する。
ミラやアンジェラに心配されながら、モグモグとなんやかんや食べる二ルグレス。 出されるモノは何でも食べるし、グレゴリオに負けぬ食欲だった。
さて、足や身体を拭いて寝る事になる中で。 虫除けの煙を衣服に纏わせた後、Kの隣りに寝転がる二ルグレスが。
「処で、友よ」
「ん?」
「斡旋所に置いて在るあの薄い冊子じゃが」
「旅の経験を纏めたヤツか?」
「うむ。 アレは、主に言えば貰えるンじゃろうか」
「何だ、欲しいのか?」
「うむ。 あの様に現実的な、生きた情報は、ウチの僧侶にも読ませて知らせようと、な」
「どうした? まさか、神殿仕えの僧侶を街道警備に同行させるのか?」
「オリエスは、それをさせたいらしい。 お主達と旅をして、僧侶の実践経験を重視したい、と。 アンジェラが変われた事を目の当たりにして、神殿仕えでのぼせ上がる僧侶を鍛え直したいと、な」
「なるほど、な。 然し、実際に遣るとなれば、命懸けに成るぞ」
「と、云うかな。 つい先日の重篤者が運び込まれた時に、その怪我の酷さから諦めて、癒しを諦めた者を篩いに掛けたいらしい」
瀕死の重傷者を助けたオリエスは、本当に全力を尽くした。 その中で、癒しに参加した僧侶は凡そ6割ほどとか。 確かに、宿へ泊まった翌日に神殿へ戻ったオリエスへ、Kから扱き使われた僧侶が苦情を述べると。 あのオリエスは本気で怒った。 諦めなかったアンジェラやベイツィーレ達、外から参加した僧侶と。 諦めて引き下がった神殿仕えの僧侶を入れ替えたいと。 外から怪我人が入って来る神殿病院にて、僧侶が諦めるなど許せないと。
その様子を傍目で見ていたKだが。 神殿に仕える僧侶の2割ほど、僧侶の道へ戻る前のアンジェラと似通った状態に在ると解った。 癒しの魔法が発動している様に見えていたが、信仰心が薄れていて効果を発揮していなかった。 あの日の夜にその事実を知ると、彼等は逃げる様に奥へ消えた。
(ははは、僧侶で無くなった己を直視して、どれだけの奴が再起を計るやら、な。 アンジェラの場合は、スチュアートやオーファーが。 セシルも、エルレーンも、トレガノトユユ地域に行くまで見捨てなかったが。 ああ見えてオリエスは、まだ若さ故に潔癖さも強く表に出す。 なまじ本人が僧侶として筋金入りだから、“生優しい”甘えは許すか・・な。 二ルグレスも、まだまだ気苦労は絶えないか)
横に成るKは、スチュアートから色々と聴いて居た。 あの重篤者・重傷者の癒しを終えてから宿に行ったオリエスは、癒しに参加しなかった僧侶をクビにすると酔って怒ったとか。 アンジェラは宥めて猶予を与えて欲しいと言ったらしいが。 翌日に神殿へ戻ったオリエスは、僧侶としての道へ戻ったアンジェラを改めて見直して褒めた反面。 癒しを拒んだ僧侶達を強く叱った。 己の今を認識して逃げた神殿に仕える僧侶達と、最悪の状況に陥っても冒険に付いてきたアンジェラの姿勢は大きく違うと。 あの絶望的な状態の中でも僧侶に縋ろうとしたアンジェラ。 反面、僧侶の行いから完全に逃げた神殿仕えの僧侶達。 そのアンジェラの姿勢にオリエスの方が心を揺さぶられ。 仕える僧侶で逃げ出した者を見限ったらしい。
(オリエスめ。 神殿仕えの僧侶を街道警備に同行させるつもりか。 僧侶の道の本分を知らしめる為、危険の中に蹴落とすって、か。 それを心配な二ルグレスは、危険を事前に教えたいとな…)
これは、とても危険も伴うと察して余るK。 イスモダルの事件後、街道警備が本格的に始まった。 今日までの依頼継続中で、兵士や冒険者がどれほどに死んでいるか。 モンスター相手で、だけではない。 自然相手でも死んでいる。 肉食昆虫に襲われたり、ヒリクナスや他の危険生物に襲われたり。 〘風嵐〙(かざあらし)で視界を塞がれ竜巻に巻き込まれたり。 濃霧の中で崖から運河に落ちた者も居る。 悪党の集団に襲われた商隊を助けようとして、毒の矢を受けて死んだ兵士や冒険者も居る。 ミシェルが言っていたが、鮫鷹の200程の群に襲われて。 警備兵と冒険者達が肉片と骨の欠片にさせられた事も在ると。
(どう参加させるンだ? 確かに、あの神殿に仕える僧侶は、バベッタの街から出ている運営費で給料となる手当てが出ている。 街道警備に同行する事も、オリエスや二ルグレスが認めれば務めに成る。 いや、皇国政府の直轄運営する神殿だから、街道警備に癒し手として同行する事は、街の政府から望まれれば務めの1つにもなろう。 然し、安穏とした神殿仕えに魅力を感じている僧侶は、危険な務めが増えるとなれば反対するだろうな)
実質、僧侶としての道を行くオリエスや二ルグレスに反抗する僧侶も居て。 住民でもない死者を無償で弔ったり。 彷徨い流れてきた孤児を助けたり。 神殿の仕事に含まれない事をする、それが神殿仕えの僧侶の務めから反すると言う分には、仕方ないと考慮を必要とするかも知れない。 だが、街道警備に付随する事は、国家の務めへの参加となる。 それを拒否するとなれば、神殿仕えは辞めなければ成らない。 あの神殿仕えの僧侶の中で、半数はそれを理解しているだろうが。 理解していない者については、どうなるだろうか。
少し前の事だが。 アンジェラが僧侶としての力を取り戻す時の冒険にて。 アビポの町にモンスターが襲って来て居たが。 バベッタの街、皇国政府の判断で兵士が動員された場合は、当然に政府管轄下に在る神殿仕えの僧侶にも参加命令が出る。 “要請”では無く、“命令”だ。
(〘悪怪物・汚怪物〙(おかいぶつ)みたいな特殊なモンスターは別にしても、トレガノトユユ地域から不死モンスターが襲来と成った場合は、僧侶の力を頼みに聖騎士と合わせて神殿仕えの僧侶には動員命令が出る。 あんな甘ったれた精神の僧侶が、どれほどに力を発揮するかも疑問だ。 長い目で見れば、オリエスの方が優しいか。 現実的に務めで篩いに掛けるのだからな。 返って二ルグレスの様に甘やかしても、本当に地獄が来た時は否応なしに行かなければ成らない。 さて、何方が今は良いのか。 解る奴、解らない奴。 その篩いに掛けられて、人間の面倒が噴き出さなきゃいいがな)
若いオリエス。 苦労者にして経験豊富な二ルグレス。 2人の考えにも温度差が在るのは当然だし。 何方の考え方も、大きな間違いは無いと思う。 然し、人間の世界は、その決断が命取りに成ったり。 先延ばしが地獄の様な事態へ繋がる事も在る。 どちらが良いのか、その答えは、まだ解らぬ先にしか無い。
知り合いとして何が出来るか、Kは静かに考えた…。
★
次の日、朝から出立となる。 濃霧に包まれた朝で。 二ルグレスとその護衛を筆頭にして、聖騎士と政務官ロクアーヌの見送りに砦の兵士達が街道に並んだ。
「調査、頑張って下さい。 行ってらっしゃいませ」
隊長となる上級兵士が言うと。
「ご武運を」
「御気おつけ下さい」
兵士達が言って来る。 馭者席に居るKは何の変化も無いが。 一緒に馭者となるレメロアが緊張してガチガチに固まっていた。
この日は、Kも馭者席に並んで座って馬車を走らせる。 どうも天候がスッキリしないからだ。 それでも、陽が上がるにつれて霧が靄へ変わると、道も薄ら見えて来る。 まぁ、街道を行くのだから、馬車の走行に支障は来さないと兵士やロクアーヌは思ったが…。
先頭の馬車となるKとレメロアの操る荷台では、お付となる神官戦士の2人から小言を言われる二ルグレスがふて寝をしてる。 冒険者と一緒に外で寝るなど、自分達が尊大に振舞って居る様に見られると苦情を言ったのだ。
その様子を見ているカシュワやナダカークは、兵士達と苦笑いしか無い。 何せ、ニルグレスが言い出した事で、ロクアーヌの言葉にも従わなかった。
“我々の命を守る冒険者は、こうした時は仲間となる。 単なる任務のお前さん等より、向こうのスチュアート達の方が頼れるわい。 こんな立派な寝床など、冒険の中、過酷な任務の中では殆ど無い。 その生活に慣れるなら、早い方が納得も速やかなり”
こう言い切って外に出た。 スチュアート達の事は、カシュワやナダカークも理解する。 確かに、護るならKの傍が1番だとロクアーヌの愚痴も左から右へ。 “右”からよりは、幾らか気にした程度と云うべき感じか。
だが、変化が訪れたのは、幾らかも走らずして。 ふて寝していたニルグレスが眼を開いて身を起こすと、霧から靄に変わる荒野の中を行く街道の外を見ている。
そして、その顔を真顔にして。
「友よ。 この辺りは、何時もこんな感じなのかの」
馭者席に座るKも。
「以前に来た時は、どうだった? 何より、ニルグレスよ。 この霧・・気持ち悪いな」
「うむ。 何故か、微かに瘴気を孕んでいる様な…。 街道の上で、何故か、な」
「だな。 それでもって、ジミに臭って来るのは、血・・らしい」
Kの話で、皆が眼を外へ向ける。
その最中だ。
「レメロア、馬車を止めろ。 左側へ寄せるんだ」
Kが言うと同時に、二ルグレスが共に出る態度を見せて。
「友よ。 この様子は、怪我人か」
レメロアが混乱するも、Kは前を見て。
「かもな」
馬車が止まる時に飛び降りたKで。
「止まれっ、スチュアート!」
響く様に発する声を掛けてから、降りる二ルグレスの前を歩きながら。
「誰だ。 先から血の臭いがしているぞ」
Kが言うと。
「むぐぅぅ、たぁぁぁすけ・てぇぇ…」
呻く声が助けを呼ぶ様なモノと成る声がする。
「これは怪我人だな」
向かおうとする二ルグレスをKは手で遮り抑え。
「聖騎士のお宅ら、一緒に来てくれ。 周りへの警戒を怠るな。 レメロア、そのままで居ろ」
歩くKは、街道の少し先の路肩に蠢く何かを見つける。 歩いて近づくと、白いローブを纏う誰かを見付けた。
「おい、大丈夫か」
傍に腰を下ろしてその者を助け抱えれば、相手は黒髪の女性で。
「も、もん・す、たぁぁぁ。 や、やまから・・降りて…」
その怪我は酷く衣服や髪まで血塗れで、Kの鼻にも血の臭い以外は何も感じない。
(人為的な作為は見えねぇな)
周りに集まるカシュワとナダカークに兵士の2人へ。
「この女を頼む。 二ルグレスに看せろ」
立ち上がるKに後続の馬車から降りたスチュアート達やミラ達が寄る。
「まぁっ、誰?! 酷い怪我じゃないっ」
驚くミラだが。
Kは、靄の向こうに顔を向けて。
「それより、冒険者ならばもっと察する方向が在るだろう」
アンジェラが後から来た二ルグレスの手伝いと成る中で、オーファーは街道の先を見つめ。
「何だ。 向こうに強いオーラが。 この蟠り、暗黒のオーラだ」
その時、Kがフワッと消える。
それに合わせてスチュアートも。
「行こう!」
走り出した。
この時、スチュアート達と走ろうとするグレゴリオがミラへ。
「主殿達は、この辺りを! 大司祭様に危険が在っては成らぬ」
「えっ?」
驚くミラだが、ナダカークが。
「ミラ様は、カシュワと共に此処を。 先は、私と兵士達で確認します」
ナダカークは、カシュワと兵士の2人に守りを任せ。 残る兵士を連れて先に向かう。
血だらけの女性を助ける二ルグレスとアンジェラ。
「これはいけませんわっ。 不死モンスターから怪我を負わさせてます」
「傷に纏わり付くオーラからして、その様じゃな。 このままでは、女性の身に悪い。 荷台で全身を診るぞ、アンジェラよ」
「は、はいっ」
神官戦士に運ばせるニルグレスで、アンジェラもその後を行く。
その様子を観ながらこの場を任されたミラは、周りのオーラを探りながら。
「ウォクランさん。 それからカイルとローナは、全部の馬車を見張って。 これの狙いが強盗なら、馬車が襲われるかも」
傭兵の女性リンドは、モンスターと聴いて居たから。
「いや、モンスターだろ?」
「時に、モンスターを嗾けるやり方も在るのよ。 二ルグレス様の乗る馬車は、私とテリーシャで観るから、お願い」
「解った」
「オーラで探るよ」
仲間を動かすミラだが、左側の丘を見て。
(あっ、微かだけど、人の気配がした? 何で?)
靄の中に1人か2人ほど。 人の気配がした様に感じたのだ。
「ね、ちょっと」
カシュワの肩に触れたミラで。
「どうされました?」
「溝帯側の方に、まだ人の気配がしたの。 警戒をして」
「はっ、誰か居る?」
こう落ち着かない雰囲気が馬車の方では続く。
一方、先行したKやスチュアート達は、ゾンビやゴーストやスケルトンに遭遇する。 真っ先にその姿を観たKは、冒険者姿のゾンビを確認すると。
「以前に、“ルミナス”とか言った娘が唆した冒険者達か? ゾンビだけで10体を超えてやがるが…」
独り言を。
「ケイさぁぁんっ」
スチュアート達が追いつく。
「スチュアート。 下級だが不死モンスターだ。 アンジェラは治癒に回ってるから、聖水を使え。 オーファー、そろそろ不死モンスターとの戦い方をお前が覚えろ」
突然に言われたオーファーだが。
スチュアートとエルレーンが脇に来ると、Kは以前の様に。
「前から言うぞ。 右側のゾンビは、首筋に暗黒の核が在る。 その聖なる加護の鎌で、武器で斬り裂け。 次は、左頬の奥。 その左奥から来る奴は、左側胸だ」
「あ、はいっ」
走るスチュアートは、鎌の鎖を少し垂らしてゾンビの脇を駆け抜けながらに首筋を斬り裂いた。 プシュと音がして、暗黒のオーラの核を斬り割った。
「あ、核か!」
この戦い方を思い出すオーファーは、Kの横に来る。
そんなオーファーを見ず、遅れて来たレメロアを観るKで。
「レメロア、オーファーを見習え。 お前は、感知能力が高い。 暗黒の核の場所が解るならば、小さくした礫の魔法で場所を示せ。 魔想魔術では、暗黒の核を壊すに苦労する。 仲間にそれを知らせるだけでも、戦い方は全然違うぞ」
何を求められたか理解し、何度も頷くレメロア。
ナダカーク達が来ると、Kは溝帯側へ向かう様に動いて。
「オーファー、此処を任せる。 どうも溝帯側の荒野の丘の方に、人の気配がする。 探って来るから、あのモンスターぐらいは倒せ」
「はい。 解りました」
矢を込めながら来たセシルが、靄の中に消えるKを見て。
「どしたの?」
「先ず、敵は不死モンスターだ。 見ろ、スチュアートが核を切ったのに、塵へ帰らぬ」
並ぶナダカークは、死体が残る様子を見て。
「まさかっ、暗黒魔法に因るゴーレム型のゾンビっ」
頷くオーファーで、セシルに。
「何とか、近付くゾンビの核を私が探ろう。 ゴーストやスケルトンを頼む」
こう言うと、Kが弱点を示したゾンビの核を連携して斬り裂いたスチュアートとエルレーンで。
「スチュアートよ、次は腹の辺りだ。 エルよ、その次のゾンビは、太腿辺りだ。 ケイさんの様に行かなぬが、私が肩代わりする」
刻一刻とばかりに変化する戦いの中で、手短な説明のみでナダカーク達と協力して戦うオーファーやスチュアート達だ。
レメロアは、礫の魔法を生み出す。 駆け出しのハズのレメロアなのに、その青白い礫の大きさは胡桃の大きさ程度。 それでも、しっかり具現化されていて、斜面を転げては起き上がりスチュアートに向かうゾンビの左肩へ向ける。
「ん〜っ、んんっ」
何かを知らせようと唸るレメロアだが、オーファーはKとのやり取りから。
「聖騎士殿っ、今の魔法が当たった辺りに、暗黒の核が在ろう! その聖水を掛けた剣で斬り裂いてくれ!」
聖騎士のナダカークは、レメロアの魔法を受けたゾンビに肉薄する。 すると、双眸を凝らす。
(何と! 確かに、仄かな凝縮した暗黒のオーラを感じるぞっ。 ・・此処かっ)
狙い済まして剣を振るえば、隠れた暗黒のオーラの塊となる核を斬った。
(ん、手応え在り!)
次第に、ゴーストやスケルトンも混じって乱戦と成る。 兵士やスチュアートの助けで魔法の矢を放つセシルが、何となくオーラを感じて。
「スチュアートの前のゾンビはお腹辺り! エル! 右の腰ら辺!」
この間に、風の魔法で邪魔となるスケルトン3体を吹き飛ばすオーファー。 最も多きは、スケルトンで。 その数、見えるだけでも20は超える。
だが、オーファーは靄となる中の溝帯側に気を向ける。
(向かって居るケイさんが、1部のモンスターは倒して居る。 だが、他にこの霧の所為か、他のモンスターもまだ動いているらしい。 この戦い、まだ終わらないか)
一方で、レメロアが魔法を飛ばすのに合わせるナダカーク。
「ゾンビは、私とあの少女に任せろっ! 兵士は、スケルトンやゴーストを叩け! 冒険者が本体となる数のモンスターを留めている! 街道上のスケルトンやゴーストから倒すのだ! 旅人や荷馬車に被害を出すのは止めるぞ!!」
「はっ!」
「此方は、我々にお任せを!!」
兵士達4人ほどが街道に出たスケルトンやゴーストの数体を相手にする。 その倍以上のモンスターを相手にするスチュアート達で。
聖水を掛けた薙刀で、ゴーストや這い寄る悪鬼ラカノリアスと云うゾンビに近いモンスターを倒し。 溝帯側と街道の境の辺へ陣取り、スチュアート達を守るグレゴリオは、斬られると仄かに赤黒い火花の様なオーラを見せるゴーストやスケルトンを見逃さず。
(聖水の力と摩擦する様に光るあの火花。 このゴーストや不死モンスターは、誰かが生み出したモノらしい。 この仕業、溝帯側の何処かにネクロマンシャーが居るか!)
