第一部:その男、伝説に消えた者

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海からの風が、穏やかに晴れた街を吹きぬける。 春の風が、温かく優しい。 〔古代王国、ホーチト〕 王制が、悠久の年月を経るほどに続く古い国の一つ。 だが、今は。 王が統治すれど、経済を中心に国政権の殆どは、大臣などに任せた政治になっている。 また、この国の特徴は、様々な農業が盛んで在り。 時期に合わせた野菜や果物を買いに、世界から交易船が港へ押し寄せる。 そして、国王が住まう王都で在りながら、国内最大の交易都市でも在る‘マルタン’は、この国の商業の中心都市だった。 さて、そんなマルタンには今日も、世界を回る唯一の足で在る船で。 世界から運ばれてきた大量の物資が、港に下りる光景が広がっている。 その港から、街へ運び込まれる様々な物は、この大都市を賑わせる活力の一端を担っていた。 また、海を渡る唯一の手段の船だ。 荷物以外にも、様々なものを運んでくる。  人…物…噂が、その主だったものだろう。 今も、船から降ろされる荷物とは別に。 港に停泊する数々の船より、大勢の旅客が降りていた。 だが、その人々に目を向けると。 旅客の中には、様々な姿をした人達が居る。 例えば、黒い礼服やドレスなどの、所謂の処で正装をした男女や家族。 また、マントや荷物を背負う、旅人の様な姿の者。 然し、そんな旅客の中に混じり。 全身に、鎧などの防具を纏い、武器を持って武装した者や。 一方では、貴族だの老人や身体に障害を負う訳でも無いのに、ステッキや杖を持つ者達まで居た。 その姿は、船乗り、旅行者、吟遊詩人や旅芸人と云った、一般の旅客とは明らかに異質な姿だろうが。 そんな姿をする彼等の数は、旅客の数に勝るとも劣らず。 そして、彼等を特別に旅客が怪しみ、船乗りや警備兵が咎める事も無い。 実は、世間一般で云う処で、彼らは[冒険者]と呼ばれる。 冒険者は、世界を旅するだけの旅人とは違い。 その持つ武器や魔法という力を遣って、文字通りに‘冒険’をする者達だ。 辺りの人々は、彼らを特別な視線で見ることは無い。 この世界で冒険者は、特別な存在では無いからだ。 寧ろ、‘駆け出し’との俗称で呼ばれる。 冒険者の新人や、芽が出ず屯する者などは、この世に溢れているし。 また、普通に今は働いている人の中にも、元冒険者だった者は、たくさん居るだろう。
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