第三部:新たなる暫しの冒険。

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第三部:新たなる暫しの冒険。

    ‐ prologue ‐ その男は、どうして宛のない旅をするのだろうか。 凄絶、強烈、喩える言葉が見つからぬ力を持ちながら、支配も望まぬままに居る。 彼は、その力で何を得たのか。 彼は、その代償に何を失ったのか。 彼は、その上で何を探すのか。 今、彼は、放浪して何をしたいのか。 それは、誰にも解らない。 だが、彼は新たに流れて居る。 気の向くまま、足の向くまま、風の向くまま。 そして、見えない縁の呼ばれるままに…。  ‐ 彼を知る知人より ‐ 第一章 【新たなる出会いと冒険の記憶】 [その0.灼熱の荒野に舞う死神の剣。] 青空は、何処までも高く。 照りつける日差しは、生きるもの全てを焦がすかの様に降り注ぐ。 そして、地表ではゴウゴウと砂嵐が吹いていた。 昼間の今。 この砂塵を巻き上げる荒野の温度は、人の体温など軽く超えるほどに暑い。 北の大陸の中央付近に位置する、古代王国ホーチト。 其処から西に陸路で進むと、広大な大地溝帯が存在する。 この溝は、広大な広さを持ち。 ホーチト王国より、その溝帯の対岸と成る神聖王国クルスラーゲまで、東西を横断する道のりは、約数百里。 また、溝帯南端の海から溝帯の北端までは、本の一説に因ると千里を超えると言われる。 古くから存在するこの大地溝帯は、西側と東側に別れた両国の緩衝地帯として、領有も主張されないままに今に在る。 何故、領有を主張しないのか。 それには、幾つかの理由が有った。 先ず誰にでも解る事は、この溝帯の東西と北は、標高の高い岩山が高い壁を生み出して、荒野や砂漠の広がる溝帯内部を檻の様に閉じ込める。 雨雲が殆ど入り込めない溝帯内部は、砂漠と荒野だけが広がる厳しい自然環境の地。 詰まり、水が無い土地で在り、支配しても旨味が無いのだ。 仙人掌やアカシアなどの乾燥に強い植物が、広大で何も無い砂地や硬い土の剥き出しになる荒野に、ポツンポツンと疎らに生える程度。 緑など、本当に極々限られた場所にひっそり在る程度。 こんな土地だ、もし領地と主張して得たとしても、開拓するのにどれだけの費用と時が掛かるのか。 だが、最大の理由を語るならば。 この厳しい自然環境ながら、特定の恐ろしいモンスターの巣窟で在り。 領有を主張するならば、そのモンスターの脅威を排除する責務が発生する。 只でさえ、街を築く事すら出来ない地に。 討伐の手を送り込んでも、餌食が増えるだけ。 その昔には、この大地を領有にしようと海賊やら悪党が入り込んだ事が在った。 然し、大船団で押し寄せたにも関わらず、人を襲うべく集まって来たモンスターに因って、二度と暴れる事も出来ず皆殺しにされた。 その過去も有り、溝帯の中では夜な夜なに不死モンスターすらも彷徨う処と成っていた。 ま、そんな厳しい自然環境とモンスターの影響から。 この溝帯を横断して旅をしようと云う者は、先ず居ない。 皆、無理をしてでも金を払って船に乗り、海路を足に移動する。 さて…。 その広大な溝帯のど真ん中。 雲の姿も無い天空に、1羽のハゲワシが飛んでいる。 大きくグルリグルリと、似通った処を舞っていた。 そのハゲワシ、何かを待ち望むかの様に舞っている様だ。 ハゲワシの目には、その生き物の住まわない荒野を行く、黒い点が見えていたのだ。 その黒い点は、西に向かって動く人であり。 生地は薄めだが、縫い目の締まった黒いロングコートを羽織る。 砂が入らないようにと、コートの首元などはしっかりとボタン留めされて。 コートの下に着る黒シャツは、襟だけ伸ばしてコートの高い襟を越えて顎周りを隠す。 下のズボンも黒皮のもので、何処から見ても全身黒ずくめ。 その者、コートに付けたヨレヨレのフードを被り、顔がはっきりと見えない。 この灼熱にして砂塵の舞う荒野を行くその人物は、痩せた体つきをしているのだが。 この灼熱の荒野を行きながらも、汗を流して死にそうな雰囲気でも無い。 中身の少ない背負い袋のシワには、舞う砂塵が落ちて砂粒が酷く降り積もっていた。 砂塵が、低地で強い風に吹き上げられる中。 空を舞うハゲワシは、その者がその内に力尽きると見ていたのか。 だが、何故だろう。 何かに慌てる様に、ハゲワシは直ぐにその場から離れていった。 一方、荒野を歩く者は真昼の暑い中で、ピタッと立ち止まった。 砂塵が、自分を中心にして吹いているのだから。 そして、 「ハァ…、詰まんねぇぞ」 と。 誰に言ったのか、淀み無い男の声だった。 このフードを被った黒ずくめの人物は、顔が見えないが男らしい。 その時だ。 “シャアアアアアアーーーーっ!!!!!!!” 突如、爆発的に蛇の威嚇音の様な大きい音が、男の真下で響いた。 刹那・・・。 いきなり荒野の大地の一部が轟音を上げながら砕けて、突き上げる様に跳ね上がった。 黒い目の怪物染みた巨大な鰐が、男を地面の中の真下から一飲みにせんと、大地を突き破って姿を現したのだ。 硬い土を空中へ、高く高くに跳ね上げて…。 もし、他人がその光景を間近に見たならば、見上げるほどに高く飛び上がり現れた大鰐だが。 まだ、その後ろ足は、地面の穴の中。 つまり、それだけ大きいと云うのだ。 ドスンと地響きを上げて、前足が乾燥した地面に着いた時。 大鰐の怪物は、口の中に入ったと思われた黒ずくめの男の肉を味わうべく噛んだ。 が、然し…。 大鰐は久しぶりに味わう筈の血の味が、何故か口の中に広がらないので、その口の動きを止めた。 もし、逃げたハゲワシが天空から見ていたら、大鰐の頭上に立つ黒ずくめの男を見ただろう。 そして時は経過し、夕日が荒野を赤く染める頃。 これまた理由は解らないが。 あの大鰐は、現れた場所にて身体を3枚に下ろされ死んでいる。 その遺体にハゲワシが何百匹と群れて、忙しく大鰐の肉を啄ばんでいた。 [その1.チーム結成!] 〔神聖皇国クルスラーゲ〕 一般の俗称は、‘宗教王国’、‘神聖王国’と云うが。 この国は、教皇王が治める地。 そして、慈愛・博愛・優愛の象徴である女神〔フィリアーナ〕を信仰する、“フィリアンタ教”が母体に統治される宗教国家である。 だが、他の神の信仰も自由で在り。 宗教信者が国民に多い国だ。 産業は、主に銀山・鉄鉱山を主流に、鉱物の輸出で国の経済が成り立つ。 また、農業もそれなりに盛んだ。 この国は、東西南北をほぼ封印されるかの様に自然で囲われており。 国の南側は、交易を行う都市が面する大海。 左側は、ギャンブルで成り立つ国で、百・千の名を持つ国とも言われる通称“グッドラック”と、髙地を挟んで面し。 右側は、溝帯を閉じ込める広大で標高も高く嶮峻な岩山で。 そして北は、鉱物資源の豊富な高い山脈が並ぶ。 処が、特に問題なのは北の山間より上だ。 太古の神と悪魔の戦いに於いて、多数の魔王を呼び出したとされる大地が広がる。 神聖皇国は、その地を封ずる為に建国されたと言って良い歴史が在る。 この大地は、文献で知るにその広さは世界最大の広さを持つと言われる。 〔ダロダト平原〕と呼ばれる場所には、悪魔を呼び出した穴が無数に空くとされ。 この大地からモンスターが押し寄せる事を防ぐ為に、北の山脈には結界が張られている。 それでも、その神聖なる力の結界を掻い潜り、無数のモンスターが山に入って来る。 その討伐は、延々と冒険者やこの国の軍隊が行って来た。 この数百年ばかりは、破滅的な大侵攻は起こって無い。 が、その2歩、3歩手前の侵攻は起こっており。 その様子は、20年から50年に1度と言われている。 近年でも、2度ほどの侵攻が有り。 軍隊・冒険者に多大な死者を出したとも言われていた。 さて、このクルスラーゲを訪れる者の玄関口となる場所は、大きく3つ。 1つは、西側よりギャンブルで成り立つ国から続く街道だ。 但し、最も人が訪れる場所となると、東西の航路で繋がる南岸に点在する交易都市だろう。 大小いくつかの港街では、連日に大型客船が行き来している。 文化的な神殿や歴史的な遺物も多いこの国は、冒険者に依頼の絶えない国で人の移動が多い。 そして、第3の道は北東の街道だ。 スタムスト自治国から岩山の一部をくり抜いて作られた道で、今はかなり安全な街道となり人馬が行き来している。 そのスタムスト自治国よりクルスラーゲに来ると最初に到達する街が、〔交易都市バベッタ〕だ。 石造建築都市で、歴史的にも古い街並みが多い。 クルスラーゲの北東北に位置するスタムスト自治国より物資が流れて来る為か、食べ物も両国の味が混ざり合う。 この街は、最近また発展し、住人となる人口は200万人を超えるとか。 城塞都市ながら、都市の中を何本もの運河用の水路が在り。 この国の首都となる〔皇都クリアフロレンス〕や川沿いの南に在る〔貿易都市スペラング〕に荷物を運ぶ、運河交易の中継都市に成っていた。 また、硬い大地の多いこの国の中でも耕作地の広がる街で、運河と共に発展の成長が期待されていた。 この都市は、大きく歪んだ円形をし。 その西側は今も街を広げる事業が行われているが。 商業の中心で、人の往来が賑やかな目貫通りは、運河と運河に挟まれた高台を南北に約一里も伸びる。 その目貫通りは、左右に様々な商店が軒を連ねていた。 今日は、何日も降り続いた雨の後で、久しぶりにスッキリと晴れた。 この街から西や南に向かう旅人や商人などが、連日に降り続いた雨から開放されて漸く旅立てると、その用意に追われているのか。 目貫通りを歩く人が、普段より幾分多い。 その中、通りの南沿い。 武器屋や防具屋などが、特に多く軒を連ねる場所で、今。 3名の男女が、店と店の切れ間に設けられた、水路を見下ろせる休憩場に居た。 先ず、椅子代わりの磨かれた円筒形の石に荷を下ろす赤い髪の若者が言う。 「ハァ~。 やっぱり武器は、どれも高いな~。 お金が無い僕じゃ、欲しいモノにも手が出ないよ」 そう語る若者は、黒い鉄製の上半身鎧を身に付ける。 背丈は、高くも無く低すぎる訳でもなし。 済んだ目、小ぶりの鼻、中々のスッキリ顔。 肌は褐色で、無駄の無いスリムな身体つきをする。 また、左の腰には、鎖と鎌の繋がる武器をぶら下げていた。 鎌の刃渡りもやや長め、柄も市販の草刈り鎌とは違う金属製だ。 だが、ボヤいた彼に、間近と成る石の椅子に腰掛ける女性が。 「でもさぁ、先に斡旋所へ行って、チームを結成しない? チームがバラけた以上は、早く結成して仕事しようよ」 若者にそう訴えるのは、白い肌の女性だ。 黄緑色の瞳、赤い唇、尖がった耳。 綺麗な顔立ちだが、やや勝気の性格も香る。 黒の中に蒼色が光る髪は、長く後ろに流してあった。 背丈は若者より頭半分以上は高いが、身体の華奢さはまだ13・4の少女の様。 黒いジャケット、黒革の膝上スカートを穿き。 背中には、背丈の半分以上の長さがある銃が背負われている。 何処か、普通の人とは少し異なった容姿の女性であった。 また、その2人を見下ろすような大男が、水路を背にして寡黙に立っている。 ツルッ禿の頭、捻くれた唇、ニキビの痕がゴツゴツした顔。 眠たそうに瞑っていそうな目つき、団子をくつけた様な鼻。 パッと見ては、うだつが上がらない雰囲気の男性である。 右手には、汚れた木の杖を持っていて。 薄い緑のコートローブを着ていた。 赤毛の褐色肌の若者は、 「セシルの言う通りだね。 じゃ~チームの結成しよう」 と、銃を担ぐ女性に言った。 「はいはい、それでイイわ。 リーダーは、ステュアートでいいわよ」 「解った」 “ステュアート”と呼ばれた若者は、間近に居る大男にも。 「オーファー、斡旋所に行こうか」 すると寡黙そうな大男は、大らかそうに頷く。 「うむ、解かった」 意外にも、姿に似合わぬ澄み切った低音域の声で喋る、物腰も温和な感じの大男オーファー。 目的を一つにした3人は、荷馬車から人通りの多い賑やかな目貫通りを北へと、揃って歩き出して行く。 南北に伸びる目貫通りの真ん中付近。 十字路にて店の切れ間が見える左右の通りの先には、水路を越える為に石の立派な橋が架かっていた。 馬車や人が激しく行き交うこの十字路の右上角には、赤い外壁で洒落た三階建ての建物が在った。 通りと面する建物の縦横軒下には、鉢植えの草花が並び。 とても親しみやすい印象の店構え。 だが、この店。 花屋でも、飲食店でも、何か専門的に売る商店でも無い。 歴とした冒険者協力会の斡旋事務所なのだ。 店の名前は、【水面に映える香櫨亭】と云い。 2年前に、年齢から身体を壊した主の老婆に代わり、中年女性へと主が代わった斡旋所である。 ステュアートは、オーファーとセシルの2人を連れて、その建物の扉を潜った。 その瞬間。 「コンニチワ、コンニチワ、ノンビリシテネ」 店の入り口に置かれた鳥篭の中の九官鳥が、こんな事を言って3人を出迎える。 「うわっ・・」 九官鳥に驚いたステュアートは、入った中の向かい合って腰掛けるテーブルに、何十人と冒険者達が集まって居るのにまた驚いた。 スチュアート達3人は、教皇王の居るこの国の首都、“聖都・皇都クリアフロレンス”から来たのだが。 向こうの斡旋所と、屯する人数が変わらないのだ。 人口では首都の方が、このバベッタの3倍は有ると云うのに…。 斡旋所に入って左側、先まで伸びるカウンターは、20人前後の座れるストゥール席が並ぶ。 また、入って右側に背を向けて在るソファーの側面に通る通路に曲がれば、飲食店の様な向かい合わせで腰掛けれるテーブルと椅子の組み合わせが40前後。 2人席から8人席までの組み合わせで。 ざっと見積もっても、これだけで150人は入れる店内だ。 また、通路を奥まで行って左に曲がれば、大きいテーブルの多人数が掛けられる席も在る。 入り口よりステュアート以下3人が直進して、カウンター前のストゥール席の後ろを行く途中にて。 カウンターに立って静かにグラスを磨く女性が、ステュアート達3人に声を掛けて来た。 「いらっしゃい。 貴方方は、仕事探し?」 「あ・・・」 声に気付いたステュアートは、女性に向いて見ると。 (うわぁ~美人だぁ…) 黒い貴婦人用のドレスを着た女性は、青い目の性的な肉体美の魅力溢れたな大人の女性だった。 セミロングの黒髪は、まるでシルクの様に柔らかそうで。 