この人数でも協力すれば、50体を超えた不死モンスターもK抜きで倒せる様になった。
次第に数が減り、ナダカークや兵士達と協力が出来る様になり。 残りを駆逐して、死体を検めるスチュアート。
「はぁぁっ、ふう。 ね、オーファー。 核を壊されても死体が残るって、死霊魔法(ネクロマジック)の産物だったよね」
「そうだ。 遺体の様子を窺うに、腐乱の様子からして以前にバベッタで消えた冒険者などではなかろうか」
「なるほど、どれも旅人か、冒険者みたいな人の遺体ばっかりだ」
更に靄すら晴れてきた。 セシルは、周りを見て。
「あぁぁ、ケイは?」
「セシル、気付くのが遅いぞ。 ケイさんは、人の気配を探りに行ったぞ」
答えたオーファーは、ナダカークへ。
「聖騎士殿よ。 二ルグレス様の方へ戻りましょう。 向こうの方が、人が少ない」
「あ、なるほど。 間借りなりだが、これも分断か」
遺体を街道の傍らに移動させると、皆で急いで戻る。 片側に馬車が並び大怪我をした女性を含めて二ルグレスやミラ達は馬車に集まって居た。
「おっ、スチュアート!」
戻って来たスチュアート達を見て、安心する二ルグレス。
「アンジェラさん、二ルグレス様は、ご無事ですかっ?」
アンジェラも心配していたので。
「セシル、エル、レメロアさん、大丈夫ですか?」
スチュアートやエルレーンや兵士がかすり傷を負う。 二ルグレスとお付の神官戦士やアンジェラが治療をする中で、戦った出来事を話すや。
治療をする二ルグレスが。
「それはイカン。 その死霊魔法の拠り所にされた遺体は、神聖魔法で塵に還そう」
だが、ミラは周りを警戒して。
「ケイが戻ってからにしましょう。 手を分けて、襲撃されてはいけない」
怪我の治療が終わり、気を失う女性の事を話し合う皆。 ウレイナが何度も見に来て、心配を募らせる中で。 靄も晴れて来た街道では、後から来る荷馬車や通行人を停めるナダカークやカシュワ。 この間にスチュアート達が馬車を動かしてゾンビに変わった死体を隠す庇を作り。 その作業が終わると、通行人や馬車は街道の右側を通る様に誘導する。 そして、それを手伝う兵士が声を掛けて。
「街道にモンスターが出た。 通るならば注意されたし」
「溝帯側に不審な物陰を見たならば、急いで離れる様に」
「気を付けよ。 油断はするなっ」
この間に、アンジェラは遺体を塵へ還そうとする。
「フィリアーナ様。 この呪われたご遺体がお見えでしょうか。 呪われたままでは、可哀想であります。 その慈悲を、呪いを解く力へ………」
祈りより白く輝く鉄槌が産まれた。 それを遺体へと触れさせるのだが…。
「あ、何故?」
遺体に鉄槌を触れさせようとした時、これまでに知らぬ反発を感じたアンジェラで。 ヌルヌルとした液体に手を入れた様な、不気味な感触を受けた。
(これは、ま・まさか、また…)
自分の信仰と信念が揺らぎ、聖なる力の加護が薄らいだのではないか。 動揺を受けて驚くアンジェラ。
然し、少し向こうでは、神官戦士の2人も。
「ぬぅっ、聖なる力を遺体が拒むかの様だ」
「正に。 何故、光の力を受け入れぬのだ?」
強い治癒魔法を使ったニルグレスを案じ、アンジェラと浄化を申し出たのに。 想像を超えた反応が起こって、神官戦士の2人も動揺をした。
スチュアート達も、遺体以外のモンスターの死体を溝帯側へ投げた。
その直後の時だ。
「大丈夫だったか?」
Kが戻る。
レメロアは心配をしていて、Kに走って身体を触る。
「怪我なんかするか。 それ、毎日のイリュージョンの訓練が役立っただろ?」
何度も頷くレメロア。 魔想魔法の新たな応用を知って嬉しいのだ。
遺体の元に向かうKは、待っていたスチュアートや二ルグレスの元に戻る。
「ケイさんっ」
「お、友よ」
皆がKの無事を確認するが。 本人は溝帯側の荒野を見返し。
「面倒な事になったぞ。 極最近に誰かが高位の不死モンスターか、悪魔の召喚を試みたらしい」
ナダカーク、カシュワ、ロクアーヌがKへ迫り。
「誰か居たのかっ?」
「悪魔が?」
「ど、処に?」
三様に云う彼等を見ないK。
「安心しろ、召喚には至って無い。 先ず、霧の中に確認した人影は、逃げ惑う旅人だった」
ナダカークが靄も晴れた曇り空の下の溝帯側の荒野の丘を見て回し。
「朝に通行人が居たのか?」
「2人だった。 冒険者の若い女と、流浪の移民となる年配の女で。 昨日の午後に俺達が夜を明かした野営施設を目指していた処、不審な蠢きをするものを溝帯側の丘に見て。 確認しようと荒野に入った処、モンスターを見つけて襲われ。 それから夜通し逃げ惑ってたらしい」
「その2人は、もう街道へ?」
「あぁ、あの様子だと、野営施設で休まなければ成らないだろう。 向こうの兵士へ言伝を頼んで置いたから、怪しい者でなければ詮索を請けるぐらいで済むさ」
この話に、ロクアーヌがズッと前へ来て。
「どうしてこっちに連れて来ないのっ! 詮索は私が!!」
モンスターに襲われる事は先ず無い立場の政務官が、こんな事に巻き込まれれば興奮したり、冷静で居られないのは仕方ない。
だが、そんな事はどうでも良いKだから。
「既にモンスターは居ない。 明らかに逃げ惑っていただけの2人をこっちに連れて来てどうする。 今しがたすれ違っただろう荷馬車に乗せたから、野営施設で兵士に詮索させた方が楽だ」
「逃げたらどうするのっ!」
「逃げるも何も、悪魔・・いや。 あの召喚魔法陣は、不死モンスターを生み出すヘイトスポットの固着を狙ったモノの様だが。 荒野に潜むモンスターに襲われて、魔術師らしき者が何人も食い散らかされていた。 生み出されたゴーレム型のモンスターは、皆が倒したンだろ? 魔法陣も消して来たし、さっさと先へ進んだ方がいい。 以前に悪魔を召喚しようとした奴とは、あの死んだ魔術師はどうも違う気がする」
どうしてそんな事が言えるのか、こうした事の対処が初めてのロクアーヌと云う政務官は憤慨すらする。
然し、Kは記憶の石の1つを取り出し。
「あらましは、記憶の石に入れて来た。 ほれ、馬車の中で見ろ」
カシュワへ渡すや、遺体を隠す庇の代わりとなる長い荷馬車に向かって行くK。 今、二ルグレスの護衛として来た神官戦士やアンジェラが遺体を塵へ還して居る。 完全にゾンビ等の不死モンスターへ変えられた遺体は、それだけで産まれたての様なヘイトスポットと似た効果を産む。 早く神聖な力で塵へと還さなければ、新たな不死モンスターを生み出す温床に成ってしまうのだ。
「スチュアート」
「あ、はい?」
「死体の塵への返還は終わったか?」
「い、今、二ルグレス様のお付の神官さんやアンジェラさんが…」
「そうか。 怪我人は居たか?」
「大きな怪我は、あの死にかけた僧侶の女性以外は誰も。 細かい怪我は、僕を含めて何人か」
「よし。 なら、直ぐに進めそうだな。 早く、ロアルの街へ向かう方が良い。 向こうならば、兵士の派遣も容易い」
どうしてか、Kは先を急ぐ事を選んだ。 政務官ロクアーヌは逃げた旅人を酷く疑ったが。 記憶の石の中身を観たカシュワやナダカークからして、明らかに2人の旅人は疲弊して傷付き。 此方の馬車に収容した方が良かったのでは無いか、そう心配した程。
その後、ゾンビやスケルトンを塵へ還したアンジェラがKの居る馭者席に来ると。
「あ、ケイさん。 ご無事でしたか」
その疲労感を全身の様子に滲ませ、汗塗れとなる髪の毛も乱れさせたアンジェラを観たKで。
「灰は回収したのか?」
「はい。 神官様が…」
「よし、乗れ。 もう出すぞ」
「あ、はい」
農家の娘となるアンジェラは、馬車に乗る事は慣れていた。 レメロアの後ろへ回るや、Kは馬を動かす。
漸く出立と成った。
馭者席にて、アンジェラが。
「街道に、こんな数の不死者が…。 これは、策謀でしょうか?」
馬を動かすKは、前を見て居ながら。
「いや、計画的な襲撃では無さそうだ。 だが、滅びた町エセオに行った時に様子を見たニルグレスや俺が心配した事が現実と成ったらしい」
「はい?」
アンジェラは、Kの言わんとする意味が解らなかった。
そのアンジェラを見ずして。
「滅びた町に金目の物を探しに行った奴らや、あの冒険者規定に違反した若い娘の冒険者が連れた者が死体となり。 そして、不死モンスターに変化した。 ゾンビを浄化するのに、かなり手間取っただろ?」
額に張り付く髪を避けるアンジェラは、本当に困惑するほどに手間取った。
「は、はいっ。 あのご遺体は、浄化を拒んでいる様な抵抗を見せましたわ」
すると、荷台の幌を開いて聴いていたニルグレスが顔を見せて。
「アンジェラよ、それは誠に、か?」
ニルグレスに問われ、驚くアンジェラ。
「あ、はい。 裁きの鉄槌に触れさてたのですが、泥の中へ手を触れされた様な抵抗が…」
話を聴いて身震いするニルグレスは、顔を手で撫でて。
「な、何たる事だ。 これはイカンっ、暗黒魔法の中等魔法かっ!」
と、独り言で声を強める。
政務官ロクアーヌが、何事かと。
「ニルグレス様、どうされたのです?」
ニルグレスは、Kの方を見て。
「友よ。 詳しい話を頼めるか」
この時、Kはレメロアに。
「アンジェラ。 此処に来い。 レメロア、急がせなくていいから馬を頼む」
レメロアが頷いて手網を持つ事を代わり。 その横にアンジェラが移動する。 乗馬ならば少し出来るアンジェラで、ゆっくり進ませるレメロアの横に居させれば安心するだろうからだ。
代わりに、アンジェラとレメロアの後ろの余る幅に座るKから。
「暗黒魔法を基礎とする死霊魔術の中で、召喚魔法の他に陣を必要とする魔法は幾つか有る。 その中の1つで、既にモンスターと変わった遺体を更なる変異へ向かわせるモノが有る」
荷台の前へ集まる皆。 ナダカーク、カシュワ、ニルグレスに、ロクアーヌまで集まる。
政務官ロクアーヌは、何を言っているのか解らない。
「更なる変異とは、何なの?」
「簡単に言えば、ゾンビに変わった遺体を使って、中級のグールやレヴェナント。 その変異した不死モンスターを、上級のデュラハァーン等へ昇格変異させる事を促す」
「はァっ? そんな事・・出来るの?」
「俺が観た魔法陣は、その試みをしたモノだ。 術者は、まだ暗黒魔術や死霊魔術を完全に会得して無かったらしいが。 どうしてゾンビを集めたか、それらしい魔法陣を描いてそれを行おうとしたらしいな」
そこへ、記憶の石の中身を観たカシュワより。
「あの、不気味な魔法陣が、ソレなのですか?」
「あぁ。 タダ、失敗したのだろう。 最初、悪魔を召喚しようとして、それに失敗し。 何らかの試みを成功させようとして、変異に切り替えたと云う所か。 魔法陣の1部は、元の硬い土の地面を削って描き直した形跡が有ったからな」
「何方も、失敗した………」
「襲われた形跡を見ても、ゾンビにも噛まれた歯型が肉を喰われて残る骨に付いていた。 暗黒魔術と死霊魔術を扱えるならば、下位のゾンビやスケルトンやゴーストは操れる。 それをして、飼い犬に身体を噛まれていたって事は、だ。 モンスターに襲われて、その術が未熟だった為に契約の魔法が消えたって処じゃないか?」
ナダカークは、疑問が募り。
「あ、あぁ…。 そ、それが浄化とどんな?」
此処で、ニルグレスより。
「普通の。 憎しみや怨みで変異したゾンビとは、暗黒の核を神聖なる力で斬り裂かれると、塵へ還るのじゃ。 暗黒魔術や死霊魔術でゾンビに変わると、確かに遺体は遺る。 じゃが、神聖魔法に触れれは、即座に塵へ還るのじゃよ。 処が、2度、3度と暗黒魔術や死霊魔術で変異の呪術に肉体を曝されてしまうとな。 倒されても尚、強い闇の力に支配されてしまい。 神聖魔法の力がなかなか及ばなくなるのじゃ」
「今回のゾンビは、そうしたモノと?」
「僧侶が3人も掛かって浄化に手間取る様ではな、それも頷ける」
話を聴いているアンジェラも、内心に安堵とモヤモヤが合わさりする。
(嗚呼、アレはその所為で…。 まだまだ、私は力が及ばない事だらけですわ)
遺体を直ぐに浄化する事が出来ず、また力が弱く成ったかと怯えたアンジェラ。 然し、答えを聴けば聴いたで、力不足と感じる。 ニルグレスが遣るのを止めたのは、アンジェラと神官戦士の2人。 言い出した事を為せないのは、やはり未熟さを感じる事だ。
Kより。
「3人掛りでもこの短い間で灰に出来たならば、やはり死んだ魔術師の術者としての力量が低かったからだ。 完全に呪術が成功していた場合は、身体を切り刻んで部分的に浄化するしかないからな」
恐ろしい事を淡々と言うKで。 カシュワやナダカークですら寒気を覚える。
だが、頷くのはニルグレス。
「確かに、の。 変異呪術は、中等魔法じゃ。 遺体を燃やしてから浄化するか。 細かくして部分的に浄化する以外に方法は無くなってくる」
こう言ってから。
「然し、あの友が観た記憶の中の洞窟の様子からして、呪術が行われたのは数日以上も前と見た。 不死者達は、何故にこれまで街道へと来なかったか」
疑問を呈す。
頷くのはKで。
「もしかすると、既に他の犠牲も居たのかもな」
「ん? 他の犠牲とな」
「あぁ。 街道付近に来て、旅人や冒険者を襲って溝帯側にまた戻っていたのかもな」
「あ! ん、んん…。 それも有りうるか」
「とにかく、ロアルの街で兵士を動かし、あの辺の捜索をした方がいいンじゃないか? 神殿勤めの僧侶を同行させて、戦う手が足らないならば冒険者も着けてよ」
「ん、ん…」
頷くニルグレスは、
「のぉ、友よ」
と、Kへ身を乗り出す。
「何だ?」
「あの不死者達は、どうして?」
「まぁ、それは滅びの町エセオに関わる事だろうよ」
「あの、噂を信じた者達か」
「それだけじゃねぇ。 冒険者の規定を違反して、勝手に請けた依頼を成功させようと、な。 ゴロツキから屯する冒険者達を金づくで掻き集めて溝帯側の奥へ向かったバカも居た。 斡旋所の主の1番上の姉の推測では、この1年内に300人以上は消えてるらしいと懸念している」
「何とっ。 それは、また大人数じゃな」
「最近の巷の噂じゃ、その金儲けの話に乗ったのは、冒険者やゴロツキだけじゃなく。 金に困っていた住人も居るとか。 元冒険者、現役で役人やら兵士者と働く者とかも。 コッチからすると、良くもそんな話を信じて溝帯側にホイホイと入れるモンだ。 危険を知りもしないでよ」
「確かにのぉ」
ナダカークは、先のニルグレスが浄化に向かったエセオの事は知っていた。
「あの滅びた町に、もう宝など無いだろうに…」
すると、Kが含みの有りそうな笑みを見せて。
「大方の遺る財宝って奴は、俺達が先に持ち出した。 町を治めていた領主の館から全て持ち出したからな。 他は、何も残っちゃいねぇよ。 残りの滓みたいな金目のモノを浚うなら、命と金の無駄をするしかない」
政務官ロクアーヌは、それは聞き捨てならないと。
「持ち出した物は、どうしたの?」
「俺の居るチームのリーダーをするスチュアートは、“バカ”の付く真面目だ。 歴史的な遺物は、個人の物にするのは間違いだとよ。 仕方ないからヒルバロッカの博物館に賃貸的な寄贈をしちまった。 その賃貸の金は、斡旋所の受け取り。 今は、冒険者への水増し報酬、街道警備依頼の成功報酬や、イスモダルの1件で家族を亡くした家への保証金だのに充てられている。 相当な金なのに、無欲なこったな」
博識な貴族でヒルバロッカは有名人。 彼女の名前が出た事で、ロクアーヌすら困惑しても押し黙る。
この話に、ニルグレスより。
「この前か、噂から儂も遺物を見学したが。 あの様に素晴らしいモノを寄贈か。 お主より、スチュアートの方が立派じゃの」
「ああゆう所は、アイツらしいな。 奴の父親は、違う国で斡旋所の主をしているみたいだから。 そうした冒険で手に入れたモノの持つ意味を理解している。 数年もすれば、父親の跡を継げそうな者と成るだろうよ」
「有能じゃ、な」
「可能性として、だ。 そうなるには、まだまだ試練は続くだろう」
Kとニルグレスがスチュアートを認めている。 この話を聴くアンジェラは、己の甘い考えだった過去を振り返り。
(覚悟・・。 ですから、ケイさんは今もこのチームに……。 私は、確かに確りとした覚悟など無かった………)
先頭の荷台でこう話が続く最中、昼を過ぎて街の手前の最後となる休憩地点に来た。 水車で運河の水を組み上げては、砂利や木炭や穴の空いた地層を通して濾過する古い浄水のやり方で井戸を維持する所に着ける。
降りるなり、ミラがスチュアートと来て。 政務官ロクアーヌやKは話し合いに。 アンジェラやレメロアは、馬の世話をセシル等と手伝いながら話をする。
処が、この休憩は差程に長く無い。
少しKが居ないと思うと。 運河の通る亀裂の様な人工の谷を飛び越えて来て。 皆が休み始めた井戸の横の東屋風の場所にて。
「アンジェラ。 レメロア。 馬に水分は与えたか?」
蚊を嫌って、少なく虫除けを焚いたばかりのアンジェラは、東屋の下で休もうとしていた。
「はい。 ですが、オーファーさんが…」
馬場を抜けて来たKは、表情の固いオーファーと見合うなり。
「オーファー、直ぐに出立の準備を急がせろ。 理由は、間違いない」
「嗚呼、やはりですな」
「俺は、ニルグレス達の方へ。 スチュアート達は、その商人サマの連れて来た者達を動かせ」
頷くオーファー。
言うや、直ぐに踵を返して荷台の方へ向かうK。
スチュアートがオーファーに問う前に、オーファーは傍に居たウレイナも見て。
「〘風嵐〙(かざあらし)が迫って来ているのだ」
「えっ?」
「わぁっ!」
「ヤバっ」
スチュアート、セシル、エルレーンが驚く。
オーラの具合より、自然のオーラが乱れ動いていたのは、セシルやレメロアやアンジェラでも解っていたが。
「今すぐに、移動しなければいけませんの?」
「向かう方向がこちら寄りに成ったのです。 街へ急がねば、この辺りは街道が大きく西側へ寄っています。 夕方を前にして、砂嵐に包まれるかも知れません」
これを聴いたウレイナは、前は見事に風嵐の中を抜けたKの事を思い出し。
「ムガスマスさん、早く動きましょうか」
「うむ。 砂嵐は、時に竜巻も伴う。 周りに遮るモノの無い街道上は、特に危険じゃ」
以前の経験は、新たな機会でも判断の基準となる。 スチュアート達が動く事で、ミラが来て。
「風嵐って、ケイが言うのよ」
スチュアートが頷き。
「自然魔法遣いのオーファーも心配してます。 砂嵐が来る前に、街へ向かいましょう。 無理に急がずとも、ゆっくり向かっても回避は出来そうです」
「あ、解ったわ。 皆を呼んでくる」
もう、此処まで来れば先頭の荷馬車がどれでも構わない。 ウレイナの乗り込むスチュアートの操る馬車が先頭となり。 他の馬車を間にして、殿はKの操る小型の馬車。 ニルグレスの乗る馬車は、レメロアとグレゴリオが乗る。 兵士も馬は操れるので、いざとなっても大丈夫と。
出発時、政務官ロクアーヌはもう少し長く休憩を求めた。 だが、ニルグレスが風嵐を感じていたから、それを抑えた。
馬車が走り始めて少しすると、次第に風が強く吹く。 荷台より幌を捲って彼方を視るニルグレスが。
「まこと、風嵐じゃ。 遠くの空が曇り始めたわえ」
ロクアーヌは、やはり机上の仕事が主な為か。
「大司祭様。 まだあの様に遠いです」
「ほっ、風嵐の移動は神の荒ぶり。 風が強まり暗雲が見えたとなれば、あれよあれよと近付いて来るぞ。 風の蠢きからして、このまま行っては掠める程度じゃろうが。 休憩を長くしていたら、途中で停るしか無かったわい」
その視界に、普段は荒野を歩くマギャロが急いで走り去るのが見えた。
兵士の1人は、それを見て。
「マギャロがあんなに焦って走ってる。 何かに追われているのかも」
ナダカークは、経験から何となく察する。
「もしかすると、火だるま蟻かもな。 風嵐の前には、火だるま蟻が狩りをする。 アレには、モンスターでも敵うまい」
こんな雑談の中でも、彼方に広がる暗雲が忍び寄る様に見えた。
先頭を行くミラやスチュアートを乗せた馬車には、ウレイナとムガスマス老人も居て。
ムガスマス老人は、馭者席に来ては空の彼方先を見て。
「いよいよ風が強う成って来た。 あの空模様からして、風嵐は近い。 一時、砂嵐の中を通らねば成らぬかも知れぬな」
馬を操るスチュアートが。
「早めに動いて良かったですね」
「うむ。 砂嵐に包まれると、馬車の車輪が砂で軋む。 壊れる要因となるからの、早く動いて間違いはない」
そして、夕方を前にして。
街道の来た後方の遠くが砂嵐で見えなくなる。
レメロアはフードに布を口や鼻に巻く。 同じく布を頭から口に巻いたグレゴリオは、馭者席で立ち上がって後ろを観た。
(これが噂の風嵐か。 真っ直ぐに見える街道の来た後方が砂嵐に遮られて見えん)
パラパラと幌に砂や小石が当たる音がする。 後の幌を捲って観るカシュワや兵士は、砂嵐の領域が後方の景色を切り取ったかの様な様子を見ていて。
「あの包帯男の話通りに動いて正解だったな」
「ん。 砂嵐に巻き込まれれば停るしかない。 強風の荒れ狂う中で下手に馬車を動かせば、横風で転倒する」
