はじまり、はじまり。

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玲菜はため息をついた。 「根っからの腑抜けですのね、貴方は…」 「お褒めにお預かり光栄でーす」「褒めてません!!」 雅はにゃー、とふざけた真似をして教卓の椅子の上、膝を抱えながらくるくると回りはじめた。 「そんなに怒ると将来しゃわくちゃになるよー」 玲菜は余計なお世話ですわ、と顔を背けた。 そして諦めたようにため息を零しながら椅子に再び座った。 「そんなにもお暇なら何かやっていればいいでしょう?先生らしくテストを作るとか…」 すると雅は悪びれた様子もなくこう言い放った。 「俺、テスト見るのもやだもん」……よくこんなのが先生という資格を取れたものだ。 玲菜はまたため息をついてからシャープペンシルを取って課題をやりはじめた。 また、静かになる教室。 今度は時計の針と、玲菜のシャープペンシルの音と、蝉の声とに混じって、雅の乗る椅子の回る音だけになった。 からから。 からからから。 その虚しく渇いた音に二人は押し黙った。 玲菜は、課題に集中して。 雅は―… ……ある女の子を想って。 気が付けば雅が乗る椅子は回転を止めて、玲菜に背を向け、黒板に向かう姿勢になっていた。 その音が止まっても他の音達は鳴り止む事を知らなかった。 しかしそれらを破って、雅はまた玲菜に話し掛けた。 「―…なぁ」 その真剣な声音に、玲菜は何も言わずに動きを止めた。 雅は椅子の背もたれに腕を置いて、そこに自分の顔を乗せた。 そして聞きたかった、あの子の事を尋ねた。 「―…ひかるは、元気か?」 いつも頭のどこかにひかるの存在がいる雅は、何故かこれを玲菜に聞くのに緊張する。 玲奈は顔を上げた。 そこには、いつもの馬鹿な先生ではなく、たった一人の妹を想う寂しげな兄の背中があった。 そっと、整った睫毛を伏せて目線を落とす。 「………えぇ。元気ですわ」 とても寂し過ぎて、目を逸らしてしまったのだ。 「………………そっか」 そう。 この時の雅の顔は、何にも変え難く哀しく微笑んでいたのだ。
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