グラスを磨く手元の前に張り出す胸元は、男心を誘う色香が漂う。 顔や首筋の白い肌、優雅な手つきの細い手。 思わず見てしまう美女である。 其処へ、 (ゴラあ゛っ!!!) 小さく怒鳴ったセシルは、ステュアートのお尻をギュッと抓る。 「イギっ!!!!」 強烈な痛みに、ステュアートはギョッと伸び上がった。 取り込む仲間を代表し、オーファーが一礼して。 「すみません。 チームの結成したいのですが」 前髪が緩やかにウェーブを描いて、目元や鼻上に触れる美人女性は。 客が態と前に居ないように間を空けた、ストゥールとストゥールの間のカウンターの内側で。 ガラスのコップを横に置くと、前のめり姿で3人を見てくる。 「わわわ…」 立派な胸の谷間がそっくり見えるので、ステュアートは驚いて顔を赤らめた。 視線のやり場に困っている、若く初々しい様子のステュアート。 その様子を見て、カウンターの内側に立つ美人は、 「キミ、可愛い子ね」 と、更にこう言った。 その様子を見たセシルの顔が、急激に不愉快なものへと変わる。 美人女性は、形相の一変するセシルを見て。 「あら、こっちは彼女? だったら、ゴメンなさいね」 処が、セシルはプイっと横を向いて。 「違うわよっ」 と、その美人を毛嫌いする様に否定した。 すると、カウンター内側に立つ女性は、ステュアートに向かって。 「リーダーは、君?」 「あああ・・、ハイっ!」 慌てて返すステュアートは、ビシッと立ち直す。 美人な女性は、優雅な手つきで肘杖を付いて。 「でも、貴方達3人を見るに、本当に成り立ての初心者じゃ~無いみたい。 入ってたチームが、解散でもしちゃったの?」 「あ、ハイ」 尋ねられるまま、バカ正直に頷くステュアート。 セシルは、ガヤガヤとしている辺りを見ながら。 「仲間の1人が、冒険者を引退したの。 他2人は、親友のチームに入りたいからって…。 とにかくリーダーが隠居したから、解散よ」 美女は、教えてくれたセシルに。 「前のチーム名とリーダーは? 座って、ゆっくり聞くわ」 ステュアートとセシルは、その話に見合う。 実は、こうゆう場合。 解散前のチームの知名度などは、これからチームを結成するに当たって、微妙な影響を与える。 然も、斡旋所の主人らしき相手が話したいというなら、こういった交流をいい加減にする訳にも行かない。 ステュアート達3人は、女性の前のストゥールに座る。 だが、オーファーだけは身体が大き過ぎて、残された細いストゥールには座れなかった。 だから、空いている椅子を1つ取ろうと、カウンター並びの突き当たりで。 通路先の内壁に沿う2人掛け席に向かい。 椅子が見える仕切りの中に身を入れると。 「あ、失礼…」 仕切りで見えない内側の席に、何と人が居た。 フードを被った者で、仕切り壁に凭れて寝ている様だった。 この客を隠す仕切りは、大男のオーファーより高く、折り畳みが利く簡易的なもの。 オーファーは、寝ている相手を起こさぬように、静かに椅子を取り出して仕切りを戻しておいた。 さて、先に美女と話を進めるステュアートが。 「以前に加わっていたチームの名前は、〔ガンダールナイツ〕《桃源郷の騎士》です」 と、言うと。 聴いた美女は、その名前に直ぐ反応して。 「まぁ、それって‘クルフ’のチームじゃない」 と、驚いた様に見せる。 セシルは、美女に出された水入りのグラスを片手に。 「あら、リーダーを知ってるの?」 すると、美女はしっかりと頷き返して。 「当たり前よ。 この斡旋所を姉妹で受け継ぐ2年前まで、私も冒険者だったわ。 〔片目のクルフ〕は、片手斧を使う勇猛な冒険者。 一時、モンスター討伐に関する仕事の成功率は、世界でも指折りだったし」 然し、‘姉妹’と聞き。 セシルは、カウンター向かいの美女へ。 「“姉妹”?」 と、聞き返す。 美女は、頷いて店の奥を指差した。 椅子を持って来たオーファーと一緒に、2人もその方へと振り返れば…。 窓側の並びとなるソファー席を占拠する様に、各テーブルに就く大勢の冒険者達が居て。 それぞれ各テーブルのチームから、メニューらしきものを聞いて見せられて居る美人が、何等かの対応をして居るのが見えた。 ステュアートは、カウンター内の美女と見比べて。 「似て・る」 と、呟く。 そう、カウンターに居るこの美女に、テーブル席の話を聴く女性の顔が、何処か此処か似ていた。 姉妹だというが、2人揃って良く似た美人である。 テーブル席の対応をする女性は、青いワンピース姿で。 カウンター内側に立つ美人より、気持ち背が高くて髪も長い。 椅子に座りながら見たオーファーは、カウンターの方に顔を戻すと。 「まさか、貴女方は…。 あの〔リスター・ザ・ウィッチ〕《三ツ星の魔女》ですか?」 と、問い掛ける。 カウンターの美女は、オーファーの問い掛けで微笑し。 「ご名答。 私は、三女のミラ。 向こうが、次女のミルダ。 上の上級受付が、長女のミシェルよ。 の~んびり、3人でやってるの」 セシルは、ミラを見て目を丸くする。 「“リスター・ザ・ウイッチ”って、まだやれるって噂のままに辞めた、結構有名なチームじゃない。 うわっ、てか、何で辞めたの?」 すると、ミラは笑って。 「姉さん2人が、或る出逢いから直ぐに結婚してね。 んで、それを見てたら、私も結婚したく成ったから。 この街に住むって決めて、3人で辞めちゃった」 「え゛~~~っ、“辞めちゃった”ってさぁ…。 てか、お姉さんに相手は居るの?」 話の流れで質問され返されたミラは、右手を頬に添えて上に顔を傾げる。 「一応~候補はねぇ~。 でも、なんか・・・イマイチ燃えないのよ~~~」 「ふ~ん」 目つきを細めて、疑る様な相づちを返すセシル。 “相手なんか居ないんじゃないの?” と、内心で思う。 一方、その隣に居るステュアートは、躊躇いがちに。 「張り紙とかで募集したら・・如何です…?。 凄く集まりそうですよ、アハハ…」 と、提案。 すると、まんざらでも無いミラ。 「そうねぇ~。 それもいいかも~」 セシルは、有名なチームが解散したと知って。 「ステュアート、チャンスだよっ。 有名なチームが、リーダーも含めて幾つも解散してるンだ。 アタシ達にも、割のイイ仕事が回って来るかもっ」 希望を持って、可能性を見込む様なことを云う。 処が、だ。 その話を聞いた直後、何故だか横目へと変わった女主人のミラで。 「でも、そうなれば無論、競争相手は世界にも、この国にだっていっぱい居るわよ。 ミルダ姉さんが話を聞く、あの各チームだってそうだし。 それに、なんでも極最近だけどね。 凄い美女が2人居るチームが、突発的な大きい仕事を成し遂げたって噂ダシ~」 と、遠目からの注意を促して来る。 然し、そんな事に気付かないセシルは、水をグッと飲んでから。 「綺麗だけって噂なら、噂は見せ掛けね」 見てない相手で、然も容姿を誉める処が先走る噂など、全く取るに足らないと聞き流したセシル。 だが、セシルの言動をチラ見するミラは、その右手をヒラヒラさせて。 「そうでも無いわよ~。 なんでも噂に因れば、或る町で失踪した女性の関わる難事件を、死人も出さすして円満解決したっていうし。 あの有名な“グランディス・レイヴン”の面々が、モンスターの巣窟に成ってた山に行って行方不明になってたのを。 そのチームが‘合同チーム’を結成して行って、見事に死人を出さず救出して来たとかぁ。 マニュエルの森や、その先の奥に聳える山に行って帰ってきたなんて、新人でも凄腕よ」 2人の話を黙って聞いていたオーファーだが。 ミラのした最後の話の内容に驚いて、水の入ったグラスを口に運ぶを止めて。 「“マニュエルの森や奥の山”・・。 その話は、ホーチト王国の方ですか?」 「えぇ。 昨日、噂で入って来たモノよ。 ま、事実確認は、とっくに取れてるわ。 そのチームの名前は、“ホールグラス”って言うのよ」 他人の成功話など気に入らないセシルは、ツンケンした顔で。 「あっそ。 他のチームの成功なんて、どーでも良くない? それより、こっちのチーム結成を早くしてよ」 と、生意気を丸出しに言う。 其処で、ミラの眼がスッと細まった。 その鋭く成った視線で、やや横柄とも言えるセシルを見る。 「結成は、何時でも自由よ。 但し、貴方達には、クルフの時と同様の仕事は、絶対に回せないわ」 その、直前までの緩い話し方がまるで嘘のように、手の平を返して変わったミラの物言い。 一方、急に突け放されたセシルの顔は、急激に苛立つ表情へと変わって行く。 ミラの言葉に、目に、態度に、明らかな棘を感じたからだ。 「それ、どうゆうことよ…。 アタシ達に、仕事を回さないって訳?」 するとミラは、表情を覚めさせた涼やかな顔をし、3人を前にして言う。 「いい。 もう有能なリーダーが率いた貴方達のチームは、解散したの」 「だから何よっ」 「貴女、前のチームが有名だったからって、何でもかんでも優遇はされないのよ。 第一に、私達姉妹が辞めて主に成ってから、“ガンダールナイツ”のチームがこなした仕事の噂は、とっても少ないわ」 ミラのこの意見に、セシルは直ぐに反論が出来ない。 何故なら、強ち指摘は間違って無いからだ。 名の知れたチームで、15年以上も冒険者をしていたミラ。 ステュアート達3人の中で、このままでは仕事に支障を来しそうな足手纏いが居るとすると。 それは、生意気で世間知らずのセシルと、そう判断したのだろう。 「今の貴女達の中に、もうクルフが混じって居る状態でも無いのよ。 他から引き抜きも掛からない、他の仲間からも残された3人なの。 然も、貴女やこの若い彼は、どの程度の力量が有るのかも解らないわ」 と、追撃する。 矢面に立たされて、次々と責められたセシルだが。 一緒に聞くステュアートとオーファーは、 “確かに、それは云えている” と、ミラの話を理解する。 だが、ミラの口はまだ止まらない。 セシルを見たままに。 「それにね、セシル。 貴女みたいな態度でしか他人と接しない人に、難しい仕事を回す気には成れないわ。 たった3人しか居ない中で、貴女が足を引っ張るのが手に取るように解る。 いい、冒険者達は、其処の斡旋所の扉を潜る時から既に、主人から力量を見量られてるモノなのよ」 と、入口を指さした。 チームを結成しようと云う矢先に、主のミラから注意されたセシルは、その顔を更に苛立たせる。 「だけどっ、クルフが引退した責任は、私の責任じゃ無いっ! チームを結成するって云うだけで、何で其処まで言われなきゃなんない訳っ? スッゴいムカつくっ!」 遂に、セシルの感情がブチ切れた。 「セシルっ、落ち着こうよ、ね。 ミラさんは、僕ら3人に言ってるんだから…」 ステュアートが宥めるも、セシルは苛々したままにそっぽを向く。 (やれやれ・・気の強い女性とは、どうも…) 困ったオーファーは、周りからも見られて居る事を知る。 ミラの姉のミルダとやり取りして、別の出口から斡旋所を出て行く冒険者の一団も居る。 然し、オーファーには、別の事も思い浮かぶ。 (セシルは、全く解って無いが。 クルフが引退した理由の一部には、セシルのことも関係在ると思うのだがな…) オーファーが知るクルフと云うリーダーが、ついひと月ほど前に引退を決意するまでには。 約5年ほどの間に次々と起こった出来事が絡む。 その要因を言い訳の様にすると。 先ず彼のやる気を削ぐ原因として、 “その他大勢に埋没した” と、言って良い。 最近は、モンスター討伐を主体に請ける専門的な風を装うチームが、世界的に増えていた。 然し、その依頼の成功率や成功数が高いからと云って。 ミラの云う様に‘有能’と判断するかは、人に選る。 詰まり客観的に見れば、内容が‘討伐’と云う簡単な事だから。 戦いに熟れたとか、実力を秘めたる者には、誰でも遣れる仕事でも有る。 実は、この数十年で世界を渡り歩く冒険者の数は、右肩上がりの激増の一途を辿る。 だから、死ぬ者も増えるのだ。 そんな中でも、依頼の数は何処でも炙れているのに。 “モンスター退治”と云う依頼は、何処でも取り合いに成るのだ。 モンスターを確認して、退治するだけで事足りる仕事と云うのだから。 ま、馬鹿で無ければ出来る…と、そう言ってしまっても言い過ぎでは無い。 然し、冒険者の世界も、運や実力がモノを云うにしても。 経験や知識や実績が多大にモノを云うのは、他の仕事とも共通する。 ポッと出たチームが、何でもかんでも仕事を自由に回して貰える訳では無い。 では、どうして実績の在るクルフが、後から台頭して来たチームに埋没するのか。 その理由を細かく分析すると、頭脳戦に長けた者の所為と云える。 冒険者達の中では、ここ数十年から百年の幅の間で流行るのが、頭脳的な戦略計画で在る。 冒険者達も、大まかに分けると二大勢力となる。 一つは、冒険者に憧れて世界を飛び回って、人生を冒険で埋め尽くしたい者だ。 二つ目は、冒険者として名を売り。 有名に成って、畏敬を集めたいとか。 また、偉くなりたいとか。 富を築き上げたい者で在る。 前者は、この物語を通じて描くことだから、敢えて細かく此処では紹介しない。 だが、後者は少々か、それ以上に厄介だ。 今、この行為は下火に成りつつ在るが。 モンスター退治やモンスター目撃報告が有る依頼のみを請け。 犠牲や被害など無視して、仕事を成功させる事を目論み。 チームの人数を最小限にして、その仕事の都度に必要な人材や頭数を加えて。 数と力頼みに、仕事を成功させるのだ。 仕事の成功に於ける恩恵は、チームとリーダーと実力の有る者へ自然と向かい易い傾向が付き纏う。 “内容はどうあれ、最悪でも成功はさせる” あの、Kが始末したガロンのやって居た事と似る。 処が、最近まで流行ったやり方は頭脳的に分析して、確実に勝てる相手となるモンスターのみ選ぶ為。 その実力を主が測り切れ無いが、とにかく何かを遣らせてみよう。 これで回した仕事が成功すると、主もその相手に次を任せたく成る。 そして、数年はモンスターを選んで倒す事で実績を作り上げ。 何処かで、実力の有る流れ狼的な冒険者をチームに引き入れ、一発逆転を狙えそうな難易度の高い仕事をして。 とにかく成功の見込みを無視して、こなした実績数だけを作り出そうと考える。 犠牲を出そうが、何処かに被害を出そうが知ったことでは無いとするのだ。 