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目の前で笑みを零す美桜を見つめたまま司郎は自分自身に問いかけるように心の中でそう呟いた。
先ほどまであんなに怯えていた美桜が、今、目の前で笑みを浮かべている。
屈しない、負けないという美桜の思いが、司郎にもひしひしと伝わってくるほどに、その笑みは司郎には輝いて見えた。
と、その時、
司郎の脳裏に唐突にある言葉が過った。
それはゆっくりと、やがて鮮明に、いつも聴きなれた声と共にハッキリと司郎の心の中に響き始めたのだ
そう、今朝も宗光が司郎に言っていた言葉、笑顔。
悲しい時や辛い時、いつも司郎と澪を支えてくれる祖母、静と、祖父、宗光の教えだ。
『どんなに苦しく辛い時でも、忘れてはいけない、笑顔、何者にも負けない笑顔、それがあれば司郎は大切な何かをきっと守ることができる、忘れないで』
心の中で響く声がゆっくりと掻き消えていく、迷いと、そして恐怖と共に。
次の瞬間、司郎は突然手を上げ紙袋の端をつまんで見せた。
そのまま徐に額の高さまで紙袋を捲り上げ、目を瞑って一呼吸、そして目を開けるとゆっくりと口を開いた。
「守りますから……どんな事があっても僕が、あなたを絶対に守ります、だから、僕を信じてくれませんか?」
司郎はそう言うと、飛びっきりの穏やかで柔和な笑みを浮かべて見せたのだった。
突然の笑顔、一部始終を見ていたジャージ男も思わず司郎を見たままポカンとしている。
美桜もだ、普通ならこんな時に正気かと疑いたくなる行動だが、なぜかその時、だけは不思議と美桜の体を包み込む温かさがあった。
それと同時に美桜の体中の震えが、まるで憑き物が落ちたかのように徐々に収まってゆく。
(なんなの、この気持ち……私殺されちゃうかもしれないのに、何で、この人の笑顔……凄く安心する)
美桜がそう心の中で葛藤する中、いつの間にかさっきまで強張っていた表情が自然と和らぎはじめていた。
こんな状況なのに、なぜか目の前の司郎の笑顔に惹かれてゆく美桜、やがて司郎につられるかのように、美桜の表情にも自然と小さな笑みがこぼれていた。
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