「然し、こんなにも此方は晴れて居るのに、砂嵐の方は全く見えない。 恐ろしい光景だ」
カシュワは、こう話す兵士達へ。
「あのケイと云う人物の忠告は絶対に聞きなさい。 彼は、こうした自然からモンスターの事まで熟知している。 絶対に見捨てられる事は無いわ。 慢心はせず、任務に勤しんで」
最後尾を行くKは、強風は受けても砂嵐は回避したと。
(まぁ、不必要な無理は回避できたか。 馬には悪いがな。 それよりも、あの不死モンスターの件はどうしたモノか。 まさか、奴〘プロフェッサー〙と関わりが無ければいいがな)
真後ろで吹き荒れる砂嵐を何ともせず、Kは過去に遺恨を残す事と成った或る人物の事を思い出して居た。 その人物が居る場所を知ったならば、今にでも斬りに向かう。
この辺りで不死モンスターを生み出す暗黒魔術師と、その人物は関係が在るのか。 その事を示す明確な痕跡は何も無かった。
それから少しして、夕日が沈み掛けた。 影となる街道は赤黒い景色に変化した頃。 2日を掛けてロアルの街にスチュアート達は入った。 ロアルの街は、溝帯側に突き出す大きな楕円形の市街地と。 西側の丘の上に築かれた台形型の街の2段となる大きな土地を持った街だった。 丘の上の街は、上級となる役人やら貴族が暮らす地域。 溝帯側の大きな市街地は、一般の住人が住み暮らす場所。 最近、金を持った貴族が発展を見込んで新たな地盤を築こうと移り住んで来たが。 荒地が多いロアルの街は、自給自足が成り立っていない。 食糧の大半を移動する商人に頼る為、生活費がほかの街より高い。 故に、街の発展計画は、運河に使われる用水を大量に引き込んで成り立たせていた。
街に入る馬車だが、入口の大きな門の前から篝火となり。
馬車を動かすスチュアートは、その様子に。
「わぁ、固形燃料のランプの明かりじゃないんだ」
エルレーンより。
「そうだよ。 ロアルの街で明るいのは、中心街って云う繁華街と、偉い人の居る上の街だけ。 コッチの下の街は、中心街って所の他はとっても薄暗い。 出歩くのは、昼間の方が良いわね」
同じくウレイナからも。
「ロアルは、まだまだ不安定な街なの。 最近は、ゴロツキや悪党もまた増えたし。 皇都で威勢を張れなくなった貴族達が新たな商業基盤を築こうとして、此方で名前を傘に着て権力を振り翳す事もね。 私も店は持っているけれど、力は程々にしか入れてないわ。 正式な統括長官も居ないから、貴族の意見を取り入れる政務官が賄賂とか求めて来て。 どんな事で悪事の飛び火を貰うか解らないもの」
困る顔のセシル。
「貴族が悪事を助長してるじゃん。 そんなの貴族じゃないよぉっ」
既に兵士と馭者を代わり、此方に乗って居たレメロアとグレゴリオで。
グレゴリオが。
「ニルグレス様や騎士殿達を乗せた馬車は、上級地区へ向かうと聴いた。 我々は、早く宿を探すとしよう」
ウレイナは、その当てが在るので。
「中心街に向かって。 三角の目印が通りに立ってるから。 暗くても、何とか解るの。 ほら、アレよ」
大門から入ると、馬場を持つ馬屋や乗り合い馬車の停留所などが篝火を焚いて有り。 その先へ向かうと、街路樹の左右の奥には、煉瓦造りの家々が広がる様に成る。 薄暗い道は、石の板で舗装されているものの、明かりが乏しいので、通行人が誰しも黒く見える。 通りを横切る者が居ると、危なくて怖い。
荷台や馭者席にランプを下げるスチュアートは、ウレイナの案内で街中に向かう。 途中で、ニルグレス達を乗せた馬車が大通りを右折して去った。
大通りですら、固形燃料のランプの街灯の光が薄暗い。 使っている芯が安物なのか、固形燃料のそれ自体が粗悪品なのか。 それでも、大通りを行くのが安全で。 陽が暮れる時に中心街へ。 一気に明るくなり始めたのは、飲食店やら宿屋が犇いて、明かりが何処からでも見えるからだろうか。
「わ、明るいぃぃ」
喜ぶセシル。
アンジェラも安堵して。
「賑やかな所は、安心感も在りますわ」
人の往来を気を付けて、大きな宿屋に向かう。 裏手に広い馬場も持つ宿屋で。 ウレイナが掛け合うと、料金が安く成った。
「結構な構えの煉瓦造りの宿だ」
オーファーが馬場より5階建ての“コ”型となる宿を観て言う。 馬車を止めるスチュアートや手伝い人を心配して一緒に来たグレゴリオも。
「周りの建物と見比べても、なかなか立派。 安全な宿を選んだらしいの、あの商人殿は」
「グレゴリオさんは、この街に滞在は?」
「ん。 レメロアと3日ほど。 だが、斡旋所の主が老人と若い娘でな。 屯する冒険者が幅を利かせ様としていて、どうも仕切り回しが良くなかった」
「なるほど」
「バベッタの街に来て、スチュアートやお主達と一緒に成ってから聴いた話だが。 このロアルからも、多くの者が宝を求めて溝帯側へ入ったとか。 それでも、不死モンスターの数があれでは、警戒する側も大変だ」
馬の世話は手伝い人がするとして、先に宿の中へと向かうグレゴリオとオーファーとスチュアート。 先に降りたミラ達も、遅く成ったので本日は動かないと宿に入ったらしい。
宿内にて、手伝い人達の部屋からスチュアート達の部屋の手配を確認するウレイナ。 護衛の剣士2人と部屋のそれぞれを見て周り。 後からスチュアート達の部屋に来ると。
「今夜は、私も皆さんと大部屋に泊まります。 ミラさんやムガスマスさんも一緒なので、宜しく」
驚くスチュアートで。
「あ、この大部屋は、その為に?」
「と、云うか。 今、秋の音楽祭に向けて人が集まって居るの。 だから、個室の上等部屋は満杯みたいね。 私は、皆さんとなら一緒でも構わないわ。 寧ろ、1人で上の階に泊まると、面倒が多そう」
セシルが頷くや。
「さっき、私も誘われし」
受付にいた時だ。 上の階から降りて来た男性の厭らしい視線を貰うや、オーファーの背に隠れたアンジェラも。
「ああした方は、怖いです」
困った笑みのウレイナで。
「セシルやアンジェラやエルさんは、見た目からして綺麗だものね。 発展途上で色んな人が居るこの街じゃ、異性の欲望の的にされても仕方ないわ」
その視線や誘いを断って辟易しているエルレーンは、もう鎧を脱いでいて。
「それは、ウレイナ様も一緒でしょ。 大商人って肩書きも有れば、お金の魅力も嵩増されてとんでもない狙い目よ」
「その話には、何も返せないわ。 はぁ…」
さて、この宿ですら温泉は無い。 お湯を溜められる洗面器の一回り大きいモノが在る小部屋にて、身体を拭くぐらいだ。 個室の風呂は、もっと値段の高い部屋のみとなる。
大きな花瓶の様な水瓶に、お湯を貰って小部屋に運び。 女性達が身体を拭き始める。 仕切りで区切るからか、オーファーやスチュアートなど男はベッドにて身体を拭く。
そこに誰かからの誘いを断りながらミラも来て、どうでも良い雑談をするも。
「あら、ケイは?」
遅いと感じるセシルで。
「今更ぁ? ニルグレス様やあの政務官様と一緒に行ったぁ〜」
「え? 馬車は?」
「あ、ウレイナ様の連れて来た人と入れ替わった」
「夕方の休憩の時?」
「そ」
Kは、まだ居ない。 ニルグレスや聖騎士達と一緒に行ったのだ。
部屋に食事を運んで貰う。 簡単に早く出来るモノを多めに頼んだが、セシルがもしゃもしゃと食べながら。
「ん・・ね。 ミラと一緒に来た、あの人達さ。 みんな冒険者なの?」
堅焼きとなる冷めたパンを割くミラで。
「カイルとローナは、夫婦で道具屋を営んでるの。 元は、この大陸の東側で冒険者をしていたらしいけど。 ローナが身篭ってから、身を落ち着ける場所を探してコッチに来たみたいね」
オーファーより。
「あの帽子の御仁は、中々に遣い手と見受けましたが」
グレゴリオも頷く。
「あの人物は、様々な武器を扱えると見た」
「ウォクランさんは、世界の中心の島となるコンコース島の出身。 商人の家に生まれたみたいで、若い頃から冒険者として東の大陸を主に動いていたみたいだけど。 40後半に成ってからコッチに来て、色々と有ってバベッタに腰を据えたの。 酒場を営んでるし、飲食店もね。 だけど、腕をサビ付かせたくないらしくて、こうした依頼には加わってくれるの」
「なるほど」
そこへ、ウレイナより。
「あの立派な体格の女性は、私も見た事が有りませんね」
「リンドは、最近に流れて来たのよ。 チームの中でリーダーを誰がするか、リーダーの人が引退する事で諍いが出ちゃたみたい。 信頼が無い者は怖いって、抜けて来たみたいよ。 あ、彼女と私達姉妹は、東の大陸に居た時からの友人」
セシルは、クルフが抜けた時のゴタゴタを経験するだけに。
「あちゃぁ〜〜、そりゃ他人事に思えない」
スチュアートも。
「だね」
処が、此処でミラが。
「はァァァ…」
深い溜息をする。
アンジェラが隣なので。
「どうされましたか?」
「ん。 実は、ちょっと問題なのは、テリーシャよ」
スチュアート達があの色っぽい狩人の中年女性を紹介されたのは、ケイに殺人容疑が掛かる前で。 人当たりも良く気さくに話せる相手だから、エルレーンは何事かと。
「テリーシャさんが・・どうかしたの?」
パンを置いたミラで、肘杖して物思いに耽るや。
「人は、とっても良いのよ。 テリーシャって、優しいし。 でも彼女って、若い色男が好きでね」
ウレイナが笑い。
「それは、テリーシャに限らず、でしょ?」
「ん…。 でも、流れて来た若い狩人の男の子と一時ばかり恋愛に落ちて、今やお腹に赤ちゃんが居るみたい」
「まぁ。 じゃ、結婚?」
地元の冒険者とも面識が有るウレイナは、テリーシャの事を聴いてこう言うも。
少し呆れているミラが。
「ううん。 狩人の彼は、名を売りたいってスタムスト自治国に行ったわ」
これには、セシルも、アンジェラも、エルレーンも驚く。
「はぁ?」
「あ、・・本当に?」
「嘘、抱かれて捨てられたみたいじゃない」
頷くミラ。
「ま、テリーシャは、薬草や常備薬なんかの御店を営んでるし。 母方の血縁となる義理のお姉さんが一緒に助けてくれてるから、子供のことはそんなに心配して無いケド。 実は、テリーシャの妊娠ってこれが3度目。 子供が2人、義理のお姉さんの子供として居るのよ」
ウレイナも含めて、この場の皆が何も言えなくなる。
ミラは、その沈黙の意味が良く解る。
「だわよ、ね。 テリーシャも、ちゃんと子供は可愛がってるし。 若い頃に大病をして、子供が出ない身体に成った義理のお姉さんだから、あの関係も成り立ってるンだろうけど。 テリーシャだって、もう40歳目前。 このままだと、まだ何人も身篭るンじゃないかしら。 生じ、色っぽいしね、彼女」
驚きの事で、セシルより。
「でも、さ。 その義理のお姉さんって、良く引き取ってるね」
「テリーシャの義理のお姉さんってね、元有名な軍人の娘さんなの。 で、そのお姉さんのお母さんは、駆け落ちをして夫と娘を捨てたのに。 そのお母さんが作って捨てたテリーシャを、義理のお姉さんとお父さんが拾ったみたいね」
「げ、立派じゃん」
「でしょ? まぁ、彼女も薬草の見分けとか、武術の一通りは覚えて。 若い頃から狩人として自立はしていたテリーシャは、その内に冒険者としてチームに入り、北の大陸を移動してたらしいけど。 最初の結婚を考えた恋人が、商人の息子って云う剣士で学者の男性だったンだけど」
エルレーンは、彼女は結婚していないので。
「でも・・結婚は………」
「そうよ。 結局、2人の結婚は認められなかったらしいわ。 その相手の男性は、東の方のマーケット・ハーナスに帰っちゃって。 その時、手切れ金の代わりに今の御店を彼女が貰った訳よ。 その時、最初の子供がお腹に居た訳ね。 で、テリーシャの身の上を心配していた義理のお姉さんは、ウレイナ様ともお知り合いの貴族系商人で。 その本店として皇都クリアフロレンスに大きな店を構えているのだけれど。 子供の事を聴いて、養子に貰う事を提案して。 それから提携店としてテリーシャのお店を支えてる」
中々の事にビックリのセシルで。
「あのオネーサマは、ソッチの処がユルユルなんだね」
「捨てられた一時は孤児だったテリーシャは、男性からの、父性的な優しさに飢えてるのよね。 だけど、どうも未熟な若者の方が気楽なのか、何だか良く解らない処が在るのよ。 んで、男性からその辺に漬け込まれると、ホント弱いのよ」
「んん〜、勿体ないなぁ。 テリーシャさんって、色っぽいし、姐さんみたいな割にとっても他人の面倒見が良さそうだし。 飲んでも、すっごく話易いしね」
頷くミラ。
「別に、誰彼と男性にだらしない訳じゃ無いけれど、好みの相手には・・ね」
スチュアート達を相手にすると、ミラはどうも気を許すのか。 地元の者では無い者へこんな込み入った事を話すとは…。
グレゴリオやオーファーは、どうしようも出来ない事だから余り口は挟めない。
だが、セシルより。
「てか、さ。 前にも、ミシェルさんのお願いで色々と動いてくれた人なんだよね」
「そう。 頼られたがる性格のテリーシャは、頼まれると引き受けちゃう人柄なんだけど。 時折に仕事を回すミシェル姉さんだから、向こうも良く思ってくれてるみたい。 あなた達が溝帯側から大量の売り物を持って来た後も、捌く手伝いとして情報収集に動いてくれた。 此方のウレイナ様にも、手を貸して貰ってるから。 ま、お金に成る様に手伝って貰うの」
悪党組織から奪った様な形の物なので、慎重にして構わないと思っているスチュアートだから。
「ケイさんのお話だと、中々に危うい品も在るとか。 慎重にして貰って構いませんよ。 もし、役人さんに咎められる様な物ならば、処分も大丈夫です」
すると、ムガスマス老人から。
「1番に危険な薬物に成る物は、全てケイが素晴らしい薬に変えてくれたよ。 問題なのは、薬にも、違法な薬物にもなる薬草や、強欲な商人に渡れば、悪戯に値を釣り上げられそうな物などじゃろうな。 使い方では、劇薬の部類となるが病の特効薬になりそうなモノも含まれる。 斡旋所の主殿も、全てをウレイナ様へ流して、他の商人達から咎められるのが怖いのじゃろう。 依頼の要求で取ったモノでは無い。 競りに掛ける事で公平性と透明性を示す様にするのが斡旋所の主らしいが。 欲しがる者が中々に腹中が黒い輩も居るからの、単に売れば良いともゆかんのだろうな」
頷くウレイナで。
「この街の競りの大元は、商業会なの。 他の国では、斡旋所になってる所も在るみたいだけど。 斡旋所は、競りに掛ける優先順位の最初の権利を持っているけれど、その売る相手を自由に決めれない。 ミシェルさんは、随分と他の商人さんから売りを急かされてるみたいで。 競りの目録を出した矢先から圧力を受けてるわ。 あの圧力を掛ける商人さん達、まるであの品物を手に入れる予定だったみたいに…」
セシル、エルレーンの顔が変わった。
セシルが不満面となり。
「圧って、何か一方的に偉そうじゃん」
少し怒ったらしいエルレーンも頷いて。
「それって、何か怪しくない?。 言い方を変えれば、その商人達は怪しい商品が来る事を知ってたみたい」
頷くウレイナで。
「私も、同じことを感じたわ。 残った商品は、日持ちのするモノなんだけど。 私は、競りにもっと商人を呼んだらどうかって、ミシェルさんに言ったの。 競りには、手数料を払いさえすれば、商業会の他の商人さんも入れる。 少し時を貰えるなら、私が手配するって言ったの」
此処で、オーファーより。
「その残った商品とは、普段から売られるモノでは無いのですな」
「そうね。 溝帯側の荒野に踏み込んだ所で採取される物は、商業会から纏めて依頼を出すのが決まりなの。 勝手に斡旋所へ依頼を多く出せば、過去に在った出来事の様に冒険者同士の争いに成るわ」
眼を凝らすオーファーや皆で。
「それは、依頼の物の奪い合いと云う事ですか?」
「そうみたい。 私は、前の斡旋所の主をしていたお婆さんから聴いたのだけれど。 商業会が特定の薬草や物品の依頼を纏めて出す様にする取り決めは、過去に商人達が個人個人でそうした依頼を出す時に金を積み。 採取された依頼の要求された品物を冒険者同士が奪い合う事態に発展した為だって。 悪党組織、商人から賄賂を貰って庇護する貴族とかも絡んで、貴重な品物に纏わり随分と血が流れたらしいわ。 その死人の影響で、不死モンスターも一時ばかり増えたって」
頷くムガスマス老人も。
「その話は、儂も師匠より聴いたの。 特定の薬の原料に関してだけは、商業会を通じる事を取り決められたと。 それに、過去にもその商品を巡って、取り決めの後も奪い合いが起こった。 どうも、街の商人以外にも欲しがる輩が居て、時に採取した冒険者が襲われた事も繰り返し在ったそうじゃ」
「それは、どうしてですか」
「ん。 その品物とは、毎年毎年に多く手に入るモノでは無いし、常に高値の取引で数も少ない。 手に入る場所は、溝帯側か、北の山間部に限られる。 売り捌けば大金が入るのは、間違いの無いモノなのじゃよ」
「なるほど。 それほどに貴重な品物と云う訳ですか」
「そうじゃ。 ま、溝帯側に踏み込んで依頼された物を採取するとなれば、生中の腕前では無理。 大半の冒険者は、その襲撃を跳ね返したそうじゃ。 じゃが、中には毒を使われたり、色仕掛けも在ったり。 善意を逆手に取られたりしたそうじゃし。 時には、仲間割れも・・な」
冒険者をするスチュアート達は、その様子が見える様な気分と成る。 今でも、時に悪党みたいな冒険者達に訊ねて来られ、寄贈した宝物の情報を求められる。 斡旋所の言い付けで口外はしないと言っても、脅しを掛けられる。 これまでに2度、夜に待ち伏せを受けた事も有る。 グレゴリオは、2度目の襲撃を躱した際に、ミシェルへ言った方が良いとスチュアートに言った。
だが、こうした事は金が狙いで、斡旋所がどう対処しようと変えられるモノでは無い。 無用な諍いを広げない様にするとしてスチュアートは言わなかった。
そして、ミラが。
「取り決めをしてくれて、コッチは助かるわ。 大体、スチュアート達が滅びた町エセオから宝を持って帰って来た後。 商人だの、溢れた冒険者達から情報を寄越せって煩かったの。 今も、そうした金になりそうな物を求めて、無茶苦茶な依頼を出そうとする人は居るし」
同じ商人として、その情報を手に入れて欲しいと頼まれた事も在るウレイナから。
「そうした場合は、ミシェルさんはどうしてるの?」
「ん。 姉は、やっぱり主向き。 最近は、そうした事に強い対処をする事にしててね。 基本、危険な依頼は街の政府の許可も絡む事も多いから、相談の上に考える。 もし、そうした依頼を出して冒険者が亡くなったとしても、場所が場所だから。 無理強いの末の事は、責任は取らないって。 また、その事態の果てに街道等にモンスターの被害が出た場合は、そう云う依頼を持ち込む者、全員へ対処の費用を請求すると。 政務官から軍人さんまで、貴族や商人のゴリ押しを怖がってミシェル姉さんの意見を呑んでくれてる。 今回の街道のモンスター騒ぎも、元を正せば貴族や悪党や屯する冒険者の招いた事だから。 街の行政でも法整備を考えるかもね」
「それは悪い事じゃ無いですね。 私は、その時には支援する」
ウレイナ程の者が云うと、ムガスマス老人も。
「モンスターが出ては、その流れも仕方ない事じゃな。 悪魔の召喚が、こんな近場で行われたとは。 正直な所で、儂も震えが来たわえ」
様々な話が、こんな所で交わされる。
食事の味が薄く感じたグレゴリオで。
(ふむ、ケイは今頃にどうして居るか)
居ない男の存在を欲した。
この日、Kは宿へ戻らなかった………。
★
ロアルの街にスチュアート達が入ってから3日後。
良く晴れた空の下、ゆったり歩く馬の足音が街道に聴こえる。 20台を超える荷馬車の商隊と擦れ違いにて、レメロアの操る荷馬車が先頭で南へと。
レメロアの脇にはグレゴリオが。 その真後ろの空く間には、Kがゴロンと横に成っている。
「右側に、四つ叉の大きな仙人掌が2つ見えるまで、街道を行け。 この辺りで悪魔の召喚もできそうな廃神殿と言ったら、愛欲の女神を祀っていたポルフィン神殿だろう。 嘗てロアルの街が〘ピユリグアンの街〙と呼ばれていた頃に造られた神殿で。 昔に在った街道の中継地だった」
レメロアの反対の横には、何故かニルグレスがフードを被って座り。
「ほっ、ピユリグアンとな。 ロアルの街がそう呼ばれていたのは、超魔法時代の後期の事と聴いたな」
横になるKは、眼も開けず。
「厳密に言うと、全く不明だ。 あの愛欲の女神を祀った神殿には、神殿を神殿たらしめる神の像が配置されていないし。 隠し通路を下ると、牢屋の様な小部屋が20を超えて造られている。 もしかすると、危ねぇ取引や男と女の密会場だった可能性も在る。 神殿自体が、何かの目隠しとして造られたかも知れねぇゼ」
「ふむ、あの時代の事は、ハッキリしないままだからの」
「おう」
話す2人で、レメロアはなんの事だか良く解らない。 歴史に興味は当然の様に有るレメロアだが、魔法学院に居た頃は雑学を学ぶなど無理、それ処では無かったからだ。