この遣り方では、モンスターの絡む一般依頼は、失敗を穴埋めする補強材。 難易度の高い仕事を失敗したり、成功と思われる形に出来ない場合は。 逆に主へ賄賂や仲間の異性をチラつかせて、不正に成功しそうな依頼を回して貰うなどの手を使う者が居た。 クルフと云う男は、頭は良いが真面目な人物で。 そんなやっつけ仕事も出来ないし、汚いことやら狡賢いことも出来ない。 そんなクルフは、それまでの実績がモノを言って、或る時から難易度の高いモンスター退治を請ける事が増えた。 だが、難易度の高い依頼だから、相手となるモンスターは強敵と成る。 その時のチームは、計7人の万能な仲間だった。 だが、頭脳的に狡賢く立ち回る他のチームの影響から。 浮き残る緊急に成る上に危険度の高い仕事ばかりを回され、その結果として同年齢の仲間の僧侶を亡くした。 これは、一言で‘こう’と言い表せないが。 仲間で親友を失う事だけでも辛いが。 それまで、自分の不備を補う者を失う事は、人生の流れが変わってしまうものだ。 その衝撃は後に、クルフとその亡くなった僧侶の関係を繋いで居た、或る神官戦士の女性をも失う流れを生む。 そして、オーファーがクルフのチームに入ったのは、この直前だ。 別のチームに入っていたオーファーだったが。 不細工な顔だとして、若い綺麗な魔法遣いと入れ替えさせられた。 その様子を見ていた神官戦士の女性が、オーファーをクルフへと引き合わせてくれたのだ。 その直後に請けた依頼は、主の掻き集めた情報がいい加減で。 恐ろしい能力を秘めた、集団で生きるモンスターを相手にする事に成る。 その結果は、クルフ達を助ける為。 先に亡くなった僧侶の意志を継ぐ様に、神官戦士の女性が身体を張ってしまい。 結果、彼女との死別と云う結果を生んだ。 家族の様な仲間2人を失ったクルフは、その後に仕事の請け方を変えようとするが。 実績と実力が半ば伴う為に、回される依頼は裏が有るものが多く。 1人・・また1人と、復帰不能となる怪我をした仲間が冒険者を辞めて行く。 その過程で、後から新たに加える若い者は、頭脳的な流行りの遣り方から炙れた者ばかり。 能力が無い訳では無い。 然し、協調性やら人間性が欠けて居る。 詰まり、チーム内での信頼やら結束力が微妙と成る。 オーファーが知るに。 最後の方の加入者と成ったセシルが来るまで。 その2・3年の間に、チームで入れ替わった人数は実に20人を超え。 その辺りから、新入りの割合が濃くなるクルフのチームに、 “難易度の高い仕事を回せる実力が在るのか” と、斡旋所の主も疑う様に成る。 その為、他の頭脳的に動くチームと同じ域に段々と落とされて行った。 そんな要因は、オーファーよりも先に元々からチームに居るクルフの仲間と、新しく入る若い者との実力や経験の差が大き過ぎた事だろう。 クルフの遣り方では、自分自身の命が危ういと知れば、自然と抜けて行くし。 逆に、仲間としてクルフを慕う若手は、オーファーを境にして実力差が出るから、死んだり怪我したりして消える。 オーファーが加わる前の1年半程前より、加わってから後の3年近くで。 人間関係の変化が目覚しく起こる事から、クルフ本人が精神を疲弊させたのは紛れも無い事実。 そして、其処に来て、トドメを刺すに近い事をしたのは、実はセシルなのだ。 今から1年半ほど前か。 或る斡旋所にて、チームから爪弾きにされて居る若者が居た。 “駆け出しのクセに生意気なっ! 大人しくリーダーの云うことを聴けっ!” 然し、怒鳴られていた若者は、その斡旋所のマスターに或る事実を語っていた。 話を聴いた斡旋所のマスターは、その若者の言う話は捨て置けないと。 若者の居るチームに、事態の調査をするなら依頼を回すと言い渡す。 その若者こそ、西の大陸より渡って来た駆け出しのステュアート。 然し、ステュアートの居たチームは、リーダーがスチュアートの意見を聞き入れる事に強い不満を持ち。 仲間と言い合いの末、強気に解散を云って。 そのままリーダーだった男が夜逃げしてしまうことに成る。 だが、その一連の様子を見ていたクルフは、オーファーにステュアートを気に入ったと。 そして、ステュアートをチームに加えたクルフは、オーファーと共に彼を育てようとする。 この後、スチュアートが注意した依頼を請けたクルフは、見事に依頼を解決した。 斡旋所の主も、スチュアートとクルフに礼を込めて手当の割増をした。 オーファーの目から見て、クルフとスチュアートの相性は悪くないと思えた。 容姿の所為か、対人関係に面倒が掛かるオーファーにしてみれば、スチュアートがクルフの後を継ぐとなれば良いと感じた程なのだ。 処が。 それから、ひと月ほどした頃に。 と或る斡旋所にて、ステュアートが知り合ったとセシルを連れて来た。 セシルは、女性にしては背が高く。 純粋な‘人間種’ではなく、‘亜種人’と云う別の人種の血が混じる。 尖った耳や鼻は、正にその血統の現れなのだ。 そしてクルフは、20歳以上の年齢差ながらセシルへ恋をしたのだ。 だが、此処まで綴った話の内容からして、生真面目なクルフが巧みにセシルを誘う様な事が無かったのは、御解り頂けるかも知れない。 一方、セシルの方は、目の前に立つミラ同様に。 純粋で若者の雰囲気を丸出しにするステュアートに靡いていた。 何より、自分を有名なチームへ引っ張ってくれたスチュアートに、感謝も含めて好意を抱いた訳だ。 その後のクルフ本人は、セシルを優遇したくなりながらも。 反面で、本心を明らかにする事も、ステュアートやオーファーを蔑ろにする様な差別も出来ず。 悶々として、1年以上を過ごす。 そして、或る出来事が起こる。 新たに請ける依頼を巡って、途中から入った仲間3人とセシルが、真っ向から対立したのだ。 或る大商人の出した依頼と、突発的に起こったモンスター退治。 途中から加わった3人は大商人の依頼を請けて、大商人との知り合い関係を欲した。 大商人などと知り合えば、輸送する商品の護衛など安定した収入を得れて。 尚且つ、チームの名前も拡散が狙えると。 確かに、手堅く楽で賢い選択だ。 それを取っても、文句は無い。 賢く上手に立ち回って何が悪いか、そう云う話だ。 が。 セシルは、冒険者として有名には成りたい方だが。 情には左右されやすいし、助けを求めて来た村人を見捨てられない。 後先も考えたクルフは、 “緊急性の低い大商人の案件は後回しにして、先に突発的で急ぐ必要が在る依頼を優先しよう” と、仲間へ提案する。 処が、その緊急性の高い突発的の依頼は、危険性に見合う報酬では無く。 その異議を立てる3人は、何か心中に企みが在りそうと。 オーファーは、気味悪かった。 また、何故だかその時は解らなかったが。 異議を訴える3人は、セシルを毛嫌いしていて。 今から考えると、 “セシルやステュアートをチームから外そうと画策したのでは?” と、感じることも出来た。 その時、クルフに素直に従うのは、オーファーとステュアートで。 クルフに横槍を入れても、赦されていたのはセシルだからだ。 疎外感か、はたまたセシルへの嫉妬か。 彼等3人の真意は、未だに解らない。 だが、その3人とセシルの喧嘩腰による遣り取りは、丸一日続く。 性格からしてオーファーとステュアートは、金に困らない時だったし。 クルフの意見も在ると云うことから、セシルの側に加担した。 こうなると板挟みに成るのは、やはり決定権を持つリーダーのクルフ本人。 クルフは、セシルを隠れて好いているが。 一方で、戦力として、仲間として、3人を蔑ろにしたく無いから、その時の心中たるや心苦しくて仕方なかったハズだ。 遂に、二日目に突入したその言い合い。 其処に一石を投じたのは、斡旋所の主だ。 村人を助けに行くならば、報酬の割り増しを申し出た。 これで、話は丸く収まるかに見えた。 然し、その反論した3人は、その日の夜にチームを抜けると言い張り。 大商人の依頼を請けないならば、自分等は行かないと言い始める。 それでも、クルフは村人を助けようと説得する。 何故ならば、クルフは経験から知っていた。 犠牲が見える緊急な依頼を見捨てて利口の道を選べば。 後からは、犠牲を知っていても見捨てた、利を選んだ卑怯者と罵られる事を。 この説得は、スチュアートやオーファーには納得の行くもので。 斡旋所の主ですら、此方を請けて成功させた方が、チームとして先は開けると言った。 大商人とて、名声の聴こえが良い方を選ぶ訳で。 目先の利益が、この時てどれほどに儲けへと、栄達へと繋がるかは微妙な処と言えた。 それでも、意固地に成る3人とセシルの言い合いは収まらず。 結局、クルフは決断し、その3人をチームより抜いて、丁度、街へ流れて来た別の2人を新たに加入し。 その突発的な依頼を請けた。 このモンスター討伐の依頼は、大変な仕事では在った。 ステュアートとセシルはこの時に初めて、複数のモンスターを相手にして、丸二日を休み休み戦い抜き。 最後の一日で、モンスターの現れた原因を絶ったと云う、貴重な経験をした。 村人の支援も在り、依頼は見事に成功。 一緒に戦った兵士と街に戻った後は、嵩増しされた報酬を山分けしたクルフ達。 だが、喜ぶ其処へ知らされる話は、強引にチームから抜けて大商人の依頼を請けた3人の事。 彼等は、街に屯する一癖も二癖も在る冒険者達と急場凌ぎのチームを組んだ。 処が、組んだ屯する冒険者達が仕事の最中、有り得ない様な悪さをして逃げ為に。 仲間だった彼等3人も依頼を大失敗した上に、役人よりお尋ね者とされて街から夜逃げしたとの事だった。 モンスター討伐を成功させて集落より街に戻ったその日の夜。 別れた仲間の失態が耳に入り、スチュアートやオーファーは気落ちするも。 クルフは、とにかく仕事の成功を喜ぶ事にしようと、祝杯とばかりに飲み屋で酒を飲むことに。 だが、酒が入ると人は開放的に成り、胸の内に秘めた感情を出すことが在る。 その時の酔ったセシルは、自分に気持ちを合わせてくれて居たとステュアートを誉めて。 逆に、ギリギリまで煮え切らなかったクルフに、返って突っかかった。 ステュアートは、クルフがセシルを好きだとは知らないが。 リーダーとしてのクルフの立場は、十分に理解していたので。 セシルを窘めるぐらいにクルフをフォローして、オーファーと楽しく呑んだ。 夜も更けて、後から加わった2人は仕事の疲れから飲み途中で宿に消える。 時は、真夜中。 セシルも、何かの憂さを晴らす様に、ベロンベロンに酔っ払った。 一方、言いたい放題にされたクルフも、酒の影響も手伝い、やはり何処かで男の部分が目覚めたのだろう。 ステュアートとオーファーが、酒を酌みながら話し相手をする夜の女性から話し掛けられて、その女性と酔っ払って話し込む隙に。 クルフは、セシルに胸の内を吐き出した。 だが、今の3人を見れば、どう成ったのかは想像も容易いだろう。 セシルは、年齢差の在る異性からの好意を聴いても、気持ち悪いと一蹴した。 これは、セシルの過去に原因が在る。 エルフの血を引くセシルは、その容姿の良さから男性より偏った好意を持たれる事も少なく無かった。 そこへ来て、突然に年齢差の在るクルフより告白されても、過去の経験より年上は怖くて嫌だった。 だが、クルフは素直に好意を伝えた為、セシルより気持ち悪がられたのは、心に痛手を負ったのは間違いない。 その次の日、クルフの様子がおかしかったのは、スチュアートも、オーファーも知っていた。 それから、数日後。 同じ街の同じ斡旋所にて、次の仕事を紹介された。 また、モンスター退治が内容だ。 然し、その退治を行った場所にて、相手は大型の部類に入るモンスター1匹と、そのおこぼれに預かろうとする小型のモンスター数匹が相手であった。 いざ、現地に向かってモンスターを見つけて戦いに入ると。 大型を相手にする要は、自分1人と云う展開に成るクルフ。 ステュアートやら新参者2人は、小型のモンスター数匹だけで手一杯に成る。 オーファーとセシルは、危なっかしいスチュアート側の後方からの支援をした。 その戦いの中に於いて、仲間を庇って大怪我をしたクルフ。 大木に叩き付けられた影響から古傷も開いて。 何度も傷が開いた事も在る場所だから、魔法の回復効果が薄かった。 近場の神殿病院に入院から数日して、神殿の僧侶から最後通告を受けたクルフ。 心身の疲労が重なっていたのは、確かに事実だろう。 体力の限界を感じるクルフは、引退を決めた。 然し、此処でも一悶着が起きる。 今度は、新参者2人と、クルフの間で起こった。 新参者2人は、 “チームからクルフが抜ける” と云う形での引退を薦めて来た。 だが、それはチームを他人に託す事に成る。 そして、チームが築いた知名度を、誰かが受け継ぐと云うことなのだ。 オーファーがリーダーに成るならば、それでも構わないとクルフは言う。 然し、新参者の2人は、自分達のどちらかが成ると言い張った。 また、自身がリーダー向きでは無いと悟っていたオーファーは、ステュアートならいいと言って。 自分は絶対に成らないとする。 其処に、止せばいいものを。 セシルが割り込んで、絶対にステュアートだと言い張る…。 その4者間の溝は埋まらないまま、数日を経た。 1人だけ呼ばれて意見を求められたステュアート本人は、クルフが引退するのだから。 自分で創ったチームをクルフがどうしようと、クルフの自由とした。 何より、クルフ程の力量は誰も持ち合わせず。 最も近い者は、オーファーだ。 そのオーファーがリーダーを遣らないならば、チームの名前に積み上げられた実績と、今のチームの仲間の実力に差が在り過ぎる。 解散して、自由にするのが1番と思ったので、それをクルフに伝えた。 ステュアートの意見を聴いたクルフは、最後の仲間一同の前で、2人の新参者の意見を退け。 オーファーに後を託すと、チームを解散した。 クルフ最後の仕事は、スタムスト自治国の南部で請けた仕事だった。 東の大陸に在る故郷に帰ると決めたクルフを、国境付近までわざわざ見送ったステュアート達。 その後、街に戻ってみれば。 新参者の仲間2人が置き手紙を残して、サッサとフラストマド大王国に移動した事を知る。 手紙には、今日に出逢った友人の冒険者と再出発する為、大きい街に出ると云う旨が綴って在った。 