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彼女は、気がついたら真っ白な世界に一人、放り出されていたという。
右も左も、上と下さえ全く分からない世界。
地面があって、自分が立っているのか倒れているのかさえ分からない。
とりあえす倒れているような感覚だったから、愛流は身を起こして立ち上がる。
この時彼女は自分の名前すら覚えていなかった。
何もかも、忘れていた。
いや。
自分の事だけを忘れていたのかもしれない。
ぼぅっとした脳で考えることはただひとつ。
ここは、どこ?
すると突然、どこからともなく声が響いた。
「起きたかい?」
それは限りなく中性的な声。
男か、女かさえ区別できないような。
彼女は怯え、肩を震わせた。
その声は宥(なだ)めるように彼女に語りかけた。
「何も覚えてはいないんだよね?君は」
「…………はい」
何故か、ひどく優しいその声に彼女は答えた。
敬意を払うべき相手だと、直感で思ったからだ。
すると声は哀しそうな声で自分の名前を教えてくれた。
愛流、と。
そう呼んでくれた。
たった一人、世界でたった一人だけ。
この声の主だけが自分を知っているような気がした。
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