だが、大きな変化は馬車の荷台の様子に在る。 揺れる馬車に乗るのは、何故か神官戦士の大男の2人と若い僧侶の女性3人のみ。 政務官ロクアーヌ、聖騎士のナダカークやカシュワに、護衛の兵士6人は乗って居ないのだ。
また、別の方にも変化は在る。 レメロアの操る荷馬車の後ろ。 寡黙な年配の手伝い人、若い男性の手伝い人が操る各荷馬車が後続と続いて、最後尾に成るスチュアートの乗る荷馬車には、どうしてかミラ達が居ない。
今日は、良く晴れて暑くなりそうで。 荷台の幌を捲って居るセシルが。
「暑ぃぃぃーーーっ。 冷たい水が何処にもニャイっ」
煩いセシルを見るオーファーより。
「我儘なハーフエルフだ。 朝に、たらふく果汁を飲んだだろうに…」
馭者席に座るスチュアートは、セシルとオーファーの様子を笑いながら見て居るのだが。 直ぐに気持ちが逸れる。 思い出すのは、今朝までの忙しなく、衝撃の連続で落ち着かなかった3日程の事だ。
(はァァァ。 ケイさんと一緒に居ると、何だかコッチまで凄腕の冒険者にされちゃうよ。 ホント、ケイさんは敵にしたくないぃ)
ロアルの街に入ってから3日。 とんでもない劇震と云う出来事の雪崩に巻き込まれたスチュアート達。
さて、この事は、余りに複雑で大事だ。 短い3日間に解った事だけを綴ってみると………。
数年前、皇都よりロアルの街へ移住して来た貴族の一部が結託し、斡旋所と勝手で利的な協定を結ぼうと画策した。 当然、冒険者協力会の掟を大きく逸脱した規定違反の内容だ。 その事が現実として動き始めたのは、凡そ2年程前。 当時、ロアルの街の斡旋所には、年老いた元有名冒険者と、その息子夫婦の元有名冒険者が家族で主をしていた。 この息子夫婦を唆し、秘密裏の協定を結ぼうとした貴族達だったが。 真っ当な冒険者だった者がそんな約束をする訳が無い。 密約の事を突っ撥ねる夫婦は、戻って協力会と話し合うと貴族達へ言った。 何ともアホらしい事だが、皇都では貴族の威厳を着て振り翳して居た者達。 貴族のソレが通用しないと解れば、どうして良いか賢い知恵も回らない。 慌てた貴族達は、部下を使って夫婦を監禁。 何とか密約を呑ませようとしたが、雇った悪党紛いの者の強制的な遣り方が夫婦を死に至らしめた。
斡旋所の主を殺すと云うとんでもない事をしたと焦る貴族達は、夫婦の死体を始末する事に困った。 この時、この街に移り住んで来た魔術師に、暗黒神を信仰する者が居て。 悪党紛いな者を通じて相談をし、彼は死体を始末する事を引き受けてくれたのだ。 そして、この事が今の状況に繋がる。
遺体を始末したとした暗黒神を信仰する魔術師は、貴族の庇護を受けて悪魔の召喚を試みる事にしたとか。 仲間を呼び寄せ、街に来る浮浪者や屯する冒険者などを嘘の話で誘い出しては、ポルフィン神殿に連れ込み。 悪魔を呼ぶ儀式と称する拷問をして殺害し、密かに悪魔の召喚を試みたらしい。 拷問をするのは、殺す者の魂を高い確率でゴーストや怨みや憎しみで悪霊化するのが目的だ。
3ヶ月ほどして、貴族達にこの情報が上がって来ていた。 魔術師達が人攫いをしていると云う事。 だが、行方不明となって居るのは、流民、定住者では無い浮浪者、バベッタの街から移動して来た屯する冒険者等。 税金を納めない者は虫けら以下としか認識しなかった貴族達で、寧ろ要らない者が街から消えて片付くと無視していた。 その結果、1年以上もの間、何となく人攫いをしている事を知っていたのに放置し。 また、老人となる斡旋所の主から訪問を受けて尋ねられても、知らぬ存ぜぬで死なせた夫婦の行方を隠した。
この時、目下の面倒は生き残した主の老人と思って居た貴族の彼らで。 悪しき魔術師達に相談。 その結果、屯する冒険者の一部に金を掴ませ、斡旋所の運営を邪魔させ。 何か変化が在るなら報告させていた。 悪しき魔術師達からすれば、自分達の行動を阻害する最大の敵は斡旋所と解って居た。 だから、その抑止力として貴族達を利用したのである。
一方、斡旋所の主の夫婦を殺した事。 また、魔術師達が人を攫って居る事を見過ごし。 時に、旅人や移民・流民の女性を自由にする等、利益まで供与されていた貴族達。 いざ秘密が斡旋所にバレると云う時は、魔術師達や屯する冒険者達に主の老人を始末させるつもりで居た様だ。 狙いの本筋は、斡旋所の運営を屯する冒険者達にやらせ自分達の傀儡にし、冒険者を遣って事業を行うつもりだったとか。
こんな事、現実に成る訳が無い。 老人の主が消えるときは、他の斡旋所から人が遣わされたりするだろう。 また、その交代に貴族が口を挟もうならば、冒険者協力会と皇国政府の査察が入って事が明るみに成っていたかも知れない。
ま、そうは成らなかったが…。
さて、この夫婦が行方不明と成る事で、ロアルの街の斡旋所は年老いた元有名冒険者の老人と殺害された夫婦の娘が主の代行として運営する事になった。 その為、何かとバベッタの街の三姉妹の方に問題事が横流しされるのだが。 これは、屯する冒険者達の横暴を躱す事が目的だった。
スチュアート達がロアルの街に来た次の日。 今の斡旋所の実態と事件の経緯を知ったミラの衝撃は、夏に吹雪が吹き荒れる様な事に遭遇した感じだっただろう。 先ず、明けた朝に兵士の1人からKの手紙が来て、
“自分達が行くまで斡旋所を封鎖しろ。 屯する冒険者等を蹴散らしてでも、だ。 行方不明となっている斡旋所の主だった夫婦は、既に殺害されている”
と連絡を受けた後。 真実を知るのだから…。
一方で、世間の蠢きも、不思議と云うか、悩ましいモノだ。 正に、噂とは制御の利かないモノ。 “遺跡の調査で儲けよう”と持ち掛け、流民や浮浪者や冒険者を生贄の頭数に釣った魔術師達だったが。 それでも、野蛮で悪党に足を踏み入れた者は手に余る。 神殿に連れてゆく前に暴れる者も現れれば、逆に噂の真偽をネタにして脅して来る者も現れ始めた。 その為、次第に生贄の人選をする様になり。 結果、偽りの遺跡・遺物調査の噂が巷に流れ。 その噂が徐々に拡散され、どうしてか過去の滅びた町エセオに繋がり。 ジワジワと其方に欲望の熱い注目が集まった。 だが、この時は屯する冒険者の妨害と人出不足となる斡旋所だ。 一攫千金を狙った宝探しの動きを知っていても、それを辞めさせる抑止も出来ず。 慎重にする様と張り紙を出したり、危険な場所と説明する話をしても。 制御は利かずに、噂のままの通りとなる。
この間、貴族達はどうして良いかと時に会っても、無駄に話し合うぐらいしかしない。 役人に見回りをさせる訳でも無ければ。 兵士を動かして溝帯側に行こうとする者を咎める様な事もしなかった。 街の運営費は、自分達の都合の良い活動に優先させようとしていて。 こうした事に注意を促す事すら、無駄な人件費を使うと思って居た。
貴族から話を聴く魔術師達は、噂の矛先がズレたと喜んで人攫いに精を出す。
ダラダラと時だけが流れ。 滅びた街エセオへ勝手に人が向かっては、何百と云う人が消えた。 ロアルの街の老人主は、事態を憂いて商人に対策の資金を募ったらしいが。 不安定な情勢のロアルでは、商人の半分は腹黒く。 事態の緊急性を察してくれる者も少ない。 寧ろ、その情報から調査と称した宝探しの依頼を出す者ばかり。 結局、老人の主は皇都の斡旋所に事態を相談し、バベッタの街の斡旋所に対処を求める事に成る。 事実、この噂でバベッタの街からもエセオの町に多くの人が向かってしまったからだ。
この1件は、スチュアート達とKのお陰で、最悪の事態が表面化する前に封じる事が出来た。
だが、問題はその前。 ウレイナの依頼でスチュアート達が採取へ向かった時の事。 Kは、荒野を彷徨う悪魔を見付けて退治した。 この時、悪魔の召喚の場所となったポルフィン神殿は、風嵐に包まれていた。 そして、ウレイナがバベッタの街へ戻る事で、悪魔が居た事が小さな噂となる。 この噂がロアルの街にまでやって来た。 斡旋所に来る冒険者を威圧する屯する冒険者等も、実力の有る冒険者達を脅す力は無い。 駆け出しだったり、バラけて居る者のみに対して威圧するぐらいだ。 そんな彼等も、悪魔が居たと聴いては、貴族達へ報告をしない訳にも行かない。
悪魔の出現。 この事を聞いた貴族の1人は、飼い慣らしている筈の魔術師達へ不審を抱いた。 そして、遂に魔術師達へ貴族達が質問をする事に成る。 側近の者からの強い薦めで、詰問へ事態は発展し。 これまでは人身売買の人攫いと思っていたのに、実は悪魔を呼び出す為の人攫いと発覚する事に成る。
この2年近い間、魔術師達は試行錯誤をして悪魔の召喚を試みて居た。 何度も、何度も失敗を繰り返した1年半の後。 今より2ヵ月ほど前か。 下級ながらデーモンを呼び寄せる事に至った。 それが、あの以前の採取依頼にてビーストを召喚した悪魔となる。
処が、血肉や暗黒のオーラを得て悪魔が力を付けるや、魔術師達に反抗して暴れ始めた。 ビーストを召喚する悪魔が相手では手に負えないと魔術師達は逃げた。 この時、悪魔はこの場所を強力なヘイトスポットに変えようとしていたらしい。 何の為か、新たな獲物を狙おうとし彷徨った時に、スチュアート達を見付けたと云う所か。
まぁ、逃げた魔術師達の遣り方は詰まらない話で、大した計画性も無いが。 その事の噂が広がらない様に、人が消える事と魔術師達が結び付かない様に尻拭いをしたのが貴族達だ。
勘違いしていた貴族達だったが、流石に悪魔の召喚が行われていて。 その手伝いをしていた様なこの結果。 暗黒の神を信仰する魔術師達から金をせびられていた貴族達が、此処でついに根を上げた。 何かと彼らを庇って居た貴族達も、行方不明者が増えて溝帯側の荒野にゾンビやゴーストが現れたと知れば。 また、悪魔が現れたと知れば。 事態の経過を知る事で、自分達に関係の無い悪事が被さって来る事を察する。 そして、ポルフィン神殿で行われているのが悪魔の召喚と判明した。 神聖皇国は、神と悪魔の戦いを経て。 それ以後は悪魔に因る過去の歴史の様な最悪の事へ至らぬ様、北の大地に出来上がってしまった悪魔の穴を封じる為に生まれたのに。 その過去の惨事を招いた大元となる悪魔を召喚しようとしていたとは、有るまじき事。 神聖皇国政府の貴族として名を連ねた者が、悪魔を呼び出そうとする魔術師達を庇って居たと為ったら、流石にバカでも死罪は免れないと解る。 対処に困った貴族達は、金を遣るからロアルの街より出て行けと魔術師達の排除に掛かった。
だが、やりたい放題だったのに、掌を返されるが如く追い出される事に為った訳だ。 この事で魔術師達も怒ったらしい。 出て行くフリをして、街の政治が及ばない暗黒街へ身を潜めた。 その狙いは、半月後に行われる秋の音楽祭を狙って、悪魔や不死モンスターを操って音楽祭を襲撃し、ロアルの街を不死者の街に変えようと画策したのだ。 この2年程の間に、貴族達と関係を築いた強欲な商人とも知り得た彼等。 その者を新たなパトロンとして、嘘を含めて街の裏側を牛耳る計画を説明。 金を得て計画を動かし始めた。
話だけ聴くと、大それた計画と思われるが。 実際、それを可能にする有利さは過分に在ったとKは指摘している。 貴族より袖の下を貰う事で、役人や兵士の責任者達が街の秩序を半ば無くしていたからだ。 街道の警戒は、バベッタの街の兵力を頼り、ロアルの街の兵士は地元採用の兵士ばかりで士気が無い。 また、斡旋所も大きな仕事となる依頼は請け負えない状態で。 その所為か、有能な冒険者チームが居着かない。 この状態ならば、もし街が祭りと云う状態の中をモンスターが襲うと、普通の攻撃が効かないと解る兵士達は逃げ出すと思えた。 推測だが、1割程の人が死んで強力なヘイトスポットが出来上がれば、彼等の計画も制御の行かない形だが成功する所まで見込める。 もし、本当に最悪の事態と成れば、歴史的に大変な惨事を引き起こしたかも知れなかった。
では、何故にKがこの事態を知り得たか。 それは、Kが溝帯側の洞窟で見掛けた召喚魔法陣は、その計画を成功させようとした為のモノで。 魔術師達は、ロアルの街に来る旅人や移民を狙って攫い。 洞窟に出来上がったヘイトスポットを利用して、強引に強力な不死モンスターの召喚を成功させようとしたが、余りの力量不足から失敗。 暗黒魔法や死霊魔法で呼び寄せたモンスターの変異にも失敗し。 やぶれかぶれ、過去に成功した悪魔召喚を試みたものの、これも失敗した。
この時、魔法陣の組み方を間違えていた所為か、死霊魔法の暴走から不死モンスターの凶暴化を誘発させて見事に彼等は自滅した。 処が、首謀者となる魔術師は、大怪我をしても逃げていた。 その魔術師を見つけたのがKで、死ぬ前の彼から事態のあらましを聴く事となる。 貴族達から裏切られた事を恨んで居た魔術師は、身体の一部が不死モンスター化する事で自暴自棄となったのか。 質問をしたKに、何の脅し文句すら無くしてペラペラと全てを話して来た。
恐ろしく杜撰な計画の経過だが、これは猶予の成らない事とKは察した。 ロアルの街でスチュアート達と別れるや、街の役人の大方が信用の出来ない中で、知り合いの貴族やニルグレスと計って事を暴いた次第だ。 後から事態の処理へと引きずり出された政務官ロクアーヌは、街道のモンスター襲撃時からこの時まで蚊帳の外にされて怒鳴っていたが。
何故、街に踏み込むまで一部の情報をKは暈したのか。 その真実は、この少ない人数で何処まで事件に切り込めるか。 その見極めをする為と言える。 自身が貴族達を斬ってしまうか、ロクアーヌや聖騎士や兵士に任せるのか。 彼等が抑えも出来ない状況に成るならば、先に手を下す決意を見極める為だ。 結果は、辛うじてそうせずとも事は為った。 老いた有力貴族の1人で、元軍人だった者が協力してくれたお陰だ。
代わって。 一夜を明かして、斡旋所に屯する冒険者達を締め出したミラが、老いた主から話を聴いて居る時に。 事態を明らかにしたKと役人の一部が斡旋所に来て、全ての事が明かされる。 今、ミラ達は斡旋所に留まり。 この事態を受けての対応を話し合っている。 仮のチームとなった冒険者達は、ミラの護衛に回っていた。 まだ事態の変化を知らない屯する冒険者の一部が、ミラ達が主の代行をする事へ、規約違反だのとほざいている。 然し、斡旋所は、冒険者協力会を基本にし、各国首都の冒険者協力会支部の斡旋所が窓口となり。 その地方地方の斡旋所に位置づけをする。 バベッタの斡旋所は、この国内では2番目の位置づけになり。 ロアルの街の斡旋所は、最下位だ。 ミシェルが皇都クリアフロレンスの斡旋所の主、協力会本部と連絡を取り合ったので、規約違反は暴れる側となろう。
この大事件を経て、ニルグレスとお付の神官戦士は調査に来たが。 政務官ロクアーヌや聖騎士の2人と兵士達は、バベッタのジュラーディと連絡を取って対処に動き始めている。 中央皇都にこの事実が行けば、捕まえた貴族達は極刑となるだろう。 イスモダルの1件といい、ロアルの街の件といい。 余りに地方へ眼を向けない為の事と思える。 事態の重さを受け止めた姿勢を現すには、中央皇都の政府も強い対処行動を起こさざる得ないか。 で、教皇王の師となる大司祭ニルグレスの登場にて、ロアルの街の神殿から手伝い人の僧侶が出た。 人数が少ないのは、食料等の用意が間に合わないからだが。 それにしても若い女性の僧侶3人とは、神殿を預かる司祭が事の重大性を把握して居らず。 下手をすると、ニルグレスが来た事を苦々しく思っているとも感じられる。
一方、このゴタゴタの中で賢く動いたのは、他でもないウレイナとなる。 この激震が表沙汰となる間に商人のウレイナは、商人らしく素早い立ち回りをする。 自身の店に向かうや、捕まった貴族と店の関係を聴いて如何なる小さな事も含めて火消しに回り。 貴族達と関係の深い商人との取引を一時見合せる様に計らった。 その上で、スチュアート達に用意した食料を安値で売り切り。 ロアルの街に在る店で、同じ品質の食料の確保に動く。 あのおっとりした普段の彼女ではない、先を読んで動き、目利きの出来る商人ウレイナが現れた。
今、この4台の荷馬車が連なる最後尾の馬車には、冒険者のチームが乗っている。 他所より流れてきたチームで、スチュアート達とは面識のある者達だ。 リーダーは、中年女性の魔術師となるクレディレア。 紅い髪を長く白革製のローブに入れている女性で、嘗てはスチュアート達のリーダーだったクルフの知り合いだ。 チームの名前は、〘ヴェッカ=ヴェルヴェリノウズ〙(古代語:大いなる覇者の意)。 面子は、8人と云う。 スチュアート達が斡旋所にて、出発を知らせようと向かった処に居合わせた。 ミラの計らいにて、信頼が置けると急遽の協力依頼に変わった。
最後尾の馬車には、馭者をするスチュアートが乗るが。 その横に、白いベール調のフードを被り肩を出したドレス調仕立てのローブを着たクレディレアが来て。
「初日は、目的地までの移動になりそうね、スチュアート」
「クレディレアさん、急なお手伝いのお話ですいません」
スチュアートより背の高い、少しふっくら体型のクレディレアは、逆向きに馭者席へ腰を降ろしていて。
「て、云うか。 バベッタの街じゃ随分と御活躍らしいじゃない? この国に来て、少し前まで南の交易都市で動いてたけど。 貴方達の噂は聴こえて来たわよ」
「いやぁ、先頭の馬車を動かすケイさんのお陰ですよ」
「なるほど。 噂の拡散が無いのは、その所為ね」
「はい。 余りに、腕が違い過ぎる依頼をしてまして。 ケイさんが居なければ、今頃は100回くらい死んでます」
「で? クルフは別れてどうしたの?」
「あ、リーダーは、引退しました」
「えっ? い、引退・・。 あのクルフが?」
かなり驚く顔をしたクレディレア。
然し、身体を悪くしたクルフの事を知っていて、引退は仕方ないと理解したスチュアートだ。
「これまでの無理が祟りまして、冒険者として働けない処まで身体が………」
「あ・・嗚呼…。 身体を張る遣り方しか出来なかったモノね」
「はい」
「なるほど。 チームを解散した事は、風の噂で聴いたの。 それから、リュッテアールって魔術師の若い子からも話を聴いたし」
最後の一時を同じチームの仲間として過ごした魔術師の名前に、スチュアートは遠い目をして頷く。
そこへ、荷台の中からセシルが顔を見せて。
「アイツ、何て言ってた? 解散の原因は、アタシ達って言ってたでしょ?」
感情的に成るセシルを見るクレディレアは、すんなり頷いて。
「全く、その通りよ」
不満を顔に現したセシルは、荷台の柱へ遣る手に力を込め。
「あんニャロぉぉっ」
処が、クレディレアはサバサバした態度にて。
「まぁ、話の殆どは、信じなかったケドね」
セシルの横へ、荷物を避けてエルレーンがアンジェラと顔を見せると。
「何で?」
エルレーンから尋ねられた時にクレディレアは、スッとオーファーを見た。
女性達3人も、オーファーを見た。
幌の開いた馭者席前の所に座るオーファー。 団子鼻の潰れ目となる不細工面と言われる事も在るオーファーが、
「私が、どうした?」
と、問えば。
スチュアートの仲間となるセシルやアンジェラやエルレーンの様な美人か、と問えば大仰にも美人とは言えないが。 知的な中年女性の奥様の様なクレディレアの表情が少し妖しく緩み。
「最後に、一緒にクルフと飲んだ時に話して感じたけどね。 永年にチームを組んだ仲間が去った後で、彼が1番に信用していたのは、貴方だもの。 貴方が別れた何方に居るか、それで大体は解るわよ。 我儘で、無謀で、他人を悪く云う内面の悪い人と貴方は、絶対に馴染めない」
見透かされた感覚となるオーファーだが、彼女の判断は間違って無い。
「ご想像にお任せします」
こう云うだけ。
セシル、エルレーン、アンジェラは、オーファーの信頼のされ方を察した。 少し他所を向くオーファーが照れたと感じて。
「ゲーハー、嬉しそう?」
セシルが茶化すも。
「私は、駆け出しの様な時からクルフのチームに居た。 それだけ、彼とは長かった。 色々と苦労も有っただけだ」
多くを語らず、短めにこう言っただけである。
荷馬車の後ろでは、女性4人に男性3人のクレディレアのチームの仲間が集まって居た。 見てからに若者と思える者が4人、年配者が2人、中年者が1人。
日焼けした肌が年齢を重ねた長身の男性は、ゴマ斑となる髪を後ろに束ね。 魔術師らしきローブをコートに仕立てた衣服を着ていて。 馭者席で交わされる会話を聴いては、腰を降ろした体勢から幌の屋根を見上げ。
「クルフも、やはり・・か」
太陽に当たると淡い緑が髪の表面に映える小柄な若い女性の剣士は、その円な双眸を彼に向けて。
「あのクルフか。 有名な人と知り合いだったンだねぇ」
その女性と向かい合う形で座る、ノッポで太った傭兵らしい姿の短髪となる女性は、かなりのダミ声で。
「“魔物狩りのクルフ”って、有名だったものね」
コートローブの年配男性と隣に座る、皺の引っ付いた顔をする僧侶姿の年配男性も頷いて。
「クレディレアを通じて、彼と知り合った。 クレディレアは、クルフと郷里が近かったらしくてな。 クルフが若くして有名になると、彼に憧れて冒険者に成った方だ。 それに、あのグレゴリオも、知っていた」