だが、周りに居た屯する冒険者からは、 “よぉ、クルフのチームが解散したんだって? 売れてるチーム名だから、奴らも靡いたんだろうよ。 一からの再出発なんて、面倒臭ぇよな。 何せ世界には、チームが溢れてらぁ” と、余計な告げ口を貰った。 それから半月。 スタムスト自治国で、何処かのチームに入ろうとしたステュアート達だが。 地方都市では、地元に生活基盤を持つ〔根降ろし・根卸し〕と呼ばれる冒険者や。 斡旋所に屯する冒険者達に因り、他のチームに入る事を邪魔されて爪弾きにされ。 駆け出しの仕事にすら加えて貰えなかった。 いや、クルフとチームを組んでいたスチュアート達は、加えると即戦力に成るのは分かり切っている。 然し、解散でかなり揉めた事を聴けば、報酬の分け方すら勝手が出来ないと思うのは当然で在り。 扱い方の解らない奴らならば、居なくなって貰った方が地方ではやり易い。 そんな意見が何となく広がり、スチュアート達は嫌煙されたのだ。 また、屯する冒険者達は、クルフの様な有名な者のチームに加われて居たステュアート達に、ある種の嫉妬をして。 そんな者が新しく活躍する場を得るのが、ぶっちゃけて癪に触ったのだろう。 裏に回って陰口を言ったり。 出来もしないのに、自分達を流れて来たチームに売り込んだり。 地方の都市など閉鎖的な雰囲気が強い所ほど、この手の嫌がらせは多い。 数日に一度は、セシルが彼等と喧嘩をする始末で。 遂にステュアートは、或る決心する。 神聖皇国クルスラーゲにてチームを結成し、何とか地道にやって行こう、と。 オーファーも、セシルも、その方がスッキリしていてイイと了承した。 だが、やはりまだ若くして気質が尖るセシルは、面倒を生む元凶に成る。 そう感じるオーファーは、ステュアートがこれからも苦労しそうだと。 今、むくれたセシルを見ていた。 一方、セシルを宥めていたステュアートは、湧いた疑問は聴いておこうと、ミラに。 「でも、駆け出しの仕事なら、僕達でも請けれますよね?」 と。 処が、セシルの自由過ぎる態度が、ミラを完全に逆撫でしたのか。 腕組みして、覚めた眼を変えず。 「それは、一向に構わないわよ。 でも、草むしりや害虫駆除を、貴方達が遣れるの?」 「‘一般依頼’を請けさせてくれるならば、出来る事から覚えます」 と、ステュアートは返す。 だが、またムカムカしたセシルは、 「‘草むしり’や‘害虫駆除’って、冒険者の仕事なの? 薬草採取も依頼されない斡旋所なんて、信用が無いんじゃないのっ?」 と、喧嘩腰を全く直そうともしない。 流石に、これでは決まるものも決まらないと感じるオーファーは、 “少し黙れ” と、言う気に成った。 が、口の速さは、ミラの方が上。 「‘薬草採取’の依頼は、沢山在るわ。 でも、私から見た所、狩人や学者なんかの知識を持つ仲間すら居ないじゃない。 薬草探しだって、適当でイイって訳じゃないの。 知識も経験も無い人に、こっちだって任せられないわよ」 コテンパテンに言い返されたセシルは、いよいよ反論の余地が無くなった。 反論の無いことを察したミラは、セシルを黙らせ様と。 「主は、チームの戦力も見抜いて、仕事を斡旋するの。 一応こっちも信用第一で、依頼主から依頼を請け負ってるんだから。 失敗すれば、それだけ斡旋所に負担がのし掛かるのよ。 そう成らないチームに任せたいのが、こっちのホンネっ。 貴女に、それが解るっ?」 完全に蔑まれたと感じたセシルは、食い掛かる様な目でミラを睨み。 「それって、私達に実力が何にも無いって事っ?」 「そうね」 「な゛んでよっ! 前のチームに居た時に、モンスター退治だって5回や10回は遣って来てるしっ! 薬草採取の依頼だってっ、何回も請けたっ!」 「あら、そう」 「手が足らないってなら地元の狩人を雇ったり、新たに人数を加えれば済む話じゃない゛っ!! アンタっ、一体何なのよぉっ!! チーム結成するのも悪いみたいじゃんっ!!!!!」 セシルの不満が、更に爆発した。 ま、要領よく遣る気が在るならば、セシルの反論は最もだ。 然し、そんな怒りに身を焦がすセシルを、一方では完全に斜めから見下げたミラ。 「都合のイイ事を言うのは、此処では止めなさい」 「はぁっ?!」 「正直、クルフのチームで、エンチャンターや鎖鎌の若い子の噂は聞かなかったわ。 こっちのオーファーの存在は、少しぐらいの良い判断材料にしてもいいけどね。 貴女みたいな人が居るチームに、こっちも誰かを紹介したりする気分に成れないわ。 信頼感も、協調性も、任せられそうな安心感も、期待感も持てないの」 「な゛っ、何よそれっ! アンタの我が儘じゃないっ!」 「そうよ。 そっちの身勝手が通用しないってだけ。 チーム結成は、受け付けるわ。 でも、最初から、クルフがリーダーの時と同じで、自由に仕事を請けたいなんて思わないでね。 冒険者の世界って、そんなに甘くないわよ。 お互い、感情の在る人間が関わるんだから」 まるで扱き下ろされたような感覚に、怒りが湧き上がるセシル。 睨む目や握る拳からしても、気性の激しい性格ならしい。 ミラとセシルの睨み合いは、終わる様子を見せない。 ステュアートは、どうして良いやらと頭を抱えた。 処が、其処に。 ミラの姉が居る方の通路側から、 「ね、ちょっとミラ。 端から見てると、主人からケンカを吹っ掛けてるみたいよ。 あんまり強く叱ったら、相手も可哀想だわ」 と、女性の綺麗な声がする。 その声に、ミラやステュアート達が振り向けば。 ソファー席の最も手前側に近い場所に、やや背の高い女性が立っている。 青い上半身鎧に、白い膝宛、具足をし。 左の腰には、黒い柄、鞘の長剣が佩かれていた。 相手を見たミラは、鈍い笑顔に変わり。 「なんだ、エルレーンじゃない。 何か用?」 ミラから“エルレーン”と呼ばれる女性は、セシルの隣に来ると。 「用は有るけどね。 それよりも、マスターがチーム結成に文句つけても、仕方無いでしょ?」 彼女の話に、この場の雰囲気が変わって行く。 また、ミラも流石に言い過ぎたと、冷静さを取り戻した。 「ま、そうね」 「どうせこのままじゃ、大した仕事を回せないのは同じ。 もっと的確な、アドバイスをあげなさいよ。 自分個人の不満をぶつけてるだけで、忠告にすら成ってない言い草よ」 そう語るエルレーンの脇に、お手伝いで働く女の子が遣って来て。 紅茶を入れたグラスを置いた。 素朴な印象の少女は、ステュアート達の後ろから回って横からカウンターに入ると。 トレイに新たなグラスを乗せて、その中に紅茶を注ぎ込んで。 今度は、屯する冒険者等が居るテーブル席の方に、危なげ無く運んでいった。 この紅茶は、とても安い茶葉で作るなのでタダである。 そんな紅茶をダシにして、休憩だの相談がてら、ミラやミルダの見物に訪れる冒険者も居る。 “美人姉妹の顔を拝めると、斡旋所の話が他の街でも聞こえている” と、噂が立つほどだ。 さて、主のミラに対して忠告したエルレーンは、セシルの隣に座った。 ステュアートは、雰囲気を一変してくれたエルレーンに挨拶する。 「どうも、ありがとうございます。 あの・・ステュアートです」 然し、ステュアートも、オーファーも。 新たに現れたエルレーンが純粋な人間では無い事を、その顔から直ぐに理解する。 乳白色の瞳、黒い髪、蝋燭の蝋のような白い肌。 小顔で愛らしさも滲むエルレーンだが、尖り鼻で奇妙な印象の女性だ。 決して、悪い顔では無いが…。 隣に来たエルレーンを見て、セシルは。 「貴女・・・もしかして、〔エンゼルシュア〕?」 また、尋ねられたエルレーンは、すんなり頷いて。 「えぇ、そうよ。 貴女は、〔エルファレイム〕ね」 と了承しては、言い返す。 今度は、セシルも頷き返した。 〔エンゼルシュア〕も、〔エルファレイム〕も、この世界に住む亜種人の系統である。 この世界に生きる人種の中には、“エルフ”《自然の精霊人種》と呼ばれる民と。 “エンゼリア”《天使の落とし子》、と呼ばれる民が居る。 どちらも、人の様な姿をした者達で在りながら。 一部、人とは違う容姿と異能に長けた者だ。 この亜種人と呼ばれる種族も、元々は同種族のみの‘里’と云う集落で暮らして居たが。 長い年月を経る中で、違う亜種人と結ばれたり、普通の人と結ばれたりして。 異種人の里や人間の創った街に移住したのが、エンゼルシュアやエルファレイムだ。 見た目は、人と少し違うが。 もう人間の世界に溶け込んだ種族である。 さて、この種族には、別の特徴が在り。 違う人種と結ばれた場合、非常に女性の出生率が高くなる傾向が在る。 そして、人間と結婚して出産すると、その子供は死ぬまで見た目が20歳ぐらいのままで老化しない。 耳や鼻が尖るとか、体型には個性的な部分が現れるのだが。 一方で、見た目が可愛らしいままで在るとか、甘く若々しい声が特徴と成る。 その為、この混血と成った女性の殆どが、人間の男性と結婚するのである。 姿形が幼い女性が好きな男性に、こよなく愛されるらしい。 その証拠は、エルレーンとセシルを見れば解る。 さて、急に現れた形のエルレーンは、座った席からステュアートに顔を見せて。 「ね、関わり合ったついでに、モノは相談なんだケド。 チームを結成するなら、私も加えてくれない?」 と、いきなり申し込んで来る。 唐突な話の展開に、 「はあ?」 と、セシルもポカ~ンとするし。 ステュアートも。 「えっ、あ~………ええッ?」 長い間を取ってから、急に理解して驚く。 聞いていたミラは、呆れた笑顔をそのままに。 「エルレーン、貴女ってば・・・。 この間に加わったチームを、また抜けたの?」 すると、ミラに向かってエルレーンが膨れ顔を向ける。 「当たり前よっ。 男ばっかりのチームに入った御蔭で、嫌がせば~っか。 ちょっとでも酔っ払うと、“声出せ~”とか。 “見た目が変わんないのって、イイね~”とか。 も~嫌味ば~っかり。 あんなチーム、こっちから願い下げ」 と、愚痴り出す。 処が其処に、セシルも何故か同調して頷き。 「ホ~ント、あ~ゆ~男ってば、マジでキモイっ!」 2人の意見を知ったステュアートは、オーファーと見合う。 「僕達も・・一応は男だよね」 「ステュアート、気にするな。 気にすると、面倒だ…」 そう言ったオーファーは、新たに出された紅茶を飲む。 セシルは、ステュアートに向くと。 「ステュアート、この人も入れようよ。 どうせ3人じゃ、やっぱり手が足りないでしょ?」 「えッ? ああああ・・うん。 僕は、別に構わないよ」 直ぐにオーファーも。 「自分も、左に同じ」 と、同意。 皆から了承されたエルレーンは、顔を綻ばせて。 「良かった~。 長く居させて貰えそうなチームを、ず~っと捜してたのよ~」 その後にオーファーが、ミラに尋ねた。 「所で、横の仕切り席の内側に座っているのは、何方ですか?」 「え?」 と、縦に畳める仕切りを見たミラ。 「あ、あぁ。 黒いフードの人?」 「はい」 ステュアート達3人は、揃って頷いたオーファーを見る。 「フードの人? 誰、それ?」 と、セシルが聞けば。 オーファーは横を向いて、自分が椅子を持ってきた仕切りの中を指差したのだ。 ミラは、木と厚紙で作られた壁の様な、花柄模様の仕切りを見て。 「あの黒ずくめの人、今朝に街へ来たみたいよ。 でも、凄い土埃を服に付けてね。 全く、東の大地溝帯でも渡って来たのかしら…」 と、右手を頬に当てて傾げるが。 いきなり、エルレーンが笑い出す。 「アハハハ、ミラったら…。 そんな事、絶対に在る訳が無いでしょう」 と、そう言い切った。 その話に、返って興味が湧いたセシルは、エルレーンを見て。 「え、何で?」 大笑いしたエルレーンは、涙さえ浮ぶ目を指で擦って。 「だって…。 今の溝帯って、乾燥季の真っ只中よ。 水気は、極限まで無いし。 ホーチト王国から歩いて来るのに、最短でも10日以上は確実に掛かるわ。 空を飛んででもしなきゃ、どんな人間でも死んじゃうわよ~」 「ふぅん、そ~なんだ」 「それだけじゃ無いわ。 今の溝帯には、“テザードアルゲリーター”って云う巨大な砂漠に棲む鰐が、異常に大発生しててね。 溝帯内部の一部に住む原住民ですら、キャラバンの行き来が出来ないって集落を捨てたってサ」 この話で、ミラも思い出したようだ。 「あっ、あ~そうだわね。 確か、溝帯に住む部族が全滅を逃れて、クルスラーゲやホーチト王国に逃げ込んだって…。 じゃ~砂塵を被ってたけど、溝帯を渡って来た訳じゃ無いのね」 そのやり取りを聞くオーファーは、真偽はどうかと気になってか。 話し合う女性2人から視線を外して、また仕切りを見る。 然し、その時だ。 「あ」 何故か彼が、小さな声を出した。 その声を聞いたミラが顔を動かせば、噂に成ったフードを被った黒ずくめの人物が、仕切りの前に立っているのを見た。 「あらら、起きちゃった?」 急に立って居た黒ずくめの人物は、徐にフードを取った。 瞬間。 「わっ!!」 「キャっ!!!」 セシルとエルレーンが、驚いて声を上げる。 ステュアートも、相手を見てギョッとした。 ミラは、驚きから返って声を出せなかった。 店の中の冒険者達も、声に反応してカウンターに向いた。 何故に、ステュアート達が驚いたか。 それは、立っていた男の顔は、包帯だらけ。 包帯の覆面をして居る。 そう、仕切りの中で寝ていた人物は、Kだった。 「あれだけ喚けば、誰だって起きる。 それより俺の話するのはいいが。 マスター、紅茶のお替りくれないか?」 言われたミラは、其処に在る拭いたばかりのガラスコップに、冷めた紅茶の入る薬缶を急いで傾け注ぎ。 「はっ、ハイっ」 と、Kの方に腕だけ伸ばして置いた。 そのコップを取るKは、オーファーを見て。 「アンタ、俺を加えると言ってたが。 本気か?」 と、紅茶を一口含む。 「あっ、いや・・なっ、仲間が・・・良ければ…」 音も無く立っていたKに、オーファーも完全に驚いて肝を潰してしまった。 話す言葉が、途切れ途切れと成る。 Kの視線は、ステュアート達へ向いた。 「ひっ」 眼が合ったセシルは、慌てふためくままにステュアートへとしがみ付く。 次に眼が合ったステュアートは、ドキンドキンする鼓動をそのままに。 「あああののぉ、いっ、い・一緒にチーム・・じゃなかった。 あっ・いや・仕事、ややや・やりませんか…」 と、何とか話を切り出した。 髪が目や鼻に凭れるKの頭髪には、赤い土埃がまだ薄っすらと掛かっている。 耳の脇に伸びたモミアゲにも土埃が。 そんなKはグラスの紅茶を飲んで、カウンターにグラスを置くと。 「あぁ、チームを組む事に異論は無い。 ただ、お宅らに一つ忠告をしよう」 ‘忠告’と聞いたステュアートは、何か気に障ったのかとビクッとして。 「ハイっ、な・なんでしょうかっ?!」 と、背筋を伸ばす。 Kは、包帯から覗く目で、生意気そうなセシルを見ながら。 「知った間柄だけじゃ無い者同士でのチームの組み始めは、返って駆け出しの仕事からやるのが一番だ。 お互いに知らず、組む事に慣れてない者同士なら、それぞれどんな特徴があるか。 一つか、二つでも仕事をして見れば、直ぐに解るぞ」 「あ、はぁぁぁぁぁ…」 セシルも、エルレーンも、普通の忠告と知って安心してか脱力する。 確かに、いきなり顔を包帯で巻いた怪しい男が現れたら、驚くのも無理は無い話だ。 一番に緊張したステュアートは、ガクリと気抜けして項垂れた。 ステュアートは、Kを含む5人でチームを結成する事にした。 最初にKが自己紹介をする。 「俺は、‘ケイ’と呼んでくれ。 学者として冒険者をやってるが、薬師の技能も在る」 次は、剣士のエルレーンが。 「私は、エルレーン。 見ての通りに剣士よ。 一応、魔力や精霊の力は、感知する事が出来る。 けど、魔法を発動する事は出来ないし。 感知能力も、とっても弱いわ」 鎖鎌を使う戦士のステュアートは、 「僕は、戦士のステュアートです。 使い易い鎖鎌を遣ってますが。 細剣(レイピア)なんかもそこそこ遣えます」 次に、セシルが。 「アタシは、エンチャンター。 武器は、このガンよ」 と、脇に置いた銃を触って言う。 Kは、セシルの脇に置かれた長い銃を見て。 「随分と銃身が長いな。 破壊力重視か?」 「うわ、良く解ったわね。 ま、矢を込めてから魔法を発動させて撃つから、連発なんか出来ないけど。 そこそこ太い木でも、一撃でへし折るわよ」 セシルが銃を指差して言えば、Kとエルレーンが。 「ほ~」 「へ~」 と、感心して見せる。 此処で、エンチャンターとは何か。 エンチャンターは、魔法を放つのではなく、武器に宿して戦う特殊な魔法戦士だ。 人や亜種人には、魔法に遣う古代ルーンに対して、拒否反応を示す体質の者が居る。 魔法を発動して、自由に扱えないのだが。 ‘纏わせる’と云う要領で、魔法を武器に宿して殺傷力を増す事が可能だ。 然し、魔法を発動するにも、精神的な魔力を使う為に。 素早く動いて重たい武器を持つと、体力と精神力を激しく消耗してしまう為。 主に弓やナイフなどの投擲・発射武器を扱う者が、エンチャンターには多い。 セシルの様な破壊力重視のエンチャンターは、なかなか稀である。 そして、最後に残るのは、オーファーだが。 「私は、自然魔法遣いのオーファー・カーンです。 以後、よろしくお願い致します」 と、自己紹介をする。 すると、頬杖をしたKは、オーファーを見て。 「珍しいな。 僧侶や魔想魔術以外の魔法遣いは、ちょいと久しぶりだ」 この話にオーファーは、静かに頷いた。 セシルは、エルレーンに。 「ね、何で珍しいの?」 と、尋ねる。 ‘エルフ’に然り、他の亜種人種族に然り。 亜種人は、大概が自然魔法に対して才能が在り。 セシルも自然の精霊力には、そこそこ鋭い感知能力が備わって居た。 然し、一方で。 ‘エンゼリア’、と云う種族の血が混じるエルレーンだが。 彼女の魔力は、僧侶の得る神の加護に偏る。 おそらく、彼女はまだ気付いてないのだろうが。 彼女の才能は、感知能力では無く。 別の方向性を持って居るのかも知れない。 さて、魔法遣いの事を良くは知らないエルレーンも。 「さぁ…。 確かに、魔想魔術師に比べたら、自然魔法遣いは少ないと思うけど・・ねぇ」 其処へ、Kから亜種人の血を引く2人に対して。 「お前、魔法の教育を受ける時、訓練以外は寝ていたのか?」 と、質問が飛んだ。 エルレーンは、魔法学院にすら行ってないと言い返す。 それで以て、続く彼の説明に因ると…。 自然魔法遣いは、自然の精霊力と魔力を結び、自然の力に沿った魔法を遣うのである。 例えば、相手の足場が岩なら、地割れを起こしたり。 雨の日なら、凄まじい集中豪雨を局地的に降らせたり。 風の強く吹く場なら、カマイタチを起こしたりと…。 様々な自然現象を、相手の居る極小範囲で起こす魔法遣いなのだ。 そして、高度な魔法に至ると、天地の助けを借りずに天災を起こす魔法まで在るとか。 処が、この自然魔法は、自然の中に溶け込む‘精霊力’と云う力を鋭く感じる能力が無ければ、扱う事が出来ないと云う前提を持つ。 魔術師が持つ‘オーラ’感知とは違い、魔力を精霊力に同化させる能力が必要なのだ。 課せられる条件が、魔力以上に限定される為に。 人間だと先天的にその適性を持つ者が少ない為。 自然と扱う術者が少ない事に成る。 因みに、魔想魔術と神聖魔法は、扱える者がとても多いのだが。 この自然魔術師の存在する割合は、魔想魔術師や僧侶などの神聖魔法と、世界的な割合の比例で約70:1ほどになると云われる。 また、更に扱う者の数が低いのは、〔精霊魔法遣い〕で。 その対比率は、少ないと云う自然魔術師との対比で、50:1と非常に少ない。 細かい話の後で、チーム結成が成された。 リーダーは、ステュアートで全員一致。 チームの名前は、“コスモラファイア”《たゆたう炎の意》で決まった。 [その2.新チーム結成。 依頼を先ずはやってみよう。] ステュアート達は、蒼い鎧を着る異種人の剣士エルレーンと。 顔を包帯で隠すKを加えて、遂にチームを作った。 さて、そうなると次は、依頼を請ける事に成る訳だが…。 ミラが仕事の斡旋をすると云う事で、K曰く。 「な~んでもイイ」 と、ステュアートに丸投げ。 エルレーンも、 「私も、最初は何でもいいわ」 と、言って寄越す。 これは、リーダー経験の無いステュアートには、一番難解な返答だ。 さて、時は昼過ぎ。 ミラからサンドイッチの差し入れと一緒に、メニューの様な冊子が渡される。 「ハイ。 コレが、貴方達にでも回せる仕事の一覧表よ」 冊子の様なモノを受け取ったステュアートは、青空の絵が描かれた表紙を見ると。 “一般依頼一覧”と、書かれている。 紅茶のグラスを傾けるKは、口の中を空けると。 「全く、料理のメニューかよ。 それに、各席のテーブルの上に、一つずつ置いてあるからな~。 窓から見たんじゃ、とても斡旋所とは思えねぇゼ」 処が、ミラはにこやかに笑って。 「うふ。 でも、ウケ狙いじゃないわよ。 斡旋所って、女性や若いコには入り難い雰囲気があるでしょ? 私や姉さんは、それを払拭したくて、ね」 サンドイッチを片手にするセシルは、花の多い店内を見て。 「ま~可愛らしい店内だけどね~。 こう~何て云うの。 ‘仕事したい’って気分には、ちょっと成り難い場でも在るな~」 セシルの意見の通りに、店内は正しく可愛い飲食店か、茶屋である。 さて、とにかく身銭が少ない為、メニューを開いて依頼を見るステュアート。 「う~ん…。 何だか、一杯在りますねぇ~」 エルレーンは、サンドイッチに齧り付いて。 「どんなの・・ムグムグ、アンの?」 すると、ステュアートが読む内容として。 - 子犬が居なくなりました。 白黒で耳の大きい大型犬の子犬です。 探して下さい - - 私、頭は良いのですが…。 物覚えが悪いので、更に頭を良くする魔法を掛けて下さいっ! - - ウチの主人が、他で女を作っている様なので。 冒険者の方々で尾行し、それを確かめてくれませんか? - その依頼にKは、傾けようとした紅茶の入るグラスを一旦止めて。 「生々しいなぁ~、おそらく不倫か? 全く甘くない、‘プリンちゃん’だゼ」 と、軽口を叩く。 ミラを含めて笑いそうになったり、食べていたモノを吹き出しそうになったり。 咳したステュアートは、それから幾つか続けて読んだ。 どれも、冒険者の仕事とは思えない。 が、その後だ。 - 私・・周りには隠し事なんですが…。 実は、“痔”なんです。 良く効く薬など有ったら、探して頂けませんか。 近所には知られたくないので、内密に御願いしたい。 御代は、即金で1500シフォン出します - と、云う依頼が在った。 聞き終えたオーファーは、静かにお尻を摩る。 一方、戦闘要素が無い依頼と思えたセシルは、詰まらなそうに。 「ウッザ、医者にイケ~」 と、切り捨てた。 だが、その後からKが。 「おい、それを請けよう。 高が‘痔’の薬を渡して、1500シフォンだぜ。 オイシイ依頼だぞ」 だが、‘痔’に引っ掛かるセシルは、とても嫌な顔して。 「え゛ぇ~? そんなの面倒だよぉ~。 大体、‘痔’に効く薬なんて、アタシは知らないわよ~」 然し、Kは見える口元を笑わせて。 「俺は学者で、薬の調合も出来るって言ったろ~」 だがオーファーは、薬など持ち合わせていない自分達なので。 「そうなると、薬の原料を取りに行くのですか?」 と、問うた。 皆、Kに顔を向けて、遣りようを聞く体勢へ。 紅茶をまた含んだKは、喉を動かしながら首を左右に振って。 「安ければ、大体150シフォンぐらいで原料が買える。 然も、この街で」 と、店の床に右手の中指を向けた。 ステュアート達全員はおろか、ミラですらKに視線を止めている。 やり方が見えないミラは、口元を引き攣らせて。 「ホント、150シフォンで? それなら、ボっ・ボロ儲けじゃないよ…」 美味い話だと言ったKは、大きくゆっくり頷く。 「んだ。 ま、薬に精通してないと、この遣り方はムズイがな。 大体、この手のアホな依頼ってのは、然るべき身分の在る輩が、辺りに知られない様にしたいって、そんな身勝手なヤマだ。 プライドを保つ為だから、アホみたいに礼金を弾む。 全く、バカ様の御陰様って処よ」 Kの意見を聞いたステュアートは、確かに美味しい仕事かも知れないので、試しに請けてみる事にした。 聴いていたミラも、本当に出来るか試してみたくなり。 ミラに申請して、受理の手続きを踏んで昼下がりの午後に外へ。 「ん~。 空気が気持ちいいな~」 と、伸びるステュアート。 「そうね。 昨日まで、この辺りは連日の大雨だったものね」 と、エルレーン。 オーファーやセシルも、2人の意見に同意する。 然し、Kだけは横を向いて、 「こっちは、土埃一色だ」 と、ボソッと呟いてから。 「さて、先ずは薬を作る。 手早く薬屋でも回ろうか」 一同はKと共に、また目抜き通りを歩き出した。 さて…。 ステュアート達が去った後の事。 斡旋所の中では、ミラがカウンターを拭いていた。 ステュアート達の皿やコップを下げて。 其処へ、テーブルの方に(たむろ)していた男ばかりチームが、ノコノコとカウンターの方へやって来た。 その男達の面構えたるや、どいつもこいつも一癖や二癖有りそうな雰囲気の奴ばかり。 その中でも、ニタニタした口に見える歯が隙間だらけの、汚い鎧を纏って槍を担ぐ男が言う。 「ミラ、やかましい連中が、俺達の特等席のカウンターを占拠してたな~」 その横に居る。 痩せた身体に、革製のボロいプロテクターを着けた男も。 「うへへ、ミラの顔が見たくなって、来ちゃったぜぇ」 と、カウンター席に座って来た。 毎日毎日、ちょっとした食べる1品を頼んでは、金が無くなるまで斡旋所に入り浸り。 自分や姉の様子を盗み見る輩共で在る。 (お前達は、それ以上に醜いわよ。 一瞬で、何処か遠くに失せて欲しいわ) ミラは、内心でそう思いながらも。 「あら、意外にそ~でも無いわ。 久しぶりに、色々と面白かったわ」 セシルとあれだけの言い合いをしたクセに…。 男達5人はカウンターに揃って腰掛け、そのミラに絡み出した。 さて、カウンターの横の奥に、二階へ上がる階段が在る。 木造の階段で。 左右の挟む壁は、白いマーガレット柄の壁紙だ。 今、其処から足音がして。 「ミラ・・ミラっ、居るっ?」 と、女性の声が。 「姉さん、どうかした?」 声を返せば、ミラより頭一つは背の低い、スレンダーな女性が降りてくる。 紫のドレスに、背中に掛かるくらいの黒髪が美しい。 だが、次女のミルダや三女のミラより、ソバカスの痕が残る目元や低い鼻と。 顔の一部の造りは似ていても、どうも美人ではない。 何か用かと感じたミラは、ウザい男達にグラスで紅茶を出しながら。 「何? 姉さん、何か在った?」 長女のミシェルは、この斡旋所の一番の主。 話を邪魔しては、ミラが苛立つと男達も黙る。 カウンターの階段側に寄ったミラの視界にまで、姉のミシェルは下りて来た。 ミラの見る姉は、少し動揺したような顔をする。 「姉さん・・どうしたの? 何だか、顔色が悪いわよ」 然し、姉のミシェルは、ミラとミルダを二階へと呼んだ。 呼ばれた2人は、姉の後を着いて行く。 三姉妹が揃う2階は、横に長いテーブルが三列と。 其処に置かれた椅子が並ぶ、一階とは雰囲気の違う部屋だった。 薄い緑色の壁には、花が咲き乱れる園の絵が描かれ。 壁際に並ぶ小物も女性らしく、魔術師の庵の様な雰囲気が在った。 さて、姉のミシェルは、手伝いに来ている少女に下を見に行かせると。 「ミラ、ミルダ、良く聞いて頂戴。 実は、たった今、ホーチト王国の国境都市から来た情報なんだけどね」 斡旋所の主のみが書き込みを許される黒い表紙の本を開き、ミシェルは2人に在る文章を見せた。 すると、 「え"っ!!」 「ホントっ?!!」 ミルダも、ミラも、内容を見て驚くしか無い。 その中では、こんな文章が綴られている。 ‐ 此方、ホーチト王国領内、モーンブルクの斡旋所より。 最近、溝帯の内部で大繁盛する巨大鰐“テザードアルゲリーター”について、冒険者協力会本部より掃討の意向が有りましたが。 近日、調査に行かせた冒険者チームより、新たな情報が在り。 それは、テザードアルゲリーターが何者かの手に因って。 その大多数が掃討された模様。 調査に向かったチーム、〔スカイスクレイバー〕に因れば。 穴から這い出したテザードアルゲリーターが、数里間隔でズタズタに斬り裂かれて居ると。 然も、その斬った痕は、並の腕では無い痕跡とか。 また、同チームの魔術師に因る‘遠視’の魔法にて、そのテザードアルゲリーターの他の残骸が、遥か彼方の其方まで向かって居ると…。 