最前の荷馬車に居るグレゴリオは、クレディレアとも面識が有り。 馭者席に座るクレディレアは、陽射しを無視して前の荷馬車を見て。
「はぁ〜、でも驚いたわ。 グレゴリオさんが此処に居るなんて、ね」
本当に、驚いたらしい。 尋ねる様なニュアンスを含めてこう言うクレディレア。
スチュアートより。
「グレゴリオさんとも、お知り合いだったんですね」
「当然よ。 私が駆け出しでクルフに会いに行った頃かな。 クルフが自分でチームを率い始めて、グレゴリオさんは元のチームでリーダーに代わってた。 2人して依頼をこなしていて、直ぐに有名に成るって解ったもの」
「へぇ…」
また、荒野の中を通る街道の南側から来る商隊の馬車を見るクレディレアで。
「グレゴリオさんも、クルフも、色々と大変だったのね。 私は、同じリーダーでも、まだ幸せな方かな」
こう言う彼女は、とても大人びた女性に見える。 容姿や顔だけではない成熟した女性の魅力が見えた。
然し、直ぐに温和な笑みに変えると。
「で? 採取の依頼らしいけど、その目的のモノは解ってるのよね?」
これには、オーファーより。
「目的は、有って、無い」
「はぁ?」
「先頭の荷馬車に居るケイさん次第だ。 採取すると決まれば、何でも採取する。 目的は、依頼主のウレイナ殿の満足加減だからな」
妙な採取の依頼に、クレディレアは困惑して黙る。
セシル、アンジェラ、エルレーンが、この採取依頼に至る顛末を話した頃。 この4台の荷馬車は、西側の荒野へと踏み込んだ。
荷馬車の前と後ろ。 開かれたままに成る先に荒野を見たクレディレアは、朝に聞かされた事を思い出す。
(あの包帯男サンに、とても高位の僧侶のお爺さんも、数日ばかり採取を見合わせてみたらと商人の女性に言ったケド。 ホントに、天候は荒れるのかしら・・ね)
これは、昨日の夜の事らしい。 翌日には採取へ出発したいと相談されたKとニルグレスが、言い出した大商人ウレイナに採取を日数ばかり遅らせる様に言ったとか。 荒天が予想されて、出発しても直ぐに2日は採取処では無くなると言ったらしい。
然し、Kが大事件を暴いた事でロアルの街は混乱していた。 そして、大商人ウレイナが街に来ている事が周りに知れ始め。 色々と面倒な話が来ていたらしい。 くだらない所では、ウレイナと性的な関係を欲する誘いに始まり。 訝しげな商い、見合い話、関係を結びたいと会食や懇親会の誘いに、街の情勢のどうこうを共に計りたいと…。 有力な貴族、その貴族に擦り寄った商人の消滅は、新たな勢力の台頭を促す事になったのだ。 3日も有れば、Kやニルグレスと共に来たスチュアート達の事まで噂に成る。 それを連れて来たのがウレイナの馬車となれば、彼女に擦り寄ろうとするのも権力を求める者からすると当然の話。 この渦中へ引き込まれる事を嫌ったウレイナで、その様子を察したムガスマス老人がKを頼って急かせたのだ。
旅立つ前にKは、ウレイナへ言った。
“余りに危険が伴い、調査が難航すると解ったら、1度はロアルの街へ帰すぞ。 お宅の我儘だけで、その手伝い人を危険に置く事は許さんからな”
淡々としていながら、とても冷たく、有無を言わさない凄みが言葉に含まれ。 ウレイナも商人としての権威を出す事など出来なかったほどだ。
ミラに心配されながら、ウレイナの意向で朝から出立し、今に至る。
そして、街道脇にKの言ったサボテンが見えて、そこから内側へ。 ガタガタと車体を揺らす荷馬車だが、Kが軽減する処置をしていて。 舗装もされてない荒野を行くが、馬車に支障は無かった。 黄土色、茶色の砂岩や固まった土の支配する風景を向かうと、運河とは別の地割れた亀裂にぶつかる。
降りるKは、幅を確かめた後。
「オーファー、早速の出番だぞ」
降りて来たオーファーも。
「では、石で橋を」
ストーンヘリンジの魔法を遣い、橋を架ける。 魔法を維持する集中が求められ、荷馬車が渡り切った後は、己が最後に渡る。
だが、オーファーが暑さで額の汗を拭うと。
「ん?」
隣に居るKへ。
「ケイさん。 あの向こうの下がった所に広がるのは、サボテンですか」
「そうだ。 アレも採取すると金に成る。 早速、稼ぎ始めるとするか」
「暑い陽射しの下・・ですな」
「布でも頭や顔に巻け。 この辺りじゃ、砂嵐も来るからそれを嫌だと言えんぞ」
夏の終わりとなるこの時期にて。 サボテンが辺り一面に見える場所に来る。 真昼の事で、暑さは夏のモノ。 頭や顔に布を巻く事は、慣れないと嫌なモノだろう。 まぁ、多少の不快は仕方ない事だ。
サボテンの群生地にて馬車から降りたKは、
「さ、ここいらで採取しながら水分を取る。 表皮の一部が赤く見えるサボテンで、水分を取れ」
と、レメロアとグレゴリオを伴う。
降りて来た皆は、簡易的な日陰を馬車の荷台と鉄杭にロープを使って作る。 休憩したり、荷造りする場所となる。
ナイフでサボテンの表皮をことも無く剥ぐKは、瑞々しいサボテンの内面をレメロアに、グレゴリオに渡すと。
「少し青臭く苦味は有るが、この辺りでは新鮮な水分だ。 サボテン自体も食べられるモノで、少し塩を足しながら摂取すれば栄養を補給するには最適となるぞ」
滴る水分をそのままにして、グレゴリオとレメロアがサボテンを食べる。 噛むと溢れ出る水分は、とても口当たりが爽やかだった。
そこへ、スチュアートから。
「ケイさぁん、大きな緑色の強いサボテンは、ダメなんですかぁーーっ」
この辺りを見ると、3種程のサボテンが生える。 丈の低い玉サボテン。 荷馬車より少し背の高い、表面に赤みの入るサボテン。 それから、何又にも枝分かれして、丈の高い緑色の強いサボテンだ。
スチュアートの方を向かないKで。
「毒味なら、セシルにでも食わせろ。 少量なら腹を下すくらいで死なん」
この時、大きなサボテンを切ろうとしていたセシルが辞めた。
「や、ヤバいじゃん!」
この2ヶ月から3ヶ月ほどでKとの付き合い方が解ったスチュアート達。 このやり取りだけでも、毒が入っていると解る。
棘の多いサボテンの表皮を四苦八苦して剥ぐ皆だが、その内部の水分を味わうや笑顔が浮かぶ。 経験が有るらしい、ニルグレスはその剥ぎ方も上手く、部下の神官戦士の方が棘を手に刺して痛いと嘆く。
「下手じゃのぉ。 若いクセして情けないわえ」
そして、Kとムガスマス老人は、玉サボテンの花を採取して。 また、サボテンの周りに生える薬草も一緒に。 その手伝いに次第と皆が動く。
特に、花を精力的に採取するウレイナ。
「香料の元よ。 コレも高値だわ。 来れた時に、とらなきゃ…」
薬師となるムガスマス老人からすると。
「病人へ食欲を促す薬の原料なんじゃがなぁ」
そこへ、レメロアの手伝いをして、アンジェラや他にやり方を教えるKより。
「肌に塗る食用オイルに花粉や雄蕊を浸して香りを取る。 他の香料と混ぜると、女好きする甘い香水に使えるンだ。 値段も、安物の3倍は見込める」
この説明を聴くと、ムガスマス老人の脇に居る手伝い人の若者2人が急に忙しく動く。 動きが早くなる弟子みたいな2人を見て、ムガスマス老人も呆れ顔となり。
「はっ。 確かに、金は万物に近いのぉ」
笑うニルグレスも採取に入り。
「美しい紅の花じゃ。 利用もされて、お前も大変じゃの」
経験を重んじる人物らしい。 お付の2人の言葉も無視して、学ぶ事へ勤しむ。 この年齢、地位に甘んじて居ない姿勢が良く判る。
採取の最中で、生き物のオーラを感じて魔術師達が手を止める。 見ないKより。
「硬い土の中を固有種のミミズの群れが動いているだけだ。 襲って来ないから心配すんな」
レメロアが不思議そうに土を観る。
「サボテンの根に均された地下は、様々な虫が生息し。 また、地中の土が周りよりも柔らかく、ミミズには栄養豊富な餌となる。 植物の育つ場所を巡るミミズには、こうした所も餌場となるのさ」
この時、小さい穴を開けて黒い身体のミミズが現れた。 クレディレアと一緒に見つけたセシルで、
「キモいっ、土の中に居ろよ!」
と、細かくなった土を掛ける。
驚くミミズは、サッと地面に引っ込むや。
「はいはい、姿を見せないで」
クレディレアも見たくないのか、その小さい穴の上に砕けた硬い土を置いた。
知らない土地での急遽の依頼。 滞在費を稼ぐ上でも、名前を知らせる最初の仕事としても請けようと判断したクレディレア。 リーダーの彼女がスチュアート達と仲良くするので、自然と彼女の仲間も会話込みで採取をしていた。
その最中で、焦げ茶と黄色い体毛のマギャロが時に見えて、セシルが美味そうだと呟いたり。 大地の起伏が起こった古い地層の断面が大地の表面上に見える場所にて珍しい硬質物の小さな塊を幾つか採取した後。 休憩を経て出発する前か。
ニルグレスが西側の彼方を見て。
「ん?」
オーファーも、そちら側を眺めて回す。
「あ、な?」
「あらら」
セシルと一緒に、レメロアやアンジェラも。 また、クレディレアや彼女の仲間も荒野を見回した。
処が、西側の一点を眺めたKで。
「なんか来たな」
走り始めた馬車から彼が飛び降りた。 皆、どうかしたのか・・とKを眺めるが。
ぐるり見渡せる大概の自然の風景が静止している様に動かない中で、セシルが或る1点に違和感を見つける。
「あ、あ、あっ! あの黒いのっ、何?」
遥か、西側の荒野の向こうから砂煙を上げるモノが来る。 セシルも、スチュアートも、視力が良くてそれが黒いモノと解った。
止まった馬車からニルグレスが。
「友よ、アレは何じゃ?」
そっちの方向へと歩くKは、
「誰も来るな。 あれは、恐らくニェル=フゴルタだ」
と、言うと。
「〘ニェル=フゴルタ〙っ! 荒野の転がる悪魔かっ!!」
ニルグレスが驚き。
同じく馬車の馭者席に姿を見せたムガスマス老人も。
「ニェル?! あぁっ、モンスターじゃ!」
驚く皆。 クレディレア達も、スチュアート達も戦うか、と緊張するも。
だが、Kが。
「誰も来るなよ」
もう一度、声を出した。
それから、じわっと汗の出る暑い昼下がりを不思議な気持ちのままに過ごす事となる皆だった。 やって来た大きな岩の様な黒いモノをKはどうにかして失神させたらしい。 転がる黒い大きなモノが止まると、球体からビロ〜〜ンと力が抜けて開ける。 ウネウネした触手らしき黒いモノが無数に現れ、4台の馬車の並びより大きく開いた身体からは、不気味で気持ち悪い腕らしき何か。 その腕らしき黒いモノから無数の触手と思えるウネウネした何かが溢れ出る。 身体が開かれる様子は、巨大な黒く艶やかな花が開く様で。 また、その花弁の様な身体から伸びる触手の様なモノ、小さくウネウネと動く様子の様は、ヒトデがひっくり返ったかの様だ。
セシルも気持ち悪いと思ったし、男女を問わずにそう思った。
然し、その何かの様子を具に、具に観察するKで。 その間近に近寄るのは、恐る恐るとニルグレスのみ。
「友よ、悪魔・・では無いのか。 発せられるオーラに、暗黒の力は殆どないと感じるが…」
観察するKは、ウネウネと動く触手らしきモノをナイフで撫でたりして。
「ニェルは、この世の生物だ」
「これが、い・生き物とな」
「ニェルと云う生物は、生き物から死んだモノまで何でも食べる。 然し、主食は地下のワームやら休眠しているヒリクナス。 また、火だるま蟻の唯一の天敵となる」
「あ・あの火だるま蟻も食べるとな」
「そうだ。 だが、コイツは恐らく雌なんだろう。 地下で産んだ子供への餌を集める為に、地上へ出て来たって所か。 ホレ、この触手にカビた肉が着いてる」
動く触手の一部に付着するカビた肉片を見るニルグレスで。
「ふむ、死肉や腐肉も問題無く食べると?」
「そうだ。 こうした荒野の掃除屋の一翼を担うニェルらしいが。 子持ちの時は牝が特に獰猛で、何でも狙うと聴いた。 餌を欲して俺たちを狙って来たンだろうな」
「して、どうする?」
「いやぁ、俺達と云う冒険者が倒したモンスターの死体も、このニェル等が掃除している。 異病も、他の病も喰って表に出さない生物だ。 偶々に襲って来たこの脅威を排除して、病を表に残すかもしれない後を憂うより。 残して有益さを維持した方が良いさ。 この辺りは、もう人が殆ど来ない。 モンスターでもない生物で、数の少ないニェルを殺す気は湧かないな」
「な、なるほど」
陽射しが夕陽に近付くまで観察したKで。 セシルやスチュアートが出立を促そうが。 ウレイナが来ようが、意見を無視して観察し。 陽射しに赤みが入る頃に成って満足したのか、ニェルなる生物から離れると包帯から覗ける目や口元を喜びに変える。
「ははっ、やはり世界は面白ぇな。 こんな依頼で、ニェルをじっくりと観察できるとは。 いやぁ、コレは報酬だ」
横を行くニルグレスは、学者気質を丸出しにしたKを呆れて見て。
「お主の知識欲は、強欲な悪魔の如くじゃな。 あの不気味な生物をとくと観察したいとは」
頷いて馬車に近付くKは、
「レメロア、馬を走らせろ。 夕陽から少し外れた西側。 アッチを目指すンだ」
と、ニルグレスを乗せてから馭者席に上がる。
レメロアの隣に座るグレゴリオは、ノびている大きな生き物のニェルを警戒して見て。
「生かすのか?」
頷くK。
「アレはモンスターじゃ無い。 今のうちにニェルから離れるぞ。 本当にモンスターが居るのは、コレから行く場所だ」
「な、何と。 アレがモンスターでは無い…」
半分興味の怖いもの見たさとなる後ろ髪を惹かれる様子と。 怖さから逃げる様に馬を動かして離れるレメロアの挙動は、他の冒険者達の心を現す様で。
離れる事でホッとするアンジェラは。
「あんな大きな生き物だったなんて…。 言い伝えや噂に聴くニェルとは、悪魔と思ってましたわ」
離れる黒い生物とアンジェラを見交わすエルレーン。
「名前は知ってたのに、見た事は無かったの?」
「はい。 ニェルに遭遇した者は、死ぬと聴いていました」
気持ち悪いと嫌がるセシルで。
「あんなデカい触手ウネウネな奴を眺めたいなんてっ! ワタシは嫌だぁ!!」
「はいはい」
荷馬車の後ろの幌を捲ってニェルを眺めるクレディレア。 仲間の年配男性の魔術師となるイネェガが横に来て居て。
「ねぇ、アレが生物って思える?」
「オーラは、ほぼ生物だな」
「そうだけど…」
「あの包帯男は、かなり博識な学者なのだろう。 薬師の技能は天才らしいし。 オーラを察して天候も読み、その影響から動く生物まで察するならば。 動植物の事も相当に知る知識が在るのだ。 然も、これは推測だが、恐ろしく強い」
「強い? それって、戦う事?」
「あぁ、そうだ」
「何で、解るのよ」
「クレディレア」
「ん?」
「君があの大きな生物を止めるとして、どうする?」
「それは・・魔法で」
「では、あの男はどうやって転がって来た大きな生物を止めた? 先ず、魔法ではない。 それに武器すら手にしていなかった。 また、何か薬を撒く細工もしなかったぞ」
「………」
黙るクレディレアへ、イネェガは。
「一瞬だけ、強いオーラが光る様に現れた。 殴ったか、蹴ったか。 生命オーラの迸りが現れた。 あの人物は、恐らく格闘技術を有する」
そのイネェガの感じたモノは、クレディレアでも感じたが。 何の力のモノか、判断が付かなかったのだ。
そこへ、筋骨隆々とする大女の仲間の中年女性の傭兵ウィグネルも加わり。
「多分、あの男は剣術も相当な腕だよ」
年配男性の僧侶となるノーデンが。
「斬る所を見たのか?」
否定を首の動きで示すウィグネルなれど。
「でも、遣っている事を見れば、次第に解る。 さっきの昼間、サボテンの中身を現す為に針から表皮を刃物で剥ぐ時、その手際は見えて居てどうしたか解らない所が在った。 然も、落とされた針の切れた所、剥がされた表皮に力を込めた乱れは無く。 魔法の斬撃でスッパリと斬られた様な感じにさえ見えた。 刃物であんなに美しい斬れ跡は、これまで1度も見た事が無い。 それに、常に歩く時も足音はせず。 素早く動く時は、一瞬。 そして、何よりもクレディレア」
「ん?」
「貴女を助けた時も、そうと解らせなかった」
「私を、助けた? 誰が?」
「あの、さっきサボテンの花を採取してた時。 虻が来ていたのは、知ってたかい?」
「あ、嗚呼。 紅色の縞筋が身体に入った親指より大きな虻でしょ?」
「ん。 その虻が貴女の頭の後ろ髪に止まった時、私が払おうとした。 だが、近寄った時に何かが空を切り、あの虻を貫いたらしい」
イネェガより。
「“らしい”とは?」
「見えなかった。 ただ、サボテンの針だと思うけど、何かに貫かれた虻が地面に落ちていて、ほぼ即死に近い瀕死だった。 それから、何匹かそんな虻を見たけど。 薬師の老人が虫除けを焚いてから虻が逃げたから…」
荷馬車の中をクレディレアは動いた。 先頭の馭者席に来て。
「ねぇ、スチュアート」
「はい?」
「貴方、あのケイって人に助けて貰ってるのよね?」
「はい」
「あの人を、信頼しているのね」
「それは…。 とてもいっぱい助けて貰ってますから」
「彼、そんなに強いの?」
「はい。 とても、凄く」
そこに、上着を脱いで半袖のシャツとなり汗を拭いているセシルから。
「少し前かな。 グレゴリオさんと、もう1人強い人が2人掛りでケイに手合わせをしたって。 でも、何一つ、斬り込みを当てられなかったって。 ま、だよね。 ケイが本気に為ったら、百や二百のモンスターが大した時も経たない間に倒されるもんね」
頷くアンジェラも。
「山奥の洞窟にて、モンスターに捕らわれた私を助けた時に、ケイさんは大きなカエルのモンスターを100以上は倒しました。 その倒す様は余りに早く、幻想的で、戦いの女神〘アテネ=セリティウス〙様が降臨なさったのではないか、そう思いましたわ」
この話からKの力量の一端を知るクレディレアは、湧き上がる当然の様な疑問を口にする。
「ね。 彼、何で貴方達と居るの?」
この質問には、誰も答えを持って無い。
ここまで汗を拭くなどして黙って居たオーファーが。
「それは、ケイさんの自由だ。 あの方は、協力者としてチームに居る。 だが、そのお陰で我々を含めて多くの人が恩恵を受けて、悪い企みが幾つも潰えた。 それだけでも、大いに意味の在る事。 いずれ去るとしても、私は不満など無い」
スチュアートも、セシルも、エルレーンも、同じく頷いた。
冒険者とは、基本的に他人、個々の者が集まってチームを作る。 だからこそ、人間関係の軋轢は何処にでも見られる。 それがクレディレアには見えないから、何とも不安となる。
「・・そう」
仲間の方に戻るクレディレアは、開かれた幌から入った蚊の羽音を聴いた。
「はァ、嫌な奴ね」
Kと云う、理解の追い付かない人物に。 クレディレアも、困惑の淵へと落ちる気分だった。 皆が理解する凄腕が、何故に駆け出しの者が混じるチームに居るのか。 何故に、自分でチームを創り上を目指さないのか、何もかもが解らない。
ま、それは仕方ない事として。
さて、ニェルを放置したその場から荒野の中へ、方角としては西側に向かって行く。 ニェルについて、各馬車に乗る者達が色々と話すが。 日が暮れるに従って僧侶なる者、魔術師達が一点の方向を見ては違和感を覚え。 次第に怯えたり、警戒する。 特に顕著として、手伝いとしてニルグレスのお付の神官戦士の2人と。 急遽の参加となるロアルの大きな神殿仕えをする3人の若い女性僧侶は怯えた。
そして、日が暮れて暗くなる時に、スチュアートの動かす馬車がKの乗る馬車と並行し。 馭者席のスチュアートが、並走する馬車の馭者席のKに。
「ケイさぁんっ。 このまま神殿に向かうンですかっ?!」
レメロアとグレゴリオに馬を任せるKで。
「そうだ」
「アンジェラさんやクレディレアさんがっ、この先の事で怯えてますっ」
「だろうな。 この先から来る暗黒のオーラの所為だ」
「夜は暗くて見通しが悪いですっ。 何処かで休んで、明日の朝にしてはっ?」
「ダメだ」
「何故ですかっ?」
「明日は、風の流れからして朝から砂嵐が来る。 砂嵐の中で不死モンスターに来られては、感知も鈍く手伝い人に危険が及ぶ。 夜でもこのまま向かい、浄化を急ぐ方が安全だ。 レメロアに、魔想魔術師が追加で2人も居る。 明かりの魔法を使わせ、一気にモンスターを駆逐しても良いし。 ニルグレスに結界を貼らせて神殿を封印しても良い。 呪われた場所では、〘魔意〙から危険なモンスターが生まれている可能性も有る。 この気配は、もうかなり危険な場所に成って居る様だ。 近づ離れずで様子見するのは、事と次第では後悔を生むかも知れないぞ」
天候まで読んで、先を決めるKの決断に。
「解りましたっ」
すると、Kが席を立ち。
「オーファー! 不死モンスターとまた戦うぞ。 全員に覚悟を促せ。 明日に回す事の危険も確認させろ!」
離れるスチュアートの馬車に言ったKで。
スチュアートの後ろに居たオーファーは、Kの考えをスチュアートとのやり取りから察した。
だから。
「クレディレアさん。 今日は、夜通しで戦う事になりますぞ」
固形燃料を固定化して、炎の出る所で火の強さを絞って有るランプの薄明かりとなる荷台の中で。 箱の荷物の向こうで立つクレディレア達。 魔想魔術師のクレディレアが。
「この暗黒のオーラが在る場所に行くのね?」
「はい。 依頼は、採取と調査。 その半分を占める調査依頼が、その場所です」
「こんなに強い暗黒のオーラが蟠ってるなんて…。 悪魔が召喚されたって云うのも、理解が出来るわ」
年配者の男性となる僧侶ノーデンが。
「然し、不死者が相手となると、夜に行くのは危険だぞ」
すると、頷くオーファーが。
「それは、承知での事です。 調査が明日、明後日に跨るかも知れませんが。 それよりも警戒すべきは、風の流れや水となる自然のオーラより、砂嵐や風嵐と呼ばれる悪天候が朝方から来ると思われます。 下手に途中で留まるのは、最悪の場合も想定されます。 それならば、神殿を浄化してそこに避難した方が得策かも知れない。 砂嵐や風嵐をやり過ごせる場所が周りに無いのです」
「ならば、街へ戻るのは?」
「いや、街へ悪天候が向かえば、数日は調査にも、採取にも向かえない。 大司祭ニルグレス様の同行は、その場所の調査の為。 手緩い様子見は、後手策となる。 安心してくれ、あのケイさんは神の如き腕を持つ。 最も安全は、彼と共に動く事なんだ」
それから少し馬車での移動を急がせた後。 星空の下で黒い建物の姿が荒野の中に見える。 遠巻きに馬車を停めさせたKで。
「くはぁ、コイツはちぃっとひでぇな。 暗黒のオーラが地下にまで強烈に蟠ってるぞ」
黒い影の神殿を眺めて、Kは呟く。
悲壮感すら滲む表情のニルグレスも並び。
「友よ、悪い。 もう少し早くすべきで有ったな」
「情報が中々に降りて来なかったのは、あの貴族の作為だ。 どうしようも出来ねぇ事だが。 この浄化は、骨が折れるぞ」
「うむ」
「だが、あの貴族達や魔術師達の悪事を暴いたからには仕方ない。 事態の収集をするあの女政務官も、この先の事後処理をするにしても、決定打となる証拠を探し集める事になれば大忙しとなるだろうな。 砂嵐や風嵐で捜査が遅れれば、この実態を情報にしなきゃ捕まえた貴族達に一時の足掻きをされる事も考えられる。 ここまで来たからには、やり切るに限るってものよ」
「悪い、友よ。 我が国の不祥事の尻拭いをさせる」
「まぁ、その分はそれなりに恩恵を貰うさ」
貴族の面倒くさい処は、良くも悪くも永らく家が続いたが故に出来上がる名誉や存在感だ。 無駄に名前が有名で位が高いと、そうした事を重く見る者の配慮が邪魔をして来る。 この事態を引き起こした魔術師達を庇護した事実だけでも恐ろしいのに。 “悪いのは魔術師達”と言い逃れをするだろうが、それを許容しようとする所が役人側に見えた。 斡旋所の主の夫婦を殺害した事。 その遺体の始末を頼んだ事。 聖なる神の信仰を国家の基礎と成す国で、悪魔を召喚する魔術師達を庇護した事よりも、貴族の存在が重いならば。 神を否定して、悪を許容して生きれば良いのに。 教えも、法律も正しいと云うなど矛盾が過ぎる。 捕まえた貴族に足掻く事すら許さず引導を渡すには、庇護した魔術師達の行いを白日の元に晒すしか無い。
そして、Kの考えは先を見越して居た。 北の岩山へ向かわせられた兵士達の事は、後に調査として人が赴く。 今回の事も、魔術師達が死んでしまった以上は、彼等の遣った事へ調査はされる。 下手に荒天で日にちが伸びると、あの聖騎士や兵士達がこのとんでもない現場へ送られる。 冒険者達が10人、20人と集まっても恐れる場所。 そんな所へ聖騎士や兵士が10人、20人と送られてもどうなるか。 そして、その過程で犠牲が出ると、対処の協力はニルグレスやオリエスへ。 斡旋所として依頼を多くこなすバベッタの斡旋所に依頼が来ると想定される。 後の面倒が解って居るならば、早々と潰した方が犠牲は少なく済む。 その事を出来るKだから、今回はニルグレスや協力者も揃うので。 この始末を付けるべきと踏んだ。 巻き込まれるスチュアートやクレディレア達には大変だが、生きて帰れば見返りも大きい。
話す2人の後ろに皆が来る。 強い暗黒のオーラを感じるセシルは、足から這い上がる様な恐怖を感じて。
「ね、ケイぃぃ。 あの黒い影って、サ。 一応、神殿・・ダヨね? 闇の神サマでも祀ってたとか? この暗黒のオーラは、滅びた街とか、呪われた地域に行った時と変わんないよぉ。 信じられない…」
スチュアート達と居るアンジェラは、もう手が震えて居た。
「な、どうして此処までっ。 暗黒のオーラが、この辺りを呪っていますわ。 嗚呼っ、強い不死者の気配まで………」
頷くオーファー。
「不味い、実に不味い。 どうやら召喚魔法陣は、地下に造られていたらしい。 大地のオーラに包まれ、暗黒のオーラが強く感じられなかったのだ。 何と、此処まで強く成っていたとは…」
そこに、クレディレアが仲間と来る。
「こんなに強い暗黒のオーラが…。 浄化を早くしなきゃ」
彼女の仲間となる年配男性の僧侶ノーデンより。
「これは、一刻の猶予も成らない。 浄化をしなければ………」
すると、同じく年配者の魔術師らしきコートローブの男性イネェガより。
「だが、これより夜。 夜中に遣るのは、向こうの方が有利だから大変だ」
そこへ、クレディレアに近寄ったKより。
「そっちのチームは、手分けが出来るか?」
クレディレアがKを見返し。
「“手分け”?」
「依頼主の商人様とその雇われ者を一旦、このままロアルの街に帰す。 その護衛に、誰かを付けたい。 これから来る悪天候の後に此方へ戻るまでの護衛だ。 スチュアート達は、まだ分断させるだけの力量に無い。 此処には、お宅の他にその魔術師の1人と、こっちの僧侶の1人だけ残って貰えりゃそれで良い。 不死モンスターは、俺が潰しても構わないからな」
クレディレアは、先程のニェルと言うモンスターみたいな生物も心配し。
「手分けして良いの?」
「街へ帰るだけだ。 朝までに着ければ、それで良い。 向こうには、その判断を任せられるだけの者が居る。 護衛の方が、この先は楽だぞ」
「私達の仲間の4人は、まだ若い駆け出しなの。 その4人に、誰かならば付けられるけど?」
「ならば、そうしてくれ。 明日は、朝から悪天候で動けなくなる。 それに、今回は調査が長引くだろう。 向かう先の神殿の浄化と調査は、2日は最低で見る必要も在るしな。 商人様とその雇われ者を長く留ませれば、無駄に食料やら水を消費する。 無駄を出来るだけ無くし、安全を考えるならば、その方が良い」
「なるほど、そうゆう事ね」
「悪いな。 俺がリーダーならば、スチュアート達を別けるが。 アイツがリーダーだから、な」
「あら、随分とリーダー想いみたいね」
こう言って仲間の元へと離れるクレディレアと別れるKは、停る馬車の方に向かい。
「ウレイナ、話が有る」
大商人ウレイナを呼び捨てで誘ったKは、彼女がお付の護衛2人と来ると。
「スチュアートの乗る馬車に食料や水を移し。 それを残してお宅は1度、今からロアルの街に帰れ」
「え? 今、此処から?」
近くへ様子を窺いに来たムガスマス老人を見るKで。
「コッチの爺さんが一緒なら、バベッタと通じる街道方面に向かえば朝にはロアルの街へ帰れる。 砂嵐や風嵐をやり過ごして。 それから、俺たちを迎えに来てくれ。 この後の採取でもっと稼がせるから、薬や着替えの衣類も頼む」
どうしてこうするのか、その意味が解らないウレイナらしい。
「と、あ、ぇ? あぁ、どうして? 調査を待つわ」
だが、お付の剣士が持つランプで薄ら見える顔を左右へ動かすKで。
「この神殿の浄化や調査は、下手すると1日や2日では無理だ。 然も、砂嵐や風嵐と重なってくるならば、その間の水分の調達も難しい。 多くの人が居れば、それだけ滞在の消費が面倒臭い」
その様子に、聴いていたムガスマス老人が事態の悪さを察したのか。
「もしや、かなり危険か?」
「そうだ。 かなりより、とても酷く危険だ。 それに、採取した物を劣化させる長旅をする必要も無い」
「斡旋所の主へ、何か言伝は無いか?」
「今は、ミラも斡旋所を立て直す事に忙しいだろう。 それより、心配や面倒を減らす事を考えた方が良い。 そっちには護衛の剣士も居るし、逃げ帰るだけだが、危険を想定して何人か冒険者を付ける」
帰れと言われたウレイナは、相当に事態が悪いと感じた。
「この事、政務官のロクアーヌ様に伝えた方が?」
「やる気が有るならば、そうしてくれ。 捕まえた貴族達が罪の一部を無実を言うならば、呪われたこの神殿の存在の罪を伝えてやると良い。 見ろ」
神殿側を示すKに合わせ、ウレイナが暗い夜の向こうを見る。
これに合わせてKは。
「レメロアっ、魔法の明かりを唱えろ。 この先に蠢くモンスターの姿を見せてやれ!」
強ばる表情のレメロアがガクガクと頷く。 ステッキに明かりの光を宿して持ち上げると。 少し先の荒野を蠢く人の姿を現した。 青白い光を仄かに放つ何か、赤黒い光を仄かに宿す蠢きもその先に見える。
「あの仄かな光は、ゴースト等の亡霊が放つ光だ。 蠢く人影は、ゾンビ等の死霊が動く影だ」
星明かりや暮れる鈍い赤の空が微かに残る様子を見ていたウレイナ達だったが。 地上の一部で発光するのがモンスターの放つ光と判ってくると。
「嘘・・でしょ? じゃあっ、この空に響く音って……」
そう。 今、夜となり。 本当ならば、普通ならば、静寂となる自然の宵闇が訪れるハズなのだ。 なのに、この場は騒がしい。 風のざわめきと思っていたのは、何かが動き、その無数たる動きの音が合わさってざわめきに聴こえて居るのだ。
ムガスマス老人も、違和感の答えを見たと思った。
「この騒がしさは、モンスターの動く音かっ! どうして、どうしてここまで……」
この間に、スチュアート達は焚き火を熾し。 その火を使って篝火を2つ作る。 セシルが銃を構えて居て。
「ケイっ、モンスターがウロウロしてる! 近付いて来てるのも居るよぉ! もう遣ってイイのっ?」
気配、音からして、ゾンビやらスケルトンが神殿と云う建物の周りをウロウロしている。 その一部が此方に気付いたのか、近寄るのもオーラで何となく判る。
「スチュアート、遣れるならば出来る処まで遣って見ろ。 神殿までの道は、俺が作る。 周りのゾンビやゴーストを蹴散らせるか?」
聖水を用意して、アンジェラに武器へ聖なる加護を貰うスチュアートやエルレーンやグレゴリオ。
「遣らせて下さい。 もう遣り方は解ってます」
覚悟を聴いた気分のKで。
「解った、リーダー。 手始めとなる此処は、お前達に任せるぞ」
そして、オーファーを薄明かりで見るK。
「あのネーサンのチームの協力も、知り合いと云うからにはお前たちに任せるぞ」
頷くオーファー。
「はい」
その間に、夜通しとなる激戦は始まった。
レメロアが明かりの魔法を生み出したまま、ステッキに宿し掲げて移動し視界を作る。 少し先に、1度は消えた片脚を引き摺るゾンビがまた見えた。
オーファーは、そのゾンビを見て。
「スチュアートよ、向かって右側の首だ。 エル、次は左の太腿を狙え!」
この間、クレディレアは中年女性の傭兵となる仲間ウィグネルに、荷馬車の護衛を任せる事を頼む。
また、仲間で若い4人も一緒だ。 ガッシリ体型の太った短髪となる女性の傭兵ハエル。 赤色の栄える髪をした女性剣士のメルティ。 ヒョロ細の眼鏡をした若者の魔術師風体の男性ラフィエロ。 弓を背負って鞭を腰に下げる狩人らしき女性で、藍色の双眼、長い黒髪からして似合う美人のシュリアン。
この4人にも、クレディレアは対して。
「みんな、ウィグネルと商人さんを守って街までお願いよ。 依頼主だから、最重要で守らなきゃ成らないわ」
心配する4人で、大丈夫なのか不安が溢れる。
それでも、クレディレアは、信頼の出来るオーファーやグレゴリオが一緒なので。
「安心なさい。 あのグレゴリオは、クルフと同格の凄腕。 スチュアート達も、貴女達よりずっと強いわ。 それより、数日後に迎えに来るまで、依頼主のあの方を守ってよ。 混乱している街じゃ、何が起こるか解らないから」
ウィグネルは、事態が危険を酷く孕むと理解し。
「クレディレア。 迎えに行くまで死なないでよ。 アタシは、アンタ以外の者をリーダーにしたくない」
「解ってるわ」
スチュアートが操っていた大きな馬車へ、ムガスマス老人からウレイナも手伝って必要な物資を移した。 必要物だけを指示出したKで。 護衛用人は、その態度に怒るも、この異常事態を感じたウレイナやムガスマス老人が怒る事まで見れた。
クレディレアより頼まれる冒険者5人も加わり、その作業が加速する。
この間に、スチュアート、エルレーン、セシル、グレゴリオが倒すゾンビは8体を超える。
それでも、次々とモンスターが来る。 緑色のカビの様な色の肌をしたグールが来るや、オーファーはスチュアートやエルレーンに猶予を与えようと風の魔法で押し戻し。
「エルっ、次は首! スチュアートっ、面前のゾンビは向かって左肩口だ! グレゴリオさんっ、グールの相手を頼みます! 胸部右側に核が!」
オーファーの感知に合わせて、スチュアートが、エルレーンが、グレゴリオがモンスターの進行を阻む。
グレゴリオの武器に聖なる加護を施し。 また、セシルの銃にも同じ事を試みたアンジェラ。
遠くに居るゾンビを的として矢を撃ったセシルは、核を貫いた矢でもゾンビが動きを可笑しくして倒れると。
「アンジェラっ、イける!」
強く頷いたアンジェラは、ニルグレスを護って立つ様に少し前へ出る。
「慈愛の女神フィリアーナ様。 この哀れで悲しみに支配されし不死者を浄化する御力を。 聖なる鉄槌にて、召される機会をお与え下さい」
眩い白の光で鉄槌が生まれるや、杖にて操りゴーストを散らす。
その力を見て、ニルグレスは大きく頷いた。
「アンジェラよ。 精神が強く成長して居るぞ。 存分に、鎮魂を成せぃっ」
ニルグレスより言われ、アンジェラは己の行く信仰の道の確かさを感じた。
(ケイさんが仰ったこれまでの事が、今にして漸く少しずつ…)
その時、荷物の移動が終わった。 早く出立する事をウレイナに進めるムガスマス老人で。
「あ、あぁ…、どれほどの人が殺されたの?」
事態の現実を察したウレイナは、護衛の剣士2人により引き摺られる様に成りながら言葉を呟いた。 荷台へと押されるウレイナだが、戦うスチュアート達から目が離せない。
馭者席へ乗るムガスマス老人は、戦う皆を見るウィグネル達へ。
「さっ、乗れ! 出立するぞ!」
声を聴いたウィグネルは、依頼でもこんな事は初めてと思いながら。
「みんなっ、馬車に早く!」
リーダーを残す事は、チームとしても結束が強ければ不安が大きい。
「大丈夫かな、嗚呼っ」
と、ラフィエロが乗る。
ウィグネルに押される様に馬車へ乗る皆だが。 その表情は、誰もが残りたいと言いたそうだ。
この時に、スケルトンも確認するセシルは、闇へ矢を飛ばしてスケルトンを飛ばす。 炸裂の衝撃で頭蓋骨を飛ばして転げ飛ぶスケルトン。
「エルさんっ、遣るよ!」
「良いよォ!」
スチュアートがオーファーと少し離れた。 アンジェラを孤立させない為だ。 エルレーンの面倒は、セシルが見ると言う。
グレゴリオも前へ進みながら、背後のレメロアへ。
「レメロア。 そのまま、そのまま、明かりに集中せよ」
スケルトンや青白く光るゴーストを見据えるグレゴリオは、スチュアートやエルレーンの周りに来るモンスターを倒す。
アンジェラも光の鉄槌を生み出すと、それをゾンビやスケルトンに当てて塵に還す。
戦いが始まり、馬車を木に繋いだKも前へ出ると。 まだ走り出さない馬車達を感じて。
「ウレイナ! 運び込みが終わったら直ぐに立てっ。 ムガスマスの爺さん、後を頼むぞ」
「おう、お主達も死ぬなっ」
ムガスマス老人は、乗り込んだ全員を確認して鞭を打つ。 他の馬車の馭者席に座る者も合わせて動かし始めた。
だが、この戦いの中で、割に合わない事をさせらると感じたのは、ロアルの街の大きな神殿から志願と云う形で来させられた女性の若い僧侶達だろう。 強い負のオーラが辺りに蟠り、その恐怖は心を強ばらせる。 その様子を見たニルグレスは、次に戦うスチュアートを見て。
「友よっ、神殿へ行く前に、皆と協力して構わぬな?」
「自由にしろ」
言うKは、神殿の方へ1人で向かう。
この応えを聴いたニルグレスは、お付となる神官戦士の2人より前へ前へと出て。
「慈愛の女神よ、この哀れな者へ救いの滅びを与え給え。 必滅と再生となる輪廻の流れに戻るべく、光の導きを受けよ」
杖を構えるニルグレスの周りに、眩い光の帯が現れた。 〘神聖魔法中級・ホーリーウォール〙と言うものだ。 川の様に流れる帯は、光ながらゾンビやスケルトンやゴーストを包んで縛り、塵に還す。 一気に10体を超える、赤黒い骨のスケルトンも、大きな亡霊ニーヴガイストなる不死モンスターが塵に還り。 その帯を動かしてニルグレスは、向かって来る新手のグールと言う緑色の体色をした死霊モンスターをも塵に還す。
「に、ニルグレス様っ、後ろに御下がりを!」
神殿戦士となる細目の者が言うも。
「何を言うかっ! 調査とは、浄化も含む! この不死者達を前にして、動かぬ僧侶を僧侶と云うかぁっ!」
吼えたニルグレスで、その聖なる光の帯で更にスケルトンの集まりを包んで塵へ。
ニルグレスがスチュアート達と共に戦うと知って、神官戦士の2人も仕方なしと悟り。
「ニルグレス様にばかり無理はさせられん」
「よし。 我々も」
神官戦士の2人も、聖なる加護の在る武器で戦いに参加する。 1人は、片手斧を両手に。 1人は、短い槍のスピアを手に、盾を持つ。
だが、応援で来た僧侶の女性達は、若くしてまだ未熟なのか。 怯えて動けもしない。 まさか、こんな場所に来ると、説明はされても理解が及ばなかったのだろう。
そんな彼女達の前に出る者が在る。 怯えてしまった彼女達を守る様に後ろにして明かりの魔法で視界を広げるクレディレア。 暗黒の核の場所を言うオーファーの様子を観るクレディレアは、その眼を開いて。
「なるほど、核の場所を仲間に…」
この協力をする戦い方を知ると、目からウロコと言う処。
魔術師の年配男性イネェガは、ゾンビは魔法で倒すものと思っていたのか。
「聖なる加護の掛かった武器で、核を斬るだけでもゾンビ等は倒せるが。 なるほど、こうして連携すれば消耗を抑えられると云う訳だな。 戦う実力と感知の実力を試されるが、協力が出来れば効率は良い」
乱戦と成る中で、クレディレアは神官戦士の2人の後ろに立って明かりの魔法を頭上に現し。
「そのゾンビは、左肩に。 隣のゾンビは、首の後ろに核が在るわ」
だが、年配男性の魔術師となるイネェガが一際に大きな明かりの魔法を杖に現すと、無数に蠢く人影を更に向こうまで見て。
「此処は、戦場だったのか? 何人の不死モンスターが…」
まだまだスケルトンやゴーストが無数に見える。 何人の人が亡くなったのか。 予想を超えていて驚く。
ニルグレスを交えてスチュアート達が戦う最中だ。
「うわっ、ケイが戦ってるぅ!」
凄まじい力のオーラの迸りを感じてセシルが言うと。
「はっ? なんて強いオーラ? 強力な不死モンスターが、一瞬で消えたわ」
驚くクレディレア。
Kのしている事を理解するスチュアートで。
「我々の手に負えないモンスターは、ケイさんが倒してくれます! 我々は、目の前に迫るモンスターを確実に倒して先に進みます! やぁっ!!!」
スケルトンのボロボロの剣を鎌で弾いてアンジェラを護り、アンジェラがスケルトンを塵に還す時。 結合しようとするゴーストを斬って散らしたエルレーンも。
「先はっ、ケイは気にしないで!! 目の前が戦場だよ!」
ニルグレスも共になり。
「ジャルタ、モーリアム、共にスチュアート達と協力せよ。 神殿より外へ出れば、役職だの、肩書きは意味を成さん。 生き残る為、僧侶の務めを果たす為、他と共に生きる事を心得よ!」
“聖塵の救済”(せいじんのきゅうさい)と云う高度な魔法を遣うニルグレスは、美しい白色の光の粉の魔法を使って集まった夥しいゴーストと天へ還す。 その光の粉を撒いてスケルトンやゾンビやゴーストの動きを遅くしたり。 動きの早い中級位のモンスターを包んで塵に還す。 スチュアート達を助けながら、時に自分や周りを守り。 時に攻める。 最高位の地位となる僧侶のニルグレスは、素晴らしい力を発揮した。
これに、年配の男性僧侶のノーデンも協力。 光の鉄槌でニルグレスを守り、2人の神官戦士を助けて不死モンスターの襲撃を押し返す。
また、クレディレアとその仲間となる年配男性イネェガが光の魔法を維持させていると。 明かりの魔法を止めたレメロアは、唱える魔法を礫の魔法に変えて、ゾンビやグールの弱点に魔法を当てる。
オーファーは、風の魔法でスチュアートやエルレーンを護りつつ。
「レメロアの礫の魔法を疎かにするな! その魔法の当たった辺りに核が有る!! スチュアートっ、面前は心臓だ! エルっ、左から来る奴は左腹部の裏だ!」
セシルも、飛び込もうとするスケルトンを射抜き。 矢を込めながら。