もし、この所行をした者が解ったならば、話を聴いて御一報を。 依頼を立てた報酬額を、其方から支払う様に依頼致します。 では、これにて失礼…。 ‐ モーンブルクの斡旋所より来た内容は、以上の様なもの。 だが、あの灼熱の砂漠・荒野地帯に行き。 大木並みの身体をしたテザードアルゲリーターをほぼ殲滅するなど、冒険者でも誰彼と出来る事では無い。 然も、モーンブルクで依頼を請けたチームは、現役では世界最高のチームと名高い“スカイスクレイバー”。 そのチームのリーダーで、‘天才剣士’と謳われる人物が驚く傷痕とは…。 心当たりの無いミシェルは、ミルダと話す。 だが、ミラには、何故か直ぐに顔の浮かぶ人物が居た。 (まさか、まさかね…。 でも、可能が在るのは、恐らくさっきの…) と、Kを思い出した。 この事件と共に、ホーチト王国領内では、もう一つの驚愕となる事件が在った。 それは、逃亡したお訊ね者のガロンが、凄絶なる処刑を受けた事だ。 ポリア達ならば、誰が遣ったのか瞬時に理解しただろう。 然し、Kの名前を出した処で、彼にも迷惑だろうと云う結論に達するだろう。 謎の事件は、こうして闇雲になるのか…。          ★ 斡旋所に走った衝撃など、依頼に向けて動くKに付いて行くステュアート達には、全く解らない事だが。 さて、Kを先頭に街の目抜き通りを北に向かって、食料品や薬を売っている店が多く並ぶ場所へ。 ここへ来たKは、直ぐに何軒か見回った。 そして、買わずに外に出て来ると。 店と店の切れ間の川を下に見下ろせる所に来る。 するとオーファーは、道の方に向く。 その様子に気付くKは、オーファーに。 「あ? オーファーは、高所恐怖症か?」 無言のオーファーは、頷いただけ。 実は、この見下ろせる運河が、思いの外に凄い下なのだ。 多分、落下防止の石の格子となる手摺りから下の運河までは、五階建ての屋敷がまるまる入るほど下だ。 この目抜き通りや居住区や宿屋街などは、運河の増水にも影響を受けない様に高く作られている。  「あぁ。 ま~いいや」 と、Kはステュアート達を見て。 「安くていい材料を買うのに、ざっと120シフォン。 俺が身銭の60を出す。 他、誰か60を」 と、手を出し。 自分の身銭を手の平に乗せた。 ステュアートは、何とも言いがたい顔でKを見て。 「ケイさん、まさか…それが今の全財産ですか?」 Kは、全く普通に。 「おうよ。 文句が有るか? ビンボー人に、文句あるか?」 と、開き直る。 余りにも少ない身銭に、皆が呆れて反論も出ない。 「んじゃ~ハイ。 アタシが、30」 と、セシルが出せば。 エルレーンも。 「じゃ、私も30」 額が揃ったと、Kは頷くと。 「よし、これでいい。 さ、買いに行くぞ」 この時に一瞬、皆は騙されていそうな気持ちにも成ったが。 Kは店をコロコロ替えて、アレコレと五種類の薬の原料を買い集めた。 材料が揃えば、人の往来の中で目に付いた飲食店に入り。 「お湯、貰ってくれ」 と、Kが言う。 向かい合うテーブル席に就いた5人。 窓側に座ったKは、器用にお湯で草を煎じたり、実を潰したり、三種類の草を煎じてから、二種類の砕いた粉を入れると…。 ジッと経過を観ていたセシルが、小さく。 「あっ」 と、声を上げた。 店で借りたマドラーでかき混ぜる液体が、一気にドロ~っとして行く。 「おし、出来上がり」 そう言ったKは、半透明のドロドロした液体を、安物と云う蓋の有る白い陶器に入れた。 其処まで見たステュアートは、とても不思議そうにして。 「ケイさん、それが・・・薬ですか?」 一仕事を終えたKは、一杯5シフォンもしない冷めたハーブティーを飲んで。 「あぁ」 「飲み薬じゃなくて、塗り薬なんですね」 「まぁな。 痔ってのは、出来る要因に体質もあるがよ。 基本的な原因の一つは、患部となる肌の不衛生だ。 体質と云う観点から推測するならば多分は、依頼人は酒好きの汗っかきか、丸々と太った男の可能性が在る」 「え゛っ! 相手を見ないでも、そんな事が解るんですか?」 「いやいや、大方の相場だ。 だが、他にも要因は幾つか有る。 例えば、用を足してから拭く時に、唾を使う奴とかも成り易い。 食事を観点にすれば、辛い物好きや・・肉食などの偏りすぎた食生活も要因の一つ」 「へぇ~」 「酒のみにも多い傾向も在るがな。 女だって、出産を機に痔に成る場合が在る」 その話に、 「え゛っ?」 と、様々に驚く一同。 平然とするKは、窓の外を眺めながら。 「便を出したり、出産する時の気張る行為で、痔に成る可能性が在るのさ。 とにかく、出来てしまったら薬を塗って、患部を綺麗に維持するべし」 話を聞いていたエルレーンは、Kを細めた目で見て。 「ケイって、お医者様みたいねぇ~。 病気でも治せそう」 こう言われたKは、皆を見返すと。 「ま、病気のモノにも因るがな。 治す金は取らんが、薬の材料くらいは自己負担で頼む」 ステュアート達4人は、Kを見て手を胸に当てる。 軍隊式の敬礼で在った。 「リョーカイ」 ただ、其処からKも首を捻る。 「だがよ。 この依頼人の変わってる処は、受け渡しのし方だな。 外部で会えば済むことだと思うのに、何で一々に誰かを繋ぐ必要が在るンだか…」 そう、Kが疑問に思うのも、確かに最もな事だ。 この仕事の変わった所は、クライアントに会うその仕様だった。 全員分の飲み物を買ったステュアートは、自身の温かい紅茶を飲みながら。 「然し、直接に家で会って薬を渡せないって…、どうゆう事なんだろう」 と。 斡旋所に伝えられた指定の手順は、 “と或る店に行け” と、云うのだ。 冷たいハーブティーを飲むオーファーは、もう渡すだけと云う事だから。 「悪く考えるのは、薬も出来たこの際に辞めよう。 後は、渡すだけなのだからな」 と。 ‘それもそうだ’、と意見が合って。 店を出た5名は、と或る目抜き通りの南方に店を構えた宝石商に入り。 一昔前の貴族っぽく、髭や髪の毛をカールさせた、ヒョロ細い身体に奇抜な服装をしたピエール氏に面会。 先頭に立つステュアートが、 「アイーン様に仕事を頼まれた者です。 妙薬が出来ました」 と、告げれば。 小指を立てて、クネクネと身体を動かしやって来たピエール氏。 「あらぁん、お薬が出来たのねぇ~ん。 いいわぁ~、アイーン様にぃ~連絡しちゃうっ」 気色悪い彼は、小指を立てて腰をクネクネ振って、店の奥に消えてゆく。 珍獣でも見た気に成るセシル。 呆れた顔で。 「率直に、スゴくキモイ・・、何アレ」 その横に立つKは、もう彼を見ない。 「関わり合いたくない人種だ。 いざって時は、オーファーに相手してもらうか」 仲間は一斉に、突っ立つオーファーを見上げる。 鼻水を垂らしたオーファーは、 「嫌だ…」 と、蒼褪めた顔をする。 さて、戻って来たピエール氏は、ステュアートに愛想の良い顔でウィンクしながら近寄って。 「お~ま~た~せ~。 アイーン様は、今夜のぉ~深夜に、お薬を受け取るってよぉ~。 場所はぁ~貴族地区の、テ・ン・シ・の、公園ですって~~~」 エルレーンも、セシルも、余りの気色悪さに突っ込みも出ない。 その最中、いつの間にか一人で早く出入り口に居たK。 「行こう。 先に宿でも探そうか」 すると、逃げる様に皆が外に出る。 往来の激しい目貫通りに戻った其処で。 「ん、リーダー」 ステュアートに、薬の入った容器を渡すK。 「えっ? あああ・・ハイ」 素直に受け取ったステュアートだが。 Kは、ステュアートを見ずに顔を顰め。 「会ったら、一日に二回塗れと言え…。 なんか、クライアントに会いたくない気がしてきた。 もしや、痔の原因は・・・最悪の方向かもなぁ~」 と、意味深なことを言う。 ステュアートは、容器とKを交互に見て。 「えっ、え"っ?!! ケイさんっ、どうゆうことっ?!!」 然し、Kは口にするのもイヤそうに歩き出す。 怖く成ったステュアートは、他の仲間にも尋ねるのだが。 その答えは、深夜になって解った…。 その日の夜。 急激に下がる気温と水の温度の気温差で、大量の霧に包まれる都市内。 都市の北東には、貴族が住み暮らすモダンな貴族地区がある。 その地区の入り口は、蔦を絡ませた鉄格子の仕切り壁があり。 地区に入って直ぐの右手に、天使の石像が噴水を出している公園がある。 ステュアート以下、全員にて其処で待っていると。 もう、どの家も寝静まる深夜に、街灯の灯りが油切れ寸前でチカチカしている中。 霧の中より馬蹄の音がする。 「え? 馬車?」 次第に車輪の回る音もするので、セシルが貴族地区の中に進む石畳の道路を見て言った。 「然し、凄い霧だわ。 なんにも見えない」 辺りの見通しも利かないぐらいに立ち込める霧に、エルレーンは不安を覗かせた。 一方、霧の中から響く馬車の音は、どんどん近づいて来て…。 「どぉ・どどお…」 屈強な体格の御者が、馬車を5人の前に止める。 真紅の色をした車体に、白き鳩の絵が施された馬車。 車体のラインも流暢でデザイン性が高く、規格外の滑らかな器型は、金が掛かっていそうな様子が見て窺える馬車だ。 御者の男が降りて、車体のドアを開けば。 シルクハットに黒マントを羽織り、丸い眼鏡を掛けた長身の紳士が下りて来た。 整髪された髪型や髭、白く化粧をして顔色を良く見せている。 明らかに古い貴族の習慣に拘るタイプと、Kは見抜いて視線を外した。 その貴族らしき人物は、先頭に立つステュアートの前に来て。 「私が、依頼者だ。 例の薬は、持っているかね?」 ステュアートは、おずおずと更に前へ出て。 「あ・あのぉ・・、これです。 いっ一日に2回・・塗って下さい」 と、薬の入った容器を差し出す。 紳士はそれを受け取って容器の中身を見た後に、それを御者に渡したのだが。 何故か、ステュアートを見ると、ジッと見詰め続ける。 「………」 セシルやエルレーンと云う女性から見るに、その貴族らしい紳士とは。 中々に渋みの利いた、ダンディな印象の人物なのだが…。 紳士がステュアートを見詰めること少しして、唐突に。 「君、この後に予定が無いなら、このまま馬車に乗って我が屋敷に来ないかね」 こう言いながらステュアートの頬を触れて、優しく撫でるのだ。 「え"っ?!!! ぼっ、ぼ・僕だけ・・ですか?」 驚くステュアート。 対する紳士は、甘い目線でステュアートを見下ろしながら頷いた。 ステュアートは、全身に貞操の危機を感じて。 「いいいっ、いえっ。 もっ、も・もう眠いのでっ、宿に戻りますッ!!」 と、逃げるように身を引く。 また、セシルとエルレーンは、Kが嫌がった事態の意味が解って蒼褪める。 先に予想し、本人を見て答えを察したKは、終始反対側を見ていた。 さて、馬車に紳士が乗り込もうと云う様子を見たオーファーは、何故かホッとして。 (良かった、顔が悪くて…。 悪くても得する事も、時には在るのだな) と、胸を撫で下ろした。 御者に因って開かれドアの前で、馬車の足場へと片足を掛ける紳士は、其処でステュアートへと振り向けば。 「今回は、機会が無く残念だ。 だが、もし生活に困ったり、お腹が減ったらならば、あの宝石商に来なさい。 決して、悪いようにはしないよ」 と、言ってから馬車に乗り込んで行く。 5人が何も言えず、黙った中。 御者が操る馬車が向きを変えて、来た道を戻っていく。 するとKは、下らないモノを見たと辟易した様子にて。 「やはり最悪の方向か。 正に、ヘンタイ紳士だゼ」 と、やっと前を向いた。 然し、誘われたステュアートは、いきなりKに掴み掛かった。 「ケイさんっ、絶対に知ってたでしょっ?! 僕にお誘い来るってっ、昼間っから悟ってたでしょっ?!!」 と、怒る彼は、涙目である。 「アハハハハハ…」 その通りだから、半笑いして流すKだった。         ★ 次の日。 朝、斜めに高く陽が上がってから、一行が斡旋所へ出向けば。 「あら、いらっしゃい。 依頼人から、報酬受け取りの承諾が来てるわよ」 と、ミラが言って来た。 昨日の深夜に薬を渡してから、次の日にはもう承諾が来る。 そんなに即効性なのかと、ステュアート一同がKを見直す。 ミラは、用意していた1500シフォンの報酬を出して。 受け取ったステュアートは、全員で等分した。 さて、昨夜の宿代でスッカラカンに成った懐も、少しは膨れたと。 ステュアートは、次なる仕事を探す。 ミラは、ウザい屯する奴らを嫌い。 カウンター席を5人に薦めた。 ミラの目の前で、次なる仕事の選択に入るステュアート。 「う~ん」 斡旋所カウンターにて、考え込むステュアート。 手にはメニューの様な依頼リストが在る。 「どれどれ」 「ナニナニ」 ステュアートの左右から、依頼リストを覗き込むセシルとエルレーン。 「ふぁ~」 包帯を顔に巻いた冒険者Kは、昨夜に風呂に入ってサッパリした。 衣服も綺麗に叩かれていて、オーファーと2人でのんびり安い紅茶をシバく。 そのKに、オーファーが。 「ケイさん、昨日の宿で聴いた噂ですがね」 溝帯に大発生した巨大鰐が、何者かに退治された話しをすれば。 「ほぉ~。 溝帯のワニさんを、粗方に殲滅ねぇ。 そりゃあ~凄い冒険者も居たもんだ」 と、他人ごとの様に言うK。 然し、カウンターに立つミラは、Kを見て横目にして。 「何処の冒険者かしらぁ~。 無償でモンスター退治なんて、と~~ってもカッコいい。 目の前に居たら、キスしちゃいたいわ」 と、色っぽく言う。 処が。 ミラなど見ずに通りを眺めるKは、紅茶のお替りを要求して。 「だが、‘倒した’って言ったってよ。 もし親を倒したって〜だけじゃ~意味が無いぞ」 奇妙な話に、ミラは紅茶を注ぐ手を止め。 「それって、どうゆう意味?」 「砂漠や荒野に住まう巨大鰐ってヤツは、な。 地中深くに卵を産んで、大雨が降る時に合わせて孵化しやがる。 確か・・数年前、溝帯に珍しく纏まった雨が降ったからなぁ。 その時に卵から孵ってデカく成った個体なら、既にまた産卵してるハズ。 その生命の連鎖となる元を断たなきゃ、溝帯の平和はたったの10数年だけさ」 初めて知る事に、オーファーは紅茶を飲む手を止めたまま。 「そうなんですか?」 Kは、冷めた紅茶をミラから受け取って。 「あぁ、溝帯の事を書いた本では、そうなってる。 