「アンジェラっ、ニルグレス様! 前から凄いのが来るよぉ! スチュアートっ、前から突っ込むスケルトンに気をつけて!」
乱戦の様で、その確りと前線を維持して連携を持続させる。 頼るも、頼られるも無い。 一丸となる思い遣りや注意の連続を欠かさないスチュアート達。
この戦いを眼にして、心底に感心するのは長年に冒険者をするクレディレア達の方で。 イネェガはその遣り方を見て。
「駆け出しの少女でもバカに出来ない。 これは真似るが賢い」
補助魔法として、魔法の力を身体や杖から離す〘フォローソーサリー〙と云う技術が有る。 頭上に光の魔法を切り離して上げたイネェガは、ダガーの魔法を生み出しては。
「魔法で弱点を示すぞ。 武器で破壊を頼む!」
ゾンビに魔法を向けるつもりでも、それがレヴェナントやグールや大型の個体となれば戦い方も変わる。 然し、ニルグレスが強力な神聖魔法でそうした個体を浄化、鎮魂を行えば。 とてつもない強力なオーラを放つモンスターの気配が次々と金色のオーラの迸りと共に消える。
魔術師となる皆、この場所が暗黒の呪われた場所に変化している事を理解した。 空には、凡そ満天の美しい星々。 辺りは、荒野の荒涼と成る静寂だけが在る。 声が猛り、戦う騒音を立てるのは、この神殿の周りだけだ。
護衛を乗せてこの場から去り。 ロアルの街に帰るウレイナは、炸裂する魔法の光を遠くに見ていた。 ムガスマス老人が先頭となり方向を教え、手伝い人は怯えて荷馬車の中に引きこもる。
側面から顔を出して見続けるウレイナは、商人としての己をどうするか思案した。
(まさか、こんなに危険な場所が国内に在ったなんて…。 ケイさんやスチュアート達が居なかったら、私も知らずに採取依頼を出して、この辺りに他の冒険者を向かわせてたかも知れない。 我々、商人は儲けるだけの勝手だけでは…)
ロアルの街では、捕まった貴族に擦り寄った為に連座して罪に問われる商人が捕まり始めていた。 距離を置いていたウレイナは、確実に無関係と言える。 だが、知り合いの商人にも捜査が及び、金と権力の癒着の結末は何時もこうなると怯えた。 また、この辺りの付近まで採取依頼を出す事も、商業会に属する商人の依頼の数からして年間で見れば少なくない。 自分達が人を向かわせた為に、新たな犠牲を生むとなれば。 無責任に構えても、儲けるだけ商人と云う立場から責任や義務や地位・名声の為に行動を求められるだろう。
(今回は、この依頼をするに於いて、ロクアーヌ様や聖騎士さんへ全面的に協力して間違いは無いわ。 どうせ関わるならば、良い様にしないと。 どうする、私は、これからどうする……)
大商人として、その地位に胡座を掻いてばかりも居られない。 安泰を、安定を目指すにしても、成り上がりを目指すにしても、これは悪く立ち回ると後に引き摺ると判る彼女だから。 如何に立ち回るか、スチュアート達をどう迎えるか、考えが目まぐるしく頭の中で働いた。
*
荒野にて、夜が明けて来た。 遠くの空が白む頃か、雲が迫り。 風が強まり。 そして、予測された嵐はポルフィン神殿を襲った。
早朝、恐らくウレイナ達がロアルの街へと帰れた頃だろうか。 ロアルの街から見る荒野の東に陽射しが紅くなる。
然し、一方のポルフィン神殿では、その陽射しは吹き荒れる風嵐にて大地に居る何者にも見えないだろう。 何となく明るく成ったと微かに感じる程か。
その中で、荒野と砂漠の混じる地域にて、地面を微かに盛り上げるモノが在る。 自身に積もった砂や土の堆積物を振り払う毒蛇は、立ち込める黄土色の薄黒い霧を見た。 そして、また身体をくねらせて地中に潜む。 荒れた天候は、始まったばかりで直ぐには晴れないと察したらしい。
夜明けと共に、風嵐は始まった。 竜巻が幾つも開けた大地を走り。 干上がってしまった谷間には、風が集まり突風の川を産む。 群生地から外れたサボテンが大きく撓い、無情にもへし折られた。 その強風の影響か、馬車の車輪と似た大きさの砂岩が転がり始める。
この様な強烈な風嵐の吹き荒れる荒野のド真ん中と言える場所に、円形の土台となる巨大な石造建築物が放置されていた。 愛欲の女神を祀る神殿とされていたが、その神殿の何処にもそれらしい神の姿は無く。 裸の男女が絡み合う像だったり、奇妙な色欲を誘う石像が、その姿をボロボロにして外に晒されていた。
強い風が吹き荒れる。 細かな砂、小石、枯れたサボテンや低木を巻き上げ。 時に、当たると音を立てる程の硬い何かも巻き上げて、放置された神殿に絶え間なく当たる音がする。
「ハァ、ハァ、ハァ………」
固形燃料に火が付いたカンテラを弱々しい動きで置いて、石造の壁に凭れるスチュアートは、その音を聴いて痛みに生を実感した。 血と汗で埃まみれとなる顔は、もう疲れて眼も確り開かれない。
(いき、の・これた。 凄、腕の冒険者は、こんな依頼を………)
自身の膝には、自分より背の高いセシルが頭を預けて寝息を立てる。
(疲れた・・よね。 セシル、僕、も・・眠いよ)
所々、弱い灯りのカンテラやランタンが置かれていた。 顔から頭を埃だらけとするオーファーは、エルレーンとアンジェラと3人で壁に凭れて並ぶ。 顔を汗と血と埃で汚すグレゴリオは、ぐったりしてピクリともしないレメロアに枕として膝を貸し、疲弊して半ば気絶したクレディレアを肩に凭れさせている。 イネェガ、ノーデンは、二ルグレスのお付の神官戦士2人と冷たい床で眠る。 本当に、疲弊し過ぎて動けないのだ。
この皆の面倒を看るのは、若く駆け出しの冒険者の様な僧侶の女性達だ。 この神殿内へと馬車まで入れていて。 その荷台に在る物資を出したりしながら。
「お水、あ・有る?」
「あ、サボテンから絞った水が、水袋に・まだ…」
動けなくなる皆の治療も終えた後で、3人の僧侶の若い女性達は、自分達の休養をする。 動くのも這い蹲る様な動きで、奉仕活動での治療行為とは全く比べ物に成らない忙しいさ。 モンスターに怯え、傷付いた者を必死に癒し、風嵐から逃げる為に他人の荷物を背負って走る。 まさか、こんな大変なお供と成るとは……。 今にして、同行を断った同僚が賢い選択をしたとさえ思う。
昨日の夜から空が白む朝方まで、スチュアート達は戦い通しだった。 不死モンスターを主に、荒野に住まうモンスターも合わせて。 Kが手抜きをした訳では無い。 Kは、スチュアート達の倒したモンスターの数より、軽く見て10倍はモンスターを倒して居た。 まだまだ、未熟なのだろう。 グレゴリオやレメロアに、クレディレア達3人と、神官戦士の2人を合わせて戦い続けなければ成らない程にモンスターが居たのだ。 とてつもなく凶暴なモンスターは、Kが相手をしていたのに………。
全線に出て戦った者の鎧は、武具は、もう破棄する方が良いと思える程に損傷している。 武器も壊れて、グレゴリオの武器ぐらいしかまともなモノは無い。 エルレーンや神官戦士の2人は、荒野に落ちていた錆の見える武器も使って戦った。 それでも、その武器さえ破損して投げ捨てた程だ。
この疲弊した者が集まるのは、Kが戸締りをした出入口の廻廊だ。 岩を切り出して入口にはめ込み。 それを枯れ木で押さえ付けただけ。 それでも、モンスターは居ないと云う事に安心して、治療を受けたままに動けなくなった。
その馬車1台は軽々と通れる石造廻廊より少し奥へと踏み込むと見える広間には、Kと二ルグレスが居た。
「と、とも・・よ。 これ・はあああ、何じゃ?」
「嗚呼、コイツは酷ぇや」
歩幅にして、大股。 その歩きにて20程の円形となる広間では、人の骨が主となり無数に散乱している。 5人や10人等と云うモノでは無い。 また、石造の造りとなる広間の床、壁に血が溜まって、飛び散って、汚したのだろう。 石灰色のハズの石材が、黒く汚く変色している。
眺めるKは、先の闇を眺めて。
「地下へ向かう階段は、向こうに有ると思う。 上で、コレだ。 地下の魔法陣が在るだろう広間は、確認するにも覚悟が要るぞ。 大丈夫か、二ルグレスよ」
「う、うむ。 忠告、然と、受けたぞ」
そして、2人の足音が皆から遠ざかる。
僧侶の若い女性達は、治療に疲れてか。 ローブの上にマントを巻いて壁に凭れ掛かる。 もう朦朧とするから、少しでも眠りたかったのだ。
処が、それから少しばかり静寂が訪れ。 外からは、風嵐の立てる音のみが聴こえて来るのみと成ったのだが………。
皆、疲れ果てて眠りに落ちた後。 然したる時を置かずして。
「なっ! 何じゃコレはァァァっ!!!! 人の腹の腐り切った外道めぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
あの疲れ切った老いた二ルグレスより、何処から出るのか。 神殿内で爆発する様に広がる怒りを爆発させた大声がする。
その声に、皆が眼を覚ます。
すると。
「う、うぅ…。 うぐっ、うぅぅぅ…」
誰よりも先に、動けないスチュアートが泣き始めた。
眼を微かに開いたセシルは、涙を落とすスチュアートを見上げ。
「スチュアート・・ど、どうした・の?」
涙が止めどなく溢れるスチュアートで。
「あ、嗚呼……。 二ル、グレス様が・・怒るほど、し・したは・・酷い、んんだ。 上の、あの骨・よ・・り、もっと、もっとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」
闇のオーラが溢れ返るこの場所で、スチュアートの云う意味が皆にも判る。 微かに眼を開いたレメロアが声を出せずとも号泣し、薄目を開いたクレディレアですら涙を流して何も言えない。
「嗚呼・・フィリアーナ様、この哀しみに救いの手をぉぉぉ…。 どうしてぇ、どうしてこんな事ばかり・・ああああああああぁぁぁ………」
「アンジェラ…」
エルレーンがよろめきながら動いてアンジェラを抱き締めて。 オーファーが2人をマントで包んで腕を添える。
(ケイさんの見立ては、当たっていた………。 こんな場所、聖騎士殿や兵士に僧侶を幾ら着けても、被害無く浄化など………。 この罪を、貴族はどう償(つぐな)い、贖(あがな)うのだ? 腹立たしい、私ですら、さ、殺意に近い憤りが………)
疲れたとか、辛かったとか、死にそうだったとか。 自分達が恐ろしく危険だった事は、生き抜けたから怒るほどの不満は無い。 然し、この夥しい骸と成った人が、悪意と、欲望の成れの果てと思うと。 それをした魔術師達にも、その庇護をした貴族達にも、感情をぶつけたくなる程の憤りを感じる。 この無数に殺められた者達へ、貴族達はどの様な罪と認めて罰を受けたり。 賠償と云う、対価に等しい償いをするのだろうか。 また、罪の重さをどう感じて認めて、己から何を以てして贖う事と示すのか。 償う事、贖う事。 同じにして、時に分けられるこの意味を、捕まった貴族は少しでも受け入れて、行動で示そうとするのだろうか。
冒険者の僧侶アンジェラやノーデン。 神殿に仕える神官戦士の2人やお供として来た僧侶の若い女性達も。 泣き疲れ、休んだ後で。 下の階層の様子を見ては、膝を崩してまた泣いた。 魔法陣の描かれた地下に、骸は・・殆ど無かった。 だが、Kが説明する。 山の様に有った骸は、夜に倒したモンスターへ変貌していたのだ。 問題は、天井を染める程に届いた血の跡。 壁を染める程の血の跡。 黒くカビてボロボロの衣服が魔法陣を隠し、廊下にまで埋め尽くすほどに散乱する。 干からびた内臓や器官の残骸。 明かりを照らせば、足の踏み場も無いと思う程に人の、生き物の小さい骨が衣服の下に転がって居る。 色様々に混じって散る髪、足の指、手の指、背骨、壊れた頭蓋骨の細かい破片等………。 それほどの小さい骨が、大ホールとなる地下の広間から3箇所の廊下や階段に……。 どれほどの人が殺されたのか。 何十と云うゾンビを倒した。 強力に変異をしたモンスターを何体も倒した。 無数の骨の集合体となるモンスターも、何体も倒したのだ。 それなのに、それなのに………。
アンジェラが、泣きながら骨を集め始めると。 レメロアが、スチュアートが、オーファーが、神殿戦士の2人が集めに加わる。 皆が集め、二ルグレスはモンスターへと変異をしない様に、その包を清めて鎮魂し。 Kが風呂敷となる布の包を死んだ者の荷物から見つけては、集めた骨を包んだ。 1人で抱えられぬ包みが、十に近く出来上がった。 持ち物、衣服、髪なども集めた。
休むも、この場所では休む気力も奪われる。 眠るも浅く、すぐ起きてしまい。 参加した3人の女性僧侶達は、途中から動けなくなった。
風嵐が過ぎ去ったのは、夕方だった。 然し、遺骨の残骸や遺品を集め切れたのは、次の日の朝だ。
風嵐でウレイナ達は此方へ来れなかっただろう。 街へ戻ってからでも準備を含めると、2日から3日は掛かる筈だ。
それを口にしたKは、神殿に滞在する2日目の朝だ。
「良く晴れた。 どら、少しばかり外で動くぞ」
入口へ強引と嵌め込んだ岩の壁を斬って崩す。
座る二ルグレスですら疲れて動けない。
神殿戦士の1人が。
「お宅とは、皆は、違うぞっ」
すると、Kが陽射しの入る出入口で半身となるや。
「俺たちは、生き残った。 これからは、こんなクソったれな事をした貴族の阿呆の罪を明らかにして行く。 死んだ多くの者の無念や非業を知ったならば、それを伝える為に明日へ向かえ。 そして、遺品や遺骨を届ける為に生きて、活力を保て。 俺たちが弱ったならば、向こうからすると好都合だぞ。 こんな事をした奴らを、許した奴らの少しでも安堵した笑った顔が見たいか? そんな時化た面じゃ、まだ捕まってない薄汚い役人に舐められるゼ」
すると、よろめくもセシルが来るや。
「ぜ、絶対に、許さないよ。 私、こんな事を許した奴らなんかっ、絶対にっ、ぜぇーったい許さない。 ふぅ、ふぅぅ。 喉が渇いたよぉ、水は?」
外に出るKで、朝の陽射しを眺めると。
「青臭くて構わないならば、サボテンが手っ取り早い。 綺麗で冷たい水を求めるならば、向こうの亀裂から地下に入るしかない」
「綺麗な水がイイよ。 二ルグレス様が、もう疲れ果ててるし」
辺りの景色が、どう変わったのか。 夜に来て戦い続けたのだから。
そこへ、少し這ってから立ち上がるアンジェラも出て来た。
「あ、あの・・ケイさん。 火、火を起こすには、どうしたら?」
「風が当たる窪地を探せ。 枯葉や枯れ木が引っ掛かってる事が多い。 多くを求めるならば、やはり向こうの裂け目から地下に降りて。 落ちた枯れ木や枯葉やゴミを集めるに限る。 風嵐は、巻き上げられるモノは、何でも動かしちまうからな」
疲れきった身体のオーファーやスチュアートやエルレーンに、グレゴリオとヨロヨロとしたレメロアも出て来る。
「動き回るのは良いが、魔術師はしっかりと感知をくししろよ。 毒蛇に始まり、危険な生き物も動き出す。 砂の中に潜む危険も、感知で回避は出来るンだからな〜」
すると…。
「二ルグレス様」
「嗚呼、動いては…」
「お休み下さいませ」
神殿戦士や女性の僧侶達の制止も他所に、ヨロヨロと二ルグレスが出て来た。
「あさ・・だ。 おお、おおっ! う、美しい、あ、朝の・・陽射しじゃぁぁ…」
先程に膝を崩した老人が歩くので、アンジェラが驚いて、
「二ルグレス様、まだお休みを…」
と、云うや。
「いや、いやぁ、は、はらが減った。 空腹・・で、な。 コレではぁ、寝れるモノでは、無いわい。 セシルに、あの・・リブを、ぜん・ぶ食われる前に、儂も、食うぞ」
馬車に積み込まれた半分の残された食糧は、革の大風呂敷に包んで裏手の枯れ井戸に降ろした。 昨日の1日は、食事など、直ぐに出来るモノでは無かった。
皆の顔を見て、ニヤリとするKで。
「オーファー、グレゴリオ、井戸から荷物を引き上げてくれ。 スチュアート、地下に降りるぞ。 水や薪の代わりを引き上げる」
昨日の疲弊で、今日に普通の通りに動ける訳も無い。 それでも、生き残ったのだから。
「わ、解りました。 セシルは、そ、其方へ」
と、動くオーファーで。
少し前に屈みそうなセシルだが、食物より遠ざけられたと解り。
「ニャンでっ、アタシはっ、何じゃ!」
酷く疲れた顔をして、10は老けた顔のオーファーで。
「お前は、冷めたリブでも、へ、平気で・食うだろうからな」
すると、同じく疲れていてもまだ軽く笑えたグレゴリオで。
「これまでの経験からして、有り得るな」
二ルグレスは、ひょこひょことKに歩き近寄ると。
「水は、多めに、“たロむ”ぞ。 かぁおも拭いたいからの」
少し呂律が回らぬが、こう言った二ルグレスが陽射しを浴びて背伸びをする。
「まだマタ、これからじゃあぁっ」
この神殿から北北東に少し向かうと、東側に裂けた亀裂が盛り上がる裂け目が見えた。 人が入れる穴を見つけるKは、ロープを繋げると。 荷物を引き上げて来たグレゴリオへ。
「グレゴリオ。 戦いの時に、落ちていた槍を遣っただろ?」
食糧や1部の荷物を引き上げたグレゴリオは、安物の捨ててあった槍を思い出し。
「どうする?」
「この荒野に、ロープを固定するモノは無い。 あの槍を使う」
「鉄杭ならば、有るだろう?」
「この辺りの地面は、脆くて柔らかい。 鉄杭は、危険なんだ」
「なるほど」
刃の壊れた槍をグレゴリオが持って来るや、亀裂に持って行くK。 皆が見ている中で、その槍を半分以上も地面へ突き刺すKで。
「コレを軸にして、鉄杭にロープを固定すればイけるだろう」
その離れ業に、グレゴリオが呆れた。
「な、なんたる業よ」
身軽なKとスチュアートとエルレーンに、レメロアも行くと。 下に降りれば、真っ暗闇。 だが、レメロアは水のオーラを感じて。
「んっ、んんーっ」
簡易的な松明に火を付けるK。
「そうだ。 地下水の流れが有る」
また、エルレーンやスチュアートに。
「周りに落ちている枯れ木や枯れたサボテンを引き上げさせろ。 燃やす燃料だ」
と、松明を渡す。
「ほ、本当に凄い量」
驚くエルレーン。
頷くスチュアートも、何処から来たのかと思う枯れ木に向かう。
グレゴリオやオーファーやセシルが枯れ草やら枯れ木をひきあげると。
「ほぅ、これは良く、燃えそうな。 神殿近くで、火を、熾すと、しよう」
少し言葉が途切れるものの、運ぶ事を手伝う二ルグレス。
「二ルグレス様、向こうでお待ちを…」
運ぶ手伝いをするアンジェラが心配するも。
「空腹でぇ、死にそうじゃ。 待ってるだけでは、イライラするの・じゃよ。 チベたい水は、まだかのぉ」
アレだけ怒り。 そして、ボロボロに成る程まで鎮魂に動いた二ルグレス。 戦い抜いて、働いた様子から察する労力は、若い女性の僧侶達よりずっとずっと上だ。 それでも、絶望して動けぬ彼女達より、二ルグレスは元気だ。 歩みもよろけながら確りと一歩一歩と歩く。
地下を流れる細い水の筋。 そんな川より掬って来た水を入れた水袋が上がると、それを貰って喉を潤す二ルグレス。
「ん"〜〜、臟(はらわた)に滲みるわい。 よし、火を熾すかの」
若い頃から60代まで、様々な苦労を重ねて来た二ルグレス。 恐らく、命からがらで逃げ帰った事も在るだろう。 こんな事で疲れ潰れるモノでは無いと、火を熾すや肉を焼く。
「ん、んん〜。 良い匂いがして来たわい」
歯応えの有る表面をナイフで削ぎ、モシャモシャと食べ始める。 スープを作るアンジェラへ、塩だの、固形オイルだの、渡しながら加減を見ている。
お付の神官戦士の2人も、女性の僧侶達も神殿の外壁の縁に腰を降ろして居ると。
「なぁにをして居る。 コッチに来てっ、早く・食わぬかっ! お前たちより、スチュアート達の方が、何倍も傷付いて居るのだぞ! 国に仕える神官や僧侶が、この一大事の時に気力を無くしてっ、一体どうするか!!」
2度も腕を負傷した神官戦士の1人は、ぐったりしてしまい。
「わ、私は、もう・・ダメです」
弱音を零して涙を流す。
それでも、食べる事を止めぬ二ルグレスで。
「ング、ング。 馬鹿者めぇ! まだ、仕事は終わっておらぬぞ。 あの無念の骸、遺品、この様子を見た事を街へ持って帰り。 こんな事をしでかした大馬鹿者を裁かねばならんっ。 憤ったならば、強き意思を持てぇい。 哀しみに暮れて疲れたならば、それを繰り返さない事を他へ伝えるのじゃ! 嘆いてばかりでは、何も変わらないぞ。 さ、さぁっ、喉を潤すのじゃ。 空腹を思い出すまで食え!」
覚悟を持って、この事態に臨んだ二ルグレス。
神殿戦士の2人と若い女性の僧侶達がとても重たい腰を上げて来るや。
「スチュアートっ、まだ火を維持が出来るか?」
「大丈夫です。 はい、枯れ木を割りました」
「ん。 僧侶達やアンジェラや女子達の顔を拭かせてやれ。 せっかくの美人が、汚れでくすんでおるわい」
疲れた中でも、生きることに向かって動く事。 それは、己を活かし、今日と云う日を生き抜く気力を生む。
疲れ果てたのだろう、何も言わずに居たクレディレアや仲間の男性2人も、漸く動き始めた。
よろめくままグレゴリオに近寄るクレディレアで。
「みんな、強いわね」
すると、頷くグレゴリオ。
「まだ、嘆く時では無いさ。 さ、クレディレア、イネェガ、ノートン。 腹を満たして、休むが良い。 仕事は、まだ終わっておらぬぞ。 あの遺されたモノを、街に持って行かねばならぬ。 それまでは、我々が潰れる訳には行かぬ」
ずっとずっと先輩のクレディレアなのに、動くスチュアート達を見て感心した。 離れた街まで活躍が聴こえる理由が、その様子に見えている。
「はぁぁぁ・・何だか、お腹空いたわ」
イネェガも、汚れた顔の瞳を凝らしては。
「あの、包帯男に、経験や精神を教わっているらしい。 次第に、強いチームに成るぞ、オーファーの居るチームは…」
ノーデンも頷くと。
「さぁ、何か、た・・食べよう。 確かに、嘆き・潰れる時では・・無いからな」
皆が動いて、食事をし。 顔を拭いたり、下着だけでも変える。 セシル達と一緒に居ると、疲れ果てた僧侶達も少しだけ笑えた。 楽しさは、時に心を救う。 こうした事も才能かも知れない。
昼に近付くと、全員が日陰で眠る。 神殿の入口、神殿の影となる外にて。
K以外で起きているのは、やはりグレゴリオ。 1人で立ち上がるKを見て。
「ケイよ、どうするのだ?」
「風嵐が砂を巻き上げ、地面の一部を剥き出しにした。 何かないか、少し歩いてみる。 お宅も、少しは休め」
「ふむ。 お主に負けたく無いが、確かに、確かに、疲れた」
「はっ。 良く、戦い抜いたものさ。 お宅は、本当に一流の強者(つわもの)だ」
細かい生傷も顔に見せるグレゴリオは、既に寝息を立てるレメロアを建物の入口に見る。 彼女もまた、ステッキを杖にしても最後まで立っていた。 駆け出しも駆け出しで、朝方の強風に煽られて何度も膝を着いた。 それでも、彼女も必死で立っていた。
(スチュアートとこの男に引っ張られて、儂も持ち堪えた。 この充実感は、何物にも代えがたい…)
まだまだ現役として冒険者をやる気が溢れて来る。 強く在る事とは、逞しく在る事と似ている。 ただ、弱さが有って、それは在る。 嘆いたからこそ、絶望を感じる程に無力を味わうとも。 明日に向かって膝を上げる時に味合うこの尊さは、グレゴリオも己の中の自分たる所を初心に浸す。
「あ・・グレゴリオ・さん。 ケイ、さんは?」
日陰の下に居たスチュアートが片目を開けると。
「周りを見て来るそうだ。 さぁ、もう少し寝ろ。 儂も、寝るぞ」
それから昼下がりを皆は寝て過ごした。 身体の疲れが出た上に、緊張が解けたからだろう。
そして…。
「うう"っ、寒いっ!」
セシルが飛び起きると、もう夕方で暗さが空に見える頃だ。
また火を熾していたKで。 その周りには、グレゴリオや二ルグレスが居る。
「ふうぅぅ、夕方に成ると寒いね」
枯れたサボテンの一部を燃やすKより。
「もう秋が来ているんだ。 それに、この荒野では水分が直ぐに何処かへ去って行く。 乾燥が強いから、地面の奥へ染み込んだ水以外は、大地の表には残らない。 大雨が降っても、たった2日や4日で消えて行く。 だから、乾くと陽射しが失われるに従って寒くなるのさ」
「ハイハイ。 よく分からない教えをありがとうネーっ」
セシルの言い草に、Kとグレゴリオと二ルグレスが首を竦めて薄笑いを見せる。
火の前に来るセシルは、喉が渇いたので。
「水は?」
黙るKは、亀裂の方を指さす。
「へぇ? もう無いのぉ?」
グレゴリオがまた笑い。
「スチュアート達が、皆で汲みに行った。 そろそろ誰か上がって来るだろうさ」
「ウキィっ! 起きてるなら動けよっ、年輩サン達っ」
仕方なく立ち上がるセシルに、Kも呆れて薄笑いをまた見せる。
暗くなる前の一時、夜の前の暗い青空に星が見える。 その空を見上げた二ルグレスより。
「はぁぁぁ、疲れたの。 友よ、明日か、明後日に来るか、迎えは」
「さぁ、な。 薄汚ぇ貴族の罪に、商人達も連座して捕まってるだろうからな。 あのウレイナも、動ける様に然るべき事をしてから、じゃねぇ〜か?」
「ふぅ、ふ〜〜〜。 人の欲望とは、恐ろしいモノよの」
「そんなの、今に始まった事じやねぇよ」
場数の違いか、もう自然体に戻るKだが。 サボテンの果肉を噛んで水分を取ってから投げるグレゴリオは、炎を眺めつつ。
「然しよ。 もし、明日より暇となるならば、どうする?」
Kからして、この依頼の大元を理解しているから。
「そんなの簡単な事だ。 この辺りで適当に採取して於けばイイさ。 この辺りでも、金になるモノは幾つも在るンだ」
知識欲から二ルグレスが。
「そんなに在るのか?」
「あぁ。 この先の北西に向かえば、前も取ったサルルコベツ草の原種が生える洞窟が在る。 南西に降れば、この辺りでは数少ない川と固有植物の群生地が在るだろうが。 神殿の周辺だけでも、色々な物が幾らか採れる」
「薬の原料かの」
「大半は、な」
興味を惹かれたグレゴリオで。
「残りは?」
「一部は、嗜好品になる」
「タバコや酒の様に、か」
「まさに、ソレを含む」
酒が好きなグレゴリオだから。
「原料か」
「と、云うか。 風味付けのモノさ。 タバコの葉に混ぜて香りを楽しむもの。 酒に入れて、風味付けとするものだな」
そこへ、アンジェラとレメロアとエルレーンが戻って来た。 水を入れた大きな袋を持って来た。
「ケイ・・さん。 地下水を、こ、効率・良く、汲み上げる方法を…」
身体が疲れているので、とても重たいと感じるアンジェラのワガママが出る。
「相当に掘らないと面倒だ。 此処で暮らす訳じゃねぇし。 まぁ、2日か3日、頑張れ」
「ふぅ、ふぅ…」
息をするレメロアは、顔に幾らか表情が戻った。 昨日は、声を出せずのままおんおんと泣いて泣いて、その後に表情が消え失せたが。 やはり身体を動かして生きる事を仲の良い他人と共に過ごす事は、精神にも良いのだろう。
一眠りして、皆はまた空腹を感じた。
「セシル以外は、好きなだけ食え。 ウレイナが来ても、直ぐに街へ引き返さなければならんからな。 食い物を長く残す必要は無い」
セシルが文句を云うも、すぐ側の別の場所に火を熾すKは薄く笑うだけ。
2つの熾(おき)を囲み、スチュアート達が疲れた疲れたと言う。 クレディレア達は、飛び入りでとんでもない仕事だったと苦笑いだ。
そして、火の番を決めて休むも。 Kと最初の番のアンジェラとレメロアは、直ぐに眠りこけてしまった。
そして、真夜中だ。
エルレーンとオーファーが番だが。 エルレーンが薪となる木々の枯れた残骸の様なモノに凭れてウツラウツラと眠る。
Kと2人と成るオーファーで。
「ケイさん」
「ん? お前は、寝なくていいのか?」
「いやいや」
ホロっと笑うオーファーだが、表情を戻すと。
「貴方は、気が滅入りませんか?」
「それは、この目の前の神殿の悲劇について・・か?」
すると、火を眺めるオーファーは、何度も悲しい顔となり。
「凡そ、今回の依頼がスチュアートと共に伝えられた時に、悪魔の召喚が行われたと解った時に。 この様な事態に成ると、貴方は察したと思います。 それなのに、スチュアートが決めたならば、面倒をみに来た。 街道で不死モンスターに襲われ、ロアルの街で悪事を暴いた時。 この酷さの大まかな様子を感じたのでは? それでも、貴方は・・来た」
「そう、な。 過去に経験が多かった。 町1つがモンスターに襲われて壊滅する様子。 死霊遣いが、何百と云う狂信者をゾンビに変えた事も在った。 人が増えた昨今、何が起こっても不思議は無い」
「酷い出来事ですな」
「だな。 だが、それも大きな時流として見れば、必然と思える要素が動いているのも事実だ」
「“必然”・・ですか」
「何となくだが、そう感じるのさ。 超魔法時代が、謎の崩壊を遂げて人が多く亡くなり。 その骸を利用して、悪しき魔術師が世界の秩序の崩壊を狙った事も在ったが。 今、此処にきて徐々に、貴族社会が本当に根本から崩壊を始めている。 もっと厳密に言えば、一般の者と同化する流れが強く成っていて、能力社会となり、貴族が安泰となる封建社会が終わりを告げて来ている」
「た、確かに…」
「栄華を誇った貴族達からすれば、能力社会となれば、貴族の肩書きは無意味と成る。 その代用で、何でもイイからと金を得る、権力を誇る強みを欲する。 だが、やはりそこも根本的と云うか。 社会の中で上に立つ素養とつ〜〜か、人としての人間性が育ってないままに大人と成った奴らとなると。 何をしても自分で先を考えられないから、周りに注意をされても望む事を叶えるしか動かない。 そんな事の結果、こんな事態に成る」
「虚しいばかりです」
「全くだ。 冒険者協力会は、栄枯盛衰はあれども何千年も続いた。 それだけ、色々な経験を経て、独自の理念を持っている。 一国、一貴族と甘ったれた契約など結ばないし。 その出先の場所となる斡旋所の主がそんな事をやるとすれば、然して時を置かずに調べが入って罪人とされる。 こんな事は、大昔から繰り返されて、バレないやり方などもう無い。 そんな事も考えられず。 また、切羽詰まって主を殺し、その遺体を魔術師に始末させる? 考えが幼稚って云うか、頭が悪過ぎるゼ」
「その時点で、死霊遣い(ネクロマンシャー)の存在を感じられますな」
「多分、あの貴族達の側近には、その事を感じた奴も居ただろうさ。 だが、当主たる貴族の奴らがバカ過ぎて、何を言っても聞き入れられなかったンだろう。 賄賂の代わりに綺麗な異性を差し出されただけで、その事の異様さを感じない。 成る可くして起こった事件だ。 国も、管理者たる統括を派遣しないから、貴族と商人がなぁなぁで、勝手をするンだ」
「馬鹿らしくて、腹が立ちますよ」
「全くだ。 貴族が必要と叫ぶならば、それだけ社会、政治の中で有能とならなきゃならんのに。 こんな馬鹿げた事ばかりを繰り返す。 少し前に会ったポリアや、あのセシルの様に、飛び出して自分の生き方を探すなり。 民間の有能な者と働きながら己の能を磨くなり、成長する貴族の手本は幾らでも在る。 それでも、手っ取り早く法も無視して悪事を働く奴が、何で貴族に居るのか。 為政者(統治者)が悪いと言われても仕方ないゼ」
「各国の国王も、この国の教皇王様も、頭が痛い事ばかりですな」
「そう感じてりゃ、まだいい方かもな」
「いえ、感じて貰わねば困ります」
確り、気持ちを込めて言ったオーファーは、それなりの信念を腹に据えているらしく。
「はっ、お前こそ魔法学院に帰って親父の跡を継げよ」
然るべき地位に座って遜色ない人物と思ったKだが。
「私より、弟や妹の方が適任者ですよ」
こう言い切れるオーファー。
「そりゃ、大した一族だ」
2人の語りを静かに聴いているクレディレア。
(世界の事情から歴史まで、かなり深い知識を有しているのね。 それで、あの強さ。 凄腕を超えている…。 スチュアート達が成長する訳だわ)
それから少しして、話し疲れたかオーファーが眠る。 朝方が近く、セシルとスチュアートが番を代わる。
Kが気を利かせるとばかりに、
「俺も寝るぞ」
と、神殿の方へ。
スチュアートと腕を組んで並ぶセシルで、スチュアートの方が恥ずかしがった。 時々、セシルとこんな風に成る。
さて、また朝が来る。
食事から色々と皆が終えると。 スチュアートが、Kへ。
「ケイさん、この辺りで何か採取でも出来ませんか? 依頼の半分は、ウレイナ様の求める採取です」
「有る事は有る。 お前は、身体は大丈夫か?」
「はい。 それより、あの遺物を持ち帰って直ぐにまた依頼に向かえれば良いですが。 関係者として拘束されると、長引く様な……」
「確かに、な」
そして、軽く採取を始めたKとスチュアート達。 二ルグレスや神官戦士達にこの場を任せ。 クレディレア達を連れて。
真っ先に探し始めたのは、風嵐で大地の表面の削れた荒地。 少し黒っぽい大地の所々に、糸の様な根っこと見える何かが在る。
その1つを見た皆で。
「このヒョロっとした糸の様なモノは、実は草の茎だ」
屈んだセシルが触り。
「オーファーの毛みたい」
だが、詰まらない答えと呆れたKで。
「生えて無いだろ」
「脇毛だよん」
「はっ、良く見てるじゃねぇか」
笑う皆と、ムスッとするオーファー。
ナイフを取り出すKで。
「この茎を掘ると、すぐ下に根茎となる球状の玉が見つかる」
掘り出されたのは、丸い縞々模様の赤いモノで。
「高級料理の風味付けに使われる香草の【ローチノル】だ。 安物は、この姉妹種を採取するが。 コッチが、本当のモノホンだ。 1つで数十シフォンの価値が在る」
驚く皆で、エルレーンが睨む。
「うぅっ、これ一つで宿代が浮く」
頷くK。
「そうだ。 まぁ、根こそぎ取る必要は無い。 疎らに成る程度にしろ」
と、立ち上がるや。
「スチュアート、エル、オッサンは、俺と向こうだ」
穿(ほじ)る手を止めたセシル。
「アタシはぁ」
すると、Kが首を左右に動かして。
「ダメだ。 お前に来させたら、モノが無くなる」
「なぬっ、それなら食べ物だなっ!」
「ダメだ」
「ケェイ〜〜〜〜〜〜〜」
「うっせぇ」
不満を現すセシルが、地面を掘る。
その勢いが怖いレメロアやアンジェラで。 共にするクレディレアが、感想となる一言を何か言った。
皆から離れて3人を連れるKは、少し歩いて砂岩が丘と盛り上がる所に来ると。
「砂岩の丘が壁となる所が風で削れ、抉れた内側の影となる辺りを見て回れ。 その日陰に、丈の低い椰子の様な植物が生えている事が在る。 その木に実る黒い実を採取する」
東の大陸に居たグレゴリオだから。
「椰子の実、か」
「あぁ。 中に、とても甘い果汁を貯める。 その汁と、内側の果肉が高級食材なんだ。 玉1つで、300から500シフォンする」
驚くエルレーンとスチュアートで。
「ご、500・・て」
「ふぇ、高級宿に泊まれるぅぅっ! スチュアートっ、行こうぉっ!!!!」
「エルさんっ、セシルに成らないでよぉ」
2人の様子に笑うグレゴリオだが。 Kより。
「お宅やセシルの好きなリブだが。 あれの香ばしいタレの甘みを付けるのが、高い店だと時に、これから探す椰子を使うンだ」
こう説明が成されるや。
「っ!!!」
グレゴリオも急に動き出した。
探しに行く彼を見て、Kは苦笑いし。
「好きだなぁ、オッサンもよ」
そして、昼前か。
「ゼーハーゼーハー」
「はァはァはァ……」
「ふぅぅぅ、ふぅふぅ」
Kは、他の希少な鉱石や宝石探して居たが。 3人で20個は実を集めて来たスチュアート達。 大きい玉だと、人の頭程。 小ぶりの玉でも拳より大きい実を持って来て。
汗塗れとなる顔を拭うグレゴリオが、Kに。
「け、ケイよ」
「ん?」
「ひ、ひっ。 1つは、貰っても、か構わぬよな」
魂胆を察したKで。
「1つだけ、な」
「よし」
すると、エルレーンが。
「ダメっ、グレゴリオさん! 我慢して売ろうよぉ」
「いやいや、1つは味見だ」
「300から500だよっ」
「いやいや、一期一会。 味見するぞ」
くだらない取り合いだが、笑うK。
「使うなら、香りの強いモノは塾してるから、その少し大きく匂いの強いヤツにしろ。 俺は、薪のかわりを取りに亀裂の中に降りる」
すると、水を汲みたいレメロアも来ると云う。 スチュアートも、同じくそれに続くが。 大急ぎで動くグレゴリオが少し汚れた紙に包まれたリブを持ち出していた。
歩くスチュアートは、レメロアと並びながら。
「ケイさん。 グレゴリオさんが、リブを…」
「あの椰子の果汁は甘く、独特の香りがする。 高いリブの店では、その果汁を煮詰めて甘みの風味付けに使っている。 さっき、それを教えたんだ」
「あーーっ、それでリブを…」
「あのオッサンは、少量の醤油も持ってきていたからな。 再び焼き直すリブに、それを試す気なんじゃないか?」
「へぇ、美味しそう」
同じく感じて頷くレメロア。
薪の代わりとなる草や木の残骸を持ち帰れば、セシルとグレゴリオと二ルグレスが取り合いをしていた。
元気な3人には、周りが呆れて疲れている。
「アホ丸出しだな」
笑うKで。
レメロアの方が恥ずかしがる。
堪りかねたスチュアートより。
「セシルっ、グレゴリオさん! 午後からも採取するンですよ! 無駄な力を使わないでっ。 二ルグレス様っ、いくら何でも食べ過ぎですよ! 食べ過ぎでお腹を壊したらどうするんですかっ!」
年下に叱られ、駄々っ子の様に言い訳をする3人。
午後からは、暇だと二ルグレスまで採取に参加し。 蚊に纏わり付かれるハメと成った。
その採取の最中だ。 休憩となり、陽射しが痛いと、この荒野に目立つ日陰を産む大きな木の下にて。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ」
汗を拭うニルグレスだが、隣のKへ。
「の、のぅ、友よ」
「何だ?」
グデェ〜〜とするセシルが陽射しで死んだカエルみたいだと思うKが応えると。
「この、依頼のり、理由となった冒険者とは、ど、どうやって、あの恐ろしい神殿へ、は・入ったのかの」
「あ、それっ! 私も疑問だわ」
レメロアを驚かせてセシルが起きた。
少し水を含むKより。
「ん・・。 あの神殿には、2つほど離れた場所から入れる抜け道の様な回廊が在る。 ニルグレスは見ただろうが。 地下に何間か、礼拝堂の様な小部屋が有っただろ?」
水で喉を潤したニルグレスも理解して。
「アレに、繋がるか」
「だろうよ。 俺たちみたく正面から行ったら、皆殺しにされてるサ。 神殿に近付く前に、な」
エルレーンからすると、その方が簡単に浄化する事が出来た気がして。
「だったら、そっちから入れば、良かったんじゃない?」
すると、ニルグレスが驚いて。
「な、何を云うかっ。 そんな事をしたら、友や儂の他はモンスターに囲まれ動けなくなるわいっ」
その通りと頷くKも。
「強烈な暗黒のオーラを持つ奴を俺が倒したから、お前たちも神殿へ来れたンだぞ? そのモンスター達に囲まれたら、お前達は負のオーラで恐怖から動けなくなる」
「あ、あ・・それヤバいね」
思い出せば、他のゾンビに齧られてか。 生々しくも、酷く損傷した身体となるゾンビが何体か居た。 姿からして冒険者らしく、今回の依頼の元に成った冒険者の仲間かも知れない。
休む皆の視界にて、コロコロと転がるイボイボの何かが見えた。
「ほう。 地下水を求めて、荒野に生きるイボガエルの仲間が動いてる」
眺めるKが云うと、着いてきたクレディレアが。
「貴方、こんな生き物まで知ってる訳?」
「人より多様で、面白い」
「はぁ、学者サマだわね」
然し、イネェガは笑い。
「然し、この荒野にしてカエルとは、な」
自然の中の小さな変化に気を向ける事をしてみたノーデンも。
「これもまた、楽しみか」
その後、荒地固有の低木に成る果実や薬草を採取して、本日は神殿の野営する所へと帰る。
さて、夕方に成る頃。
地下よりスチュアートやレメロアと水を汲んで来たKが、東方を見て。
「どうやら迎えが来たな。 予想よりも早いぞ、何か在ったか」
ウレイナが迎えに来た。 荷馬車3台で、予想より早かった。
近くに馬車が止まる前に。
「クレディレア!」
「リーダーっ、無事?」
4人の仲間となる若い冒険者達と傭兵の中年女性ウィグネルが飛び降りて駆け寄る。
「大丈夫よ。 服は・・汚れたけどね」
中年女性の傭兵ウィグネルは、クレディレアやイネェガやノーデンの様子を確かめ。
「疲れてるね。 食料や水や医薬品も持って来た」
礼をする3人の向こうでは、ムガスマス老人とスチュアート達が無事を確かめ合う。
近寄って来るウレイナへ、Kより。
「街は、少し混乱してるか?」
すると、真剣な顔のウレイナで。
「大混乱よ。 連座して捕まる事を嫌がった商人達と貴族が、反乱をしたの。 金でならず者を雇って大騒ぎ」
驚く皆で、二ルグレスが近寄るなり。
「大事は無いのか?」
「それは、大丈夫ですわ。 聖騎士様やロクアーヌ様が、兵士を用いて鎮圧しました。 もうジュラーディ様や教皇王陛下の御座す皇都にも連絡をしましたので。 反乱を起こすと云う事は、国に楯突く事と大方の貴族や商人は理解していますから」
「ふ、ふぅ…」
然し、それでもウレイナの顔色は厳しく。
「ですが、ロクアーヌ様やジュラーディ様も、確たる証拠を欲しがって居ます」
すると、二ルグレスが神殿の方を向いて。
「悪しき魔術師が何をしていたか、その証たる遺骨や遺品は在った。 友の持つ記憶の石には、戦った不死モンスターの様子も含まれ様。 酷い状態じゃった、本当酷いものじゃったよ」
そして、調査で集めた遺品と、採取された物。 その全てが荷馬車に持ち込まれた。 他に採取したものを見たウレイナが、急に女性らしく、商人らしく成った。
「こ、こんなに採取を?」
スチュアートやセシルから、Kの説明を伝えられるとウレイナの顔が綻び。
「ま、まぁまぁっ! あぁん、だ、だから貴方達は好きっ」
ゲンキンなモノだが、商人はこうした者だ。 スチュアートが抱き着かれ、セシルが怒る。
眺めるグレゴリオが、ボソッと。
「儂も、採取したのだがな…」
聴いたレメロアが声なく笑った。
そして、夜中を掛けてロアルの街へと引き返した。
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