実際、巨大鰐が溝帯に現れ出したのも、数十年ぶりの大雨の後だってからな」 初めて知る事に、オーファーは頻りに感心。 ミラも、姉から齎された情報を書き留めた物を見て。 「確かに、その通りね」 と。 Kの言う通り。 乾燥した溝帯に、数十年ぶりに大雨が降った。 数年前の出来事だが、溝帯内部の山岳の縁に住む部族が大雨の影響から咲いた不思議な植物を持ち込んだ、と噂が立った事を思い出す。 姉と一緒に、まだ冒険者として活動していた頃のことだった。 Kは、話の区切りとして。 「ま、その死んだって云う鰐の掘った穴から地下に入って、地中深くの棲家に産んだ卵を全て壊さなきゃ~よ。 取り戻した平和も、所詮は仮初めだ」 その解説を聞いていたミラは、感心した顔で。 「貴方って、随分と色んな事を知ってるのね。 その辺の薀蓄学者より、知識が深いわ」 と、褒めた。 其処に、ステュアートが。 「ケイさん、オーファー。 報酬は決して高く無いけど、結婚指輪を無くした奥さんの、指輪捜索依頼があります。 やってみませんか?」 席をズラして顔を出すオーファーは、先に頷き。 「うむ、やろう。 結婚指輪か…。 それは、無くしたままでは心苦しいな」 するとKも、グラスを置いて。 「仕方ない、探してやるか」 と、動く支度をする。 セシルとエルレーンは、ミラに依頼受理の申し立てを。 「結婚指輪ね~。 無くす方がどうかしてるわ」 作業をするミラは、冷めた言い方を。 処が、止せばいいものを。 セシルは、女性と云う意味合いでの自分の身を棚上げで。 「相手を探して、未だ見つからない誰かさんには、とお~い話よねぇ~」 と、嫌みの効いたトゲを吐く。 それを感じ取ったミラは、スッとセシルを睨む。 不穏な空気を感じたKは、出入り口に向かいつつ。 「おいお~い、面倒はヤメレ」 と、窘める。 だが、昨日の一件が在るからか。 ミラとセシルは、どうもウマが合わない。 睨み合い、火花を散らす。 急に空気が悪く成ったと解ったステュアートは、アワアワしながらそれを見ている。 下らないと思うオーファーは、テーブル席から注がれる夥しい視線を感じて。 (は、恥ずかしかぁ~~~) と、瞑目して顔を赤らめつつ、静かにKの方に歩いて行く。 Kは、来たオーファーに。 「全く、オンナって生き物は、ど~してこうもメンドイかね~」 と、呆れ口調で言った後、外に出る。 オーファーは、エルレーンとステュアートの仲裁を受けながらも、睨み合って居る2人にげんなりした。 (この街に居る間は、ずっとこうなのか?) さて、この指輪を見つける仕事は、ステュアート達に任された。 貴族の奥様の依頼と云うので、昨夜の衝撃が冷めないままにまた貴族区に来た。 ステュアートは、昨夜のあの紳士と鉢合わせしたく無い為。 歩くオーファーの影に隠れて居た。 さて、依頼人の屋敷に入って、老い始めた感じの年配女性に説明を受けて直ぐに。 話を聴いたKは、 「多分、指輪はアレの中だ」 と、見つけた。 「あら・・まぁ、こんな所に…」 室内の観葉植物の水差しの中に落としていたのだ。 「奥さん。 アンタ、この指輪を外した時に、恐らくだが酔ってたろ? 旦那が死んで、1人が寂しいのは解るが。 夜に植物へ、こんなに水をやったらいけない。 根腐れするぞ。 あ~あ~、鉢植えのどれも、水がヒタヒタだぜ」 “育ててるんだか、水責めで虐待してるんだが解らない” と、見て感じるK。 そして、立派な居間の内装を見回すと。 「この部屋、見るからに金が在りそうだ。 生活に余裕が有るんだろうから、新しい趣味や楽しみでも見つけな」 と、そう言って締めくくる。 指輪を見つけたので、仕事は終わり。 解決の報告に、依頼者から一筆を貰った一行は、屋敷の敷地から出て来る。 屋敷から出て庭を歩く中で、エルレーンがKに。 「良く解ったわね~」 Kは、ズボンのポケットに両手を入れながら。 「あぁ、先に昼の水遣り観てたが。 鉢の下の受け皿が、前に遣った水で一杯になって零れてたし。 指輪は、主人を亡くした哀しみから痩せてブカブカだって言うしな~。 決め手は、水差しの水が動く度に、ヘンな鈍い音してた。 話に因ると、旦那を亡くしてから毎日、酒だけ呑んで旦那の残した観葉植物を見てるとか。 近くに有ると踏んだら、在った。 然も、凄い間近に、な」 感心するステュアートは、まじまじとKを見て。 「ケイさんって、仕事慣れしてますね。 見習います」 と、言う。 片やKは、素晴らしい陽気の太陽を見上げて。 「違うだろ~。 習うより慣れろ。 回数こなして慣れろ」 ステュアートは、益々に感心して。 「あ、ハイっ」 と、子分の様に返した。 早々と斡旋所に戻り、カウンターに屯する冒険者を尻目にし。 本日、2回目の報酬を貰う事に成った。 其処で、怪しげで無頼の様な癖の有る男達の1人が、ステュアートやセシルを見て。 「儲けてるねぇ~、懐が暖かいかぁ?」 と、狡猾な光を眼に宿した。 それを見たミラが、 「ちょっと、止めなさい。 他人の金なんか奪ったら、この斡旋所から追い出すわよ」 と、窘める。 屯する薄汚い冒険者達は、まるで示し合わせた様にゲラゲラと笑う。 1階の主をするミラも、オーファーも、エルレーンも、 “明らかに、この男達から目を付けられた” と、察した。 斡旋所で屯する冒険者の中には、ある種の悪党と同じ輩が居る。 他の駆け出し冒険者より身銭を脅し取ったり。 下手すると、活躍し始めた若手を怪我させて、“新人潰し”をするのだ。 その目的は、隠れてのノミ行為。 賭け事の対象に冒険者達をしている。 急に有名となるチームは、邪魔者となる。 貴族や商人の一部も混じる為、こうした行為に手を染める輩は新人潰しをするのだ。 また、酷い輩はガロンの様な事をするし。 野党崩れの様な冒険者は、身銭を奪う為に闇討ちなどもする。 屯する悪い冒険者に目を付けられた冒険者の話は、ありふれているが。 何一つも良い話は無いのだ…。 そして、小さな或る事件は、その夜に起きる。 だが、次の日に成って判明した事は、その事件の残り香の様な一端のみである。 明けた次の日。 前日と同じ様な朝だ。 ステュアート達が斡旋所に揃って出向いた時。 「失礼しま~す」 斡旋所のドアを開いて中に入ったステュアートは、九官鳥の繰り返す話を聴く。 一方、カウンター席を拭いていた次女のミルダが、エルレーンとセシルを見て。 「あら、貴女達っ」 と、小さく驚く。 エルレーンとセシルは、何をした訳でも無いのに。 ミラでは無く、ミルダから声を掛けられて。 「え?」 「はぁ?」 と、中途半端な返事を…。 最後に入るKは、九官鳥を見るステュアートとオーファーを見ず。 席を前に立ち止まったセシルやエルレーンも無視し。 「おい、紅茶くれ」 と、席の一つに座った。 だが、カウンターの内側に入る、ミラよりも真面目そうな美人のミルダは…。 「ねぇ、昨日の事なんだけど」 グラスに紅茶を注ぎながら、声を掛けて来た。 ミルダとはっきりした面識の無いエルレーンも、セシルも、互いに見合ってから。 「何?」 「‘昨日’がどうかした?」 と、席に就く。 紅茶を出すミルダは、ミラより一つ低い魅力的な声にて。 「実は、ね。 昨夜に、何時もウチに屯して入り浸るチームが、夜逃げしたみたいなの。 見張りの兵士から、姉の方に連絡が来たし・・。 貴女達、昨日の昼間に絡まれたみたいだけど、何かした?」 変な話を振られたと、セシルは眉を顰め。 「昨日の、此処に居たあのオッサン達の事なら、アタシ達は知~らない。 だって昨日は、報酬を受け取って此処を出た後。 前の目貫通りをあちこち動いて、武器や防具を見て回ったし」 こう言ったセシルの後、エルレーンも。 「そう。 その後は、ケイが薬やら道具の事を教えてくれるから。 冒険に使う必需品とか、常備薬とか、保存食の豆知識を聞いて、店を点々と巡ったわ」 2人の話を聞いたミルダは、後から来るステュアートとオーファーへ。 「夜は?」 と、繰り返し尋ねる。 席に就く2人の中で、先にオーファーが。 「さぁ。 夕暮れから霧が出て来たので、我々はその足で宿屋に。 湯を使え、店内で食事も出来る宿に入ったので。 外に出て居ないから、その冒険者達のことは解らない」 ステュアートは、ミルダの顔色を窺いながら。 「あの人達が街を去ると、何か不味いンですか?」 「いえ、彼等が去るだけならば、何の問題も無いの。 寧ろ、私達はその方が有り難いから…」 セシルは、まだ話が見えない、と。 「じゃ~何でそんなに聴くの?」 朝に買い込んだ食材を使い、何かを作り始めるミルダ。 「実は、他に冒険者を狙った強盗が起きてたみたいでね。 襲われた冒険者等は、数日前に神殿病院へ入ったの。 昨日になって、あの冒険者達が突然に夜逃げしたって聞いたから。 ついてっきり、貴女達も狙われたのかも・・って、そう思っちゃったの。 ごめんなさいね」 このチームの中では年長者となる冒険者稼業の長いオーファーは、その話を聞くと腕組みし。 「だが、我々が無事と云う事は、他に犠牲と成った誰かが居る可能性が・・。 そう云う事に成りますな」 其処まで黙っていたKが。 「掃き溜めの雑魚が逃げ出したぐらいで、あーだこーだ言ったって仕方ねぇ。 面倒が減ったんだ、真相が解るまで喜びゃいいだろう」 と、大胆なことを言う。 皆、その通りと思い。 セシルは、 「さ、スチュアート。 次の仕事を探すんでしょ」 と、ステュアートにメニューの様な依頼一覧を出すのだった。         ★ だが、その頃…。 バベッタの街から遠く離れた、街道からも離れた荒野の山の麓となる岩場にて。 昨日まで斡旋所に屯していたあの冒険者達が、モンスターに襲われて居る。 「来るな゛っ!」 「ひい゛ぃっ!」 「痛い゛っ! 止めろぉ!!」 岩場が広がる山地にて6人の男達を襲うのは、彼等の怪我から血の臭いを感じ取った〔鮫鷹〕《さめたか》だ。 鮫鷹は、モンスターとしての知名度からすると誰でも知っていて、大して珍しいものでは無い。 大きさは、鷲や鷹と似たり寄ったり。 その顔は、鮫の様な姿をして、特徴的な大口と鋭い歯を持つ。 だが、最も恐れられる習性が、数百や数千の大群で飛来し、獲物を骨まで食い尽くす処だ。 さて、北の大陸の溝帯を囲う山岳部には、この鮫鷹の生息地が多く。 周辺に位置する国としては、毎年に定期的な討伐を行う。 ま、協力依頼やら討伐依頼を受ける斡旋所としては、適当に炙れている冒険者達を働かせるイイ仕事でも在り。 軍部と良い関係を築けると、主は有り難い。 然し、その周辺の街道を利用する旅人などは、鮫鷹なれど注意を怠らない。 “怪我をした場合には、素早く止血しろ。 大怪我をしたらば、直ぐに魔法で傷口を塞げ。 さもないと、血の臭いを数十里先からでも嗅ぎ付けて、次々と奴らは襲って来る” こんな教訓を言い合って、非常に警戒する。 旅人、商人、旅芸人に冒険者も含む。 さて、では…。 前日の午後にステュアートやセシルに絡んだ彼等が、何故に此処でモンスターに襲われて居るのだろうか。 その原因は、昨夜の夕方に起こった出来事に在る。 昨日の夕方。 バベッタの街に、毎日の恒例の如く霧が出始めた。 行き交う人の姿も、間近まで来ないと解らない視界となった目抜き通り。 報酬が一日中に、なんと2度も入った。 だから今日は、ちょっとイイ宿を探そうとするステュアート達は、街の東部に広がる宿屋街へ移る。 その時、彼等を待ち伏せて居たこの悪どい冒険者達は、金を脅し取るべく絡もうとする矢先にKと鉢合わせした。 “テメェ等、死神に喧嘩を売るのか?” 足音も立てずに、彼等へと近寄り。 殺気を自由に表したり消したり出来る上。 暗殺者の遣う技能を見せられた彼等は、命がらがらに逃げ出した。 この時にKは、彼等に或る目印を付けた。 そして、密かに知り合いに尾行させたのだ。 この流れを頭から掻い摘むと。 2度目の報酬を得たステュアート達が、店を見て回ろうと斡旋所を出た後。 尾行に秀でた屯する冒険者が、仲間を残して1人で出て行った。 だが、相手がこのKだ。 ちょっと得意げに成る冒険者の尾行に、気付かない訳が無い。 斡旋所を出てから武器や防具の店を回って居る時で、既にこの冒険者の尾行に気付いていた。 (薄汚い輩が、俺を狙うとはイイ度胸だ) 完全に、返り討ちにする気に成った。 やり方に慣れた様子が窺えたし。 Kも、他の冒険者達が襲われた情報を知っていた。 この1件で、犯人は彼等だと察したのである。 だから、先ずは冒険者としての知識を教える、とステュアート達を連れて店を回りながら。 途中で、かねてから昵懇の店に入り。 その店の主人に或る計画を伝え、撃退した後の尾行を依頼した。 すると、元は冒険者をして居た知人から。 “最近、冒険者が冒険者らしい奴に襲われる、ちょっとフザけた事件が在りまして。 この間に襲われた冒険者は、痺れ薬を使った武器での怪我から死んでます。 遣るなら、役人に突き出しましょうか?” と、報告を受ける。 だが、冒険者同士のいざこざに、役人は余り関心が無い事も在り。 その捜査すらあまりしてない現状を知ると。 “いや、冒険者らしい死に場所を用意してやろう” Kは、こう言い切った。 尾行を頼まれた者は、Kが怒ったと知る。 “生業を辞めても、死神はやはり死神。 敵に回したら、その命が代償と成る” と、察する。 さて、ステュアート達を襲おうとした冒険者達は、尾行をした細身の小男を含めて6人。 Kに掴まれた時に、2人が或る匂いを付けられた。 実際のKの心配として、関わり合いを阻止するだけでも良かったと思う反面。 他に動く仲間が居た時に面倒が残る。 だからワザと脅して、知り合いに尾行させたのだ。 その後、ステュアート達と宿に居る間に、尾行をした者がそっとやって来てKに情報を寄越す。 Kに驚いた冒険者達が飲み屋や宿屋へ逃げず。 “誰も居ない廃屋へ逃げ込んで、誰かに買い物を頼んだ” と、聞いて。 “こりゃあ、今夜に逃げ出すな” 相手の様子から起こる事態を察したK。 その推測は、ズバリ当たっていた。 Kの技能や存在もそうだが。 斡旋所の主で或るミラ達に、顔や名前を覚えられたステュアート達。 それを金銭目的から襲う事を考えた時点で、この冒険者達は街から逃げ出すつもりだった。 また、彼等は亜種人を見下していて。 セシルとエルレーンを攫っては散々に弄んでから、殺して去ろうと考えていたぐらい。 詰まり、ステュアート達男性は、殺して構わないとすら考えて居た。 が、まさか襲撃失敗で逃げ出すとは、誰も考えて無かった筈だ。 一旦、廃屋に潜伏した彼等は、仲間が旅に必要な者を買って来ると。 夜中までジッとして潜む。 この夜は、ステュアート達は、男3人で一部屋に入る。 部屋の角のベッドに入ったKは、真夜中に宿を抜け出す。 そして、霧に煙る夜中になり。 廃屋に潜んで居た冒険者達も逃げるべく、遂に動き始めた。 だが、Kが尾行をしているなど、彼等は微塵も気付かない。 逃げるしか考えて無い彼等は、北門へと急いだ。 真夜中に出ると云うので、門番の衛兵にも問われる。 “依頼を請けて出ていった仲間が、何日も帰って来ないんだ。 捜しに行かせてくれ” 咄嗟の事でも、冒険者らしい言い訳をする辺りに。 彼等は、悪さの常習犯と察せられた。 だが、それが嘘でも、兵士からすればどうでも良い。 胡散臭い輩が出て行くならば、その方が良いのだ あまり手間取る事もなく街から出れた彼等。 処が、街より少し離れた処にて。 霧も晴れた宵闇から。 “おい、死神から簡単に逃げれると思うな” と、Kが姿を現す。 「げぇっ、追って来やがった!」 「逃げろっ、逃げろ!!」 逃げ惑った彼等を襲ったK。 殺さない程度に、深手を負わせて血を流させる。 “徹底的に逃げるんだな。 その流した血を追って、狩りを楽しんでやる” Kの更なる脅迫を受けた冒険者達は、その言葉に怯えて命からがらに逃げた。 血を流しながら、朝まで逃げた。 休んでも、心が安まらず。 小さな物音すら恐怖で、血が止まるまで待てなかった。 でも、Kは追う気などさらさら無い。 ある種の‘呪い’を掛けた。 言葉に因る、‘恐怖’と云う呪縛を掛けただけなのだ…。 それに、夕方前にKは言った。 “冒険者らしい死に場所を用意してやろう” と。 逃げる事しか考えて無い彼等は、街道沿いの山地を隠れ隠れ行く。 朝方には、数匹の鮫鷹に襲われた冒険者達は、血を流しながらに戦った。 怪我さえ無ければ、鮫鷹の数匹ぐらい何でも無かったかも知れない。 だが、怪我をしている彼等だ。 1匹を倒す間に、2匹が飛来。 5匹を倒して先へと逃げれば、向かって来て居た20匹前後に遭遇する始末。 次第に、やり過ごして逃げれず、倒して逃げるしか道が無くなる。 やり過ごそうとすれば、次々と現れて増える鮫鷹に挟み撃ちされる。 嘗て、彼等が鮫鷹の様にして、弱い立場の冒険者達を狩りしていたが。 その暴挙も、此処までらしい。 ま、最後はモンスターを相手に、戦い抜いて死ねるのだ。 冒険者の最後として、これは本望の筈である。 この屯していた冒険者達は、過去に幾つかの人殺しもしている。 死神には、その罪が丸見えだ。 薄汚い輩が集まり、それこそ冒険者なのか。 冒険者と言い張るだけの、ただの悪党なのか解らない。 冒険者として生きるのを止めたなら、余計な事をすべきでは無い。 冒険者の中には、時として恐ろしく強い者が居るのだから…。 彼等の最後など、誰も知らない。 知らせない。 そして、Kは無視をした。         ★ さて、今の斡旋所に話を戻そう。 「う゛~~~ん。 ‘草むしり’みたいな依頼も無いですね」 仕事の内容が、どれもクセが有りそうで。 ステュアートは、決めかねて居る。 ダラダラするKは、 「やってみたいヤツを請けろ。 遣り方ぐらい、教えてやるよ」 と、余裕で在る。 すると、エルレーンが一つを指差し。 「これ、やって貰おうよ」 と、白羽の矢を立てた。 その依頼内容は、畑の害虫駆除である。 セシルは、‘害虫駆除’などやった事など無い。 「エル、こんな事をアタシ達で出来るぅ?」 その様子を見るオーファーは、Kに向き。 「異論が噴出して居るが?」 そう話を振られたKだが。 「殺人だのを解決しろって云うんじゃ無いんだ。 自然の摂理の異常を直せって云うだけだろう?」 Kの余裕の物言いに、報酬の多さに眼が眩んだセシルは素早く反応。 「これっ! これにするっ」 と、言い張った。 セシルの気合いでステュアートが請けたのは、バベッタの城塞の外に有る農業地、〔ベジタガーデン〕《専用農業地》に発生した害虫駆除だ。 其処へ向かう通りの最中。 良く晴れる空を見上げるセシルは、自分が請けたいと言い張った筈なのに。 「ま~ったく、害虫駆除って、どぉ~すんのよ」 「ホ~ント」 ちんぷんかんぷんのエルレーンとセシルは、決めたクセして最初からやる気なし。 一緒に歩くKは、手順を教えてやる。 「いいか、害虫駆除ってのは、まずは現状調査からだ。 畑やその周辺の調査から始める」 5人でバベッタの外、西側の農地にやって来た。 区画整地された農地は、一面にキャベツなどの野菜が栽培がされているのだが…。 畑を見に来た役人と共に、畑を見回してKは呆れ果てた顔をし。 「おい゛っ、お~~~い゛っ、何だこれはっ。 全く知識が無ぇ遣り方だ。 畔道や野原まで、全て草取ってやがるっ」 ステュアートは、見て整然としていていいと思う。 「何がいけないんです?」 呆れたKは、畑を指差し。 「いいか、基本的にな。 雑草より人の食べる野菜の方が、虫にも美味しいんだ。 栄養豊富な土を山から持ってきてるから、尚更に野菜の育ちもいい。 こんな所だ、害虫だって食う物が野菜しか無いし。 人が植えてやってるんだから、そりゃ~この畑に在る野菜を食うわさ」 「なるほど、目の前に餌が有るのと一緒ですね」 Kは、耕された畑を見ながら。 「そうだ。 そして、一番の問題は。 その害虫を食べる虫の住み場が、この畑の周りの何処にも全く無ぇ。 これじゃ~どう転んでも、害虫天国になる筈だぜ。 敵が居ないんだ、そりゃ~増えるってよ」 ステュアート達5人に付き添って来た、農場管理をする役人と農作業に携わるオッサンは。 「な~るほど。 最近、食糧の自給率を上げようって、バベッタの政策で畑を始めたんだが」 「出来るだけ収穫量を多くしようと、整地し過ぎたのかぁ」 と、2人して云う。 Kは、植えたばかりの野菜の苗を見て。 「あ~あ、蝶々の幼虫や蟻巻きなんかが、一杯ついてら…」 と、害虫の遣りたい放題の現状を見る。 広い農地を見て回ったKは、バベッタに戻り。 農家の人達を連れて、何故か図書館に。 街の中央に、都市政府の建物内に有るというので。 其処に向かった。 施設内で、本を何冊か取り出して来たKは、農家達に害虫駆除する益虫の存在と。 また、害虫を守る蟻のライフスタイルを教える。 害虫を守る蟻の巣穴は、薬草と灰汁などを使って駆除し。 益虫を山から取ってきて、畑の間近で生活させる環境を整えて。 農家がそのバランスを保つようにと、知識指導する。 この今、なにせ農薬など無ければ、魔法で・・とも行かない。 そして、手っ取り早く毒を使った過去の悲劇を語り。 この害虫駆除の問題は、如何に毎日の積み重ねが大切かを解いた。 その様子を見るステュアート達は、本当に学者らしい学者を始めて見たと感心。 改めて、本の凄さが今さら解った。 本は、全て魔法による自動書記の複製品が主流で、値段が高い。 若いうちに本を沢山読む人口は、極めて少ないのだ。 この日から数日は、近くの野原まで益虫を取りに行って。 夕方前に畑に放したり。 蟻の巣を塩と虫避けの草の汁を散布していたりと。 冒険者とは全く違う日を送る。 毎夜ごと、違う宿を取れば。 セシルも、エルレーンも、足が筋肉痛と浮腫みでパンパンだ。 食堂でテーブルを囲う中。 ワインを飲みながらエルレーンが。 「うう…、冒険者じゃないわ。 これじゃ農家よぉ~」 と、Kをジト目で見る。 だが、Kは何事にしても精通しているのか。 苦労もしてない雰囲気で。 「フン。 カッコいい冒険者なんざ、実に下らないな。 どんな依頼もこなせる冒険者は、何処の地に行っても食いっ逸れしない。 しぶとく、どんな仕事も当たり前に出来るのが最高だ。 それに、これを選んだのは、お前たちだ」 セシルは、汚れて擦り傷だらけの手を見せて。 「お肌が荒れちゃうわよぉ~」 と、泣き言を。 だが、食欲が増したオーファーは、肉を切りながら。 「それも青春だ。 ま、有名になっても、いちいち仕事を選んでたら突発の仕事に対応が出来ない。 私はケイと組んでから、日々が充実しているから嫌とは思わない。 寧ろ、何もかもがいい勉強だ。 冒険者を引退したら、農家も悪く無い」 文句を言った女性2人は、全く嫌がる処か、久しぶりにいい顔をしているオーファーとステュアートが居るだけに、文句も言い切れない。 ステュアートは、終始Kの言っていた事をメモしたり。 自分で何でもやろうと、率先する。 こうゆう作業を嫌がるセシルの家は、なんと貴族だ。 下級貴族ながら、上級貴族と対等に仕事する家柄とかで。 セシル本人がプライドを高く持つのも、それで頷ける。 また、エルレーンは、冒険者同士の結婚で生まれた。 親は、別の国の街に永住して、商人の所に手伝いで働きに出ているとか。 そして、無骨感の強いオーファーの家は、なんと魔法学院が自治する国〔魔法学院自治領カクトノーズ〕で、国政に携わる大臣の職に就いているのだと。 人付き合いの下手なオーファーは、それが嫌で冒険者になったらしい。 最後に、ステュアートは、今や内戦状態と成っている西の大陸から来た。 父親は、若い頃は冒険者だったらしく。 今では、或る都市の斡旋所で、主人をしているらしい。 呑んで喋れば、ホロホロと過去が出る。 Kは、無難に話を右に左に受け流して、終始聞き手に回っていた。 さて、それから毎日、益虫を捕まえたり、益虫の住む環境を作ってみたり。 益虫がとても食べつくせない害虫一杯な苗を抜いたり。 色々と対策をしてみる。 その間、様々な消毒液や害虫駆除薬の作り方をKが教えた。 灰汁は、特定の草の汁と混ぜて使えば効果が高いし。 草を燃やした煙も、一部の害虫を追い払う効果が有る。 更に、問題は蚊や蠅の発生。 病気を媒介する蚊や蠅は、それを発生させる環境も在り。 また、その幼虫から成虫までを食べる、特定の虫の存在が在った。 冒険者ながら一緒に汗を流すその働きは、農場管理をする役人の好意を呼び。 途中から宿代がタダに成る。 そして、七日後。 畑の害虫は、確かに激減していた。 雨が降るその日。 ステュアート以下全員は、斡旋所で農家の人達と挨拶をして仕事終了。 報酬以外で、農家の人達が持ち寄った食材で、ミラとミルダの手作りでお昼を馳走になった。 農家の人達が帰った後。 ミラの居るカウンター前で、セシルが。 「ま、感謝されるのは、悪く無いわね。 報酬も2500出たし。 少ない気もするけど、文句は言わないわ」 その彼女の物言いに、K、ステュアート、オーファー、ミラは。 (思いっきり文句を言ってる気がするが…) と、思った。 エルレーンは、紅茶の入ったグラスを見て。 「ま、報酬に見合った仕事したんだから、いい運動したってことにしとくわ~」 この2人の言動には、やはり農業に対する不満が在るのか。 自分達が誰の育てた食物を食べて居るのか、何処まで解って居るやら…。 そんな2人を呆れて眺めたミラは、紅茶のお代わりが入ったグラスをKに出すと。 「依頼、お疲れ様。 特に貴方には、私達姉妹から感謝を贈るわ」 Kの後ろでは、薄暗い店内にランプの灯りを入れる次女ミルダが、上に手を伸ばす仕草に。 座る男の冒険者が、鼻の下をダラ~ンと伸ばしている。 やはり、女性が上へ手を伸ばす様子は、脇が無防備に成るからなのか。 今にも手を出して身体を触りそうな、そんな下品さの漂う顔をしていた。 その様子を見ながら、オーファーが。 「ケイさんは、主に感謝されるような事をしたかな?」 話を振られたKは、 「さぁな」 記憶に無いとばかりに、肩だけ竦めて見せる。 そんなKを見て、ミラは微笑み。 「ポッと出た様な貴方達が、どんな依頼でも遣って退けるから。 仕事を選ぶことしかしなかった他の駆け出しチームが、色々と未知の仕事を遣る気になってね。 見て、何時ものような屯してる様子が、ほぼ無くなって来たわ」 ミラの話で、K以外のステュアート達が振り返って店内を見るに。 確かに、屯していた大半の冒険者達が、この雨でも店に殆ど居ない。 こんなにガラ~ンとした斡旋所も、初めて見るから珍しい。 そして、次の仕事を探そうとしたステュアートが。 「本当だぁ~。 安い駆け出しのやる仕事が、メニューに少ない。 う~ん、次の仕事、どうしよう…」 と、仕事の依頼メニューを見て悩む。 全く見向きもしないKは、本降り手前の外をガラス窓越しに見て。 「大体な。 駆け出しの仕事は、要領や知識や経験さえあれば、短い間で少ない人数でも儲かるんだよ。 何でもバカの一つ覚えみたく、デカい仕事を狙って遣ればいいってモンじゃ~ない。 人に感謝される仕事の仕方すれば、確実にいい噂が流れる。 有名に成るのは早くは無い。 だが、確実でブレない進み方なんだよ」 聞いているオーファーが、感心してKを見る。 「うむ、地に足が付いていますな」 コップを拭きつつ、ミラも感心した顔つきで。 「あら、とっても深いわぁ…」 セシルは、エルレーンと見合って。 「実証されてるから、反論が出来ないよぉ。 ううう…」 「だわね~。 今更、凄いと思うわ。 たった十日で、もう一人1000シフォン近く稼いでるし…」 Kは、昼を馳走になって動きたくないのか。 「ステュアート、のんびり選べ。 今日は、動きたくねぇ~」 セシルも、腹を摩って。 「同じです~。 リーダー」 エルレーンも、手を挙げて。 「ワチきも~」 そんな時だ。 二階から、ミラの姉のミシェルが下りて来た。 「ミラ、ミルダ、ちょっといい」 声を掛けられたミラは、カウンター前の一同に笑顔を見せて。 「ゆっくりしてね」 と、二階の階段に向かう。 二階の階段に上がる途中で、三姉妹がヒソヒソ話をする。 その時のKは、背凭れにダラ~ンとして頭を後ろに反らせ。 靴も脱いで足を椅子に上げて、雨音に耳を傾けていたのだが…。 三姉妹の話の最中に、バッと顔を上げ。 「おいっ。 お前等っ、そりゃマズイぞっ!!」 と、いきなりの鋭い声を掛ける。 斡旋所の中に、その声